第290話 昇級試験―リザル




 伏兵がいないことを確信できるまで執拗に索敵を繰り返した後、俺は大街道に戻って来た。


 そこで目にするのは乗り捨てられた4台の魔導馬車に囲まれるように転がる屍の数々。


「うーん……」


 考えが危ない方向に寄っていることを、俺はようやく自覚した。

 むしろ、この惨状を作り出すまで自覚できなかった自分に今更ながら引いている。


 <フォーシング>に使用者の精神を捻じ曲げるような効果はないはずだが、あるいは対象から感じ取る恐怖の感情が何か悪さをしているのだろうか。

 技術的な問題はさておき、本当の意味で使いこなすにはまだまだ修行が足りないようだ。


(しかし、<フォーシング>を使いこなす修行ってなんだ……?)


 習得しているほかのスキルとは異なり、ところ構わずぶっ放すわけにもいかない。

 辺境都市の北の森で木々に向かって空撃ちするのが精々だ。


(いい方法がないか、今度ラウラに聞いてみるか……)


 心のメモ帳にこのことを書き記す。

 最近もいくつか書き込んだ記憶があるのだが――――はて、一体何を書いたのだったか。


 考えても思い出せなかったので早々に諦めて現実に戻った。


 取り急ぎ考えるべきは、目の前のこれをどうするかということなのだが――――


「悪いな。運がなかったと思って諦めてくれ」


 彼らには申し訳ないが、全員分の穴を掘って死体を埋める時間はない。

 幸いここは大街道だ。

 疫病が蔓延する前に誰かが見つけてくれるだろう。

 

 代わりに恐怖から解放された者たちが安らかに眠れるよう祈りを捧げた。

 俺なんかの祈りが何の足しになるか知らないが、これくらいはしてもいいだろう。


 生前の生き様はどうあれ、死者となった彼らが俺の仲間を害することはないのだから。


「さて……」


 剣を鞘に納めて背負い、再び街道を走り出す。


 戦闘らしい戦闘は発生しなかったので、珍しく返り血は浴びていない。

 戦場を少し離れれば、夜風に鉄の臭いが混じることも無くなった。


(夜はいいが、昼は面倒だな……)


 敵対者に対して容赦は必要ない。

 しかし、英雄たるもの評判を気にする必要はある。

 敵への慈悲など持ち合わせていなくとも、あまりに無慈悲と思われるのは考えもの。


 ただでさえ、最近は乱暴者のカラーが際立っている。

 争いを避けるために便利ではあるが、不必要に血生臭い噂を増やすことは本意ではなかった。


 であれば『鋼の檻』との戦闘は可能な限り――――少なくとも昼間は避けるべきだろう。

 夜が明けるまで駆けながら考えた末、俺は方針を決めた。


 昼は身を隠して休息を取り、夜の間に大街道を進むこと。

 街が見えても立ち寄らず、大きく迂回すること。


 自ら決めた方針に従い、俺は東を目指して足を動かし続けた。





 ◇ ◇ ◇





 昼夜逆転の生活は、徐々に俺の体力を削っていった。


 最初の追手を撃退した後は『鋼の檻』と遭遇することはなかったが、食料は保存食だけになり、水の確保にも難儀した。


 気付けの代わりに服用していたフロル製のポーションも払底し、空腹感に蝕まれる。


 そんな行軍が、三日三晩も続いた。


 そして――――


「見えた……」


 昇級試験九日目の午後。


 俺はようやく、本拠地へと帰り着いた。






 草原と農地の隙間を縫って大きく迂回し辺境都市南門から都市に入ると、俺は気力を振り絞って南通りを駆けた。


 『鋼の檻』が俺を襲撃するならギルドに到着した後では手遅れになる。

 南門から冒険者ギルドまでの数百メートルが、『鋼の檻』にとっては最後の機会だ。


「はあ……はぁ……ッ!」


 体調が万全なら1分もかからず踏破できる道のりが、今日はやたらと長く感じる。


 感覚だけの話ではない。

 疲労が蓄積した足が、もう限界だと悲鳴を上げていた。


「くっ……!」


 それでも、俺は藻掻くようにして前に進んだ。


 道行く人々は何事かと道を譲り、あるいは顔を顰める。

 俺の恰好はお世辞にも清潔とは言い難い。

 遠征帰りの冒険者であることを差し引いても、みすぼらしい有様だった。


 人々の好意的とは言えない視線に晒されながら、それでも――――


「とう、ちゃく……!」


 俺はついに、冒険者ギルドにたどり着いた。


 限界を超えて酷使した足を殴りつけ、昼間から呑気に酒盛りに興じる冒険者たちの視線を集めながら、最後の力を振り絞って前に踏み出す。


 冒険者用の窓口のひとつに、フィーネの姿が見えた。


 彼女の表情は驚愕に染まる。


 俺の顔を見るなり奥へ引っ込んで、裏からロビーへと回って駆け寄ってくる。

 

「アレン、その恰好……!それにクリスさんは――――」


 俺はフィーネを制止した。


 ポーチに手を突っ込み、小さな欠片を彼女に押し付ける。


「これで俺も、B級だ……」

「これ、ウソ、本当に……?」


 小さくとも間違いなく竜の爪だ。


 これがフィーネに渡った瞬間、『黎明』のB級昇級は確実となった。


 確認と手続が済めば、俺のスキルカードは速やかに更新されるだろう。


 だから俺は、B級冒険者として正当な権利を行使する。


「フィーネ、お前を、専属に指名する」

「…………ッ!」


 彼女の双眸から涙がこぼれる。

 喜びと安堵が混じった震える声は、上手く言葉にならずに嗚咽となった。


(ああ、良かった。間に合って、本当に良かった……)


 涙を流すフィーネを黙って見守っていると、ロビーにいる人々の視線を集めていることに気づいてしまった。

 すでに経緯は広まっているかもしれないが、このまま見世物になる理由もないし、いい加減に休みたい。

 俺は冗談めかして彼女の答えを促した。


「ここまでやったんだ。フェリクスを選んでくれるなよ?」


 下らない冗談に、フィーネは涙を拭いながら笑ってくれた。


「安心して。あいつはもう、候補から除外されてるから」

「ああ……?それは、どういう――――ッ!?」


 そのとき、背後から多数の足音が聞こえた。

 

 金属が擦れる音。

 まっすぐにこちらへと近づく気配。


 俺は振り返って身構える。


「悪いがその話の続きは後にして、こっちを優先してくれるかい?こっちの話が終わった後で、お前が口を聞けたらの話だけど」


 声の主は、とうの立ったガラの悪い女。

 そいつの背後にはこの辺りでは見かけない集団がぞろぞろと付き従っている。

 

「ああ、名乗るのを忘れたね」


 こいつの名を、俺は知らない。

 しかし、その正体には心当たりがあった。


「『鋼の檻』の総長、ハイネだ。別に覚えてくれなくていいよ」


 背中にじわり、汗が滲んだ。



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