第225話 月花の籠3




 交渉を終えて帰ろうとしたところ、バルバラに引き留められて饗応を受けることになった。

 話し合いを済ませた上で、明確に和解しておきたいという意図もあったのだろう。

 いつもの流れに軌道修正するのは雰囲気的に無理そうだったので最初は辞退するつもりだったが、リリスとカトレアから強く勧められ、クリスも受けるべきという意見だったので俺の方が折れた。


 引き続きリリスとカトレアが俺たちの話し相手を務めながら、食事の世話をしてくれる。


「リリスは本当に話題が豊富だな」

「ふふ、恐縮です」


 会話してみてわかったが、いずれも花魁のような立場と思われるこの二人、タイプはずいぶんと異なるようだ。


 リリスはゆったりとした口調ながらも積極的に話題を提供してくれる。

 平常運転に戻り、あまり積極的に話さなくなった俺に合わせてなのだろうが、料理の解説から最近の流行まで様々なことに通じており、話の内容から彼女の教養の高さが垣間見えた。

 それでいて柔らかな笑みを崩さない。

 優美な所作と合わせて俺の目と耳を楽しませてくれた。

 

 一方のカトレアはあまり自分から話さないし表情の動きも乏しい。

 俺の相手がカトレアだったら会話が弾まずに気まずくなりそうだが、クリス相手だとこれがなかなか良い組み合わせであるらしい。

 クリスが話すとカトレアは真剣に耳を傾け、時折笑顔を見せる。

 普段は見せない笑顔だからそれを求めてクリスがさらに饒舌になる。

 女を追いかけていたい男にはカトレアのような女が魅力的に映るのかもしれない。


「どうされました?」

「ん、いや……。何というか、リリスとカトレアは対照的だと思ってな……」


 カトレアの方に視線を向けていたらリリスから声がかかった。

 別に何も問題はないはずなのだが、なぜだか浮気を咎められたような気分になった俺は考えていたことをそのまま口に出す。


 すると、リリスから思わぬ反応が返ってきた。


「あら、対照的とおっしゃるなら、アレン様とクリス様のこともよく噂になっておりますよ」

「へえ、僕とアレンが?それは是非とも聞いてみたいね」


 リリスの話に即座に食いついたのはクリスだ。

 たしかに自分が周囲からどのように思われているのか知りたいと思う者は多いだろうし、俺とて気にならないわけではないのだが――――


(クリスとの対比か……)


 対照的ということは、俺とクリスの評価は正反対ということだ。

 クリスはネルや酒が絡むとポンコツになる部分に目を瞑れば、パーフェクトイケメンと言っても過言ではない。


 そのクリスと正反対となると、俺の評価はどうなっているのか。

 実際のところを聞くのが少し怖い。


(イケメンのクリスに比べて俺は…………とかいう話だったら泣く)


 しかし、こんな情けない理由で嫌だと言うのは流石にプライドが邪魔をする。

 ここはリリスが空気を読んでくれることに期待して、俺も小さくうなずいた。


「お二方とも興味がおありのようですね。では、どちらの噂から――――」

「クリスから頼む」

「僕から?まあ、後でアレンの話も聞けるならいいけどね」

「ふふ、畏まりました」


 食い気味で先手を譲ると、リリスが笑う。


「そうですね……。本当に色々な話が聞こえてくるのですが――――」


 曰く――――冒険者のクリスは、銀色の髪と優しげな金色の瞳を持つ青年である。

 彼は数か月前に辺境都市を訪れ、瞬く間に頭角を現した。

 その流麗な剣技は正確無比に相手を斬り裂き、軽快な身のこなしは相手の攻撃を寄せ付けない。

 冒険者ギルドの訓練場で挑戦者を待つ彼に挑む者は数知れず、しかしその誰もがただ翻弄されて膝をつく。

 輝く笑顔と爽やかな声音は多くの女性を魅了して止まず。

 冒険者に似合わぬ上品な所作から、その出自は豪商の子息とも貴族の庶子とも噂される。

 

「――――と、こんなところでしょうか」

「いやあ、そんなに褒められると照れてしまうね」


 頬が赤いのは照れたのではなく酒に酔ったのだろう、というツッコミを俺は口に出さずに飲み込んだ。

 実物を知らなければ眉唾物というほかない噂の数々だが、クリスの評価として聞けば概ね的確だと言わざるを得ない。

 強いて言えばクリスを青年と評することに少しだけ違和感を覚えた程度。

 それも15歳を成人とするこの国の価値観からすれば、俺の感覚の方がおかしいのだろう。


「ギルドで挑戦者待ちって、今もやってるのか?」

「時間のあるときに、気が向いたらね」

「戦績は?」

「延べ100人を超えてからは数えてないよ。200人にはまだ届いてないと思う」


 勝敗を聞いたつもりだったが、対戦人数が返ってきた。

 噂のとおり黒星はひとつもないようだ。


(改めて考えるとすごい話だ……)


 リリスの噂話もそうだが、出会った頃のクリスも負けていない。


 辺境に流れ着いた出自不明の剣士。

 E級冒険者に不相応な装備の数々。

 その割になぜか貧相な所持金。

 そして定番ともいえる大容量の荷物袋。


 そのままゲームの主人公になれそうな要素がてんこ盛りだった。

 それも仲間を集めながら冒険を進めて、世界とか救ってしまうタイプのやつだ。

 もしかしたら俺の夢である英雄になること、一番のライバルは相棒であるクリスなのかもしれなかった。


「さて、次はアレンの番だね」

「え?」

「では――――」


 止める間もなく、リリスはすらすらと語り始めた。


 曰く――――冒険者のアレンは、漆黒の髪と鋭い青色の瞳を持つ青年である。

 彼は仲間であるクリスとともに辺境都市を訪れ、瞬く間に名をあげた。

 その強力無比の斬撃は鋼さえ容易く斬り裂き、圧倒的な膂力は大男を片手で投げ飛ばす。

 彼の前では荒くれ者も口を噤み、剣を交えれば騎士団の精鋭すら無事では済まない。

 堂々たる振る舞いは駆け出し冒険者の憧れとなり、危険な香りは女性を強く引き付ける。

 実力の底はいまだ見えず、すでに実力者として名をはせているクリスが自らより強いと評することから、彼を都市最強の冒険者と推す声もある。


「――――というところです」

「はは……。たしかに、これは照れるな……」


 さらりと受け流せるクリスと違って本当に照れてしまった俺は、何とか喉から言葉を絞りだした。

 熱を持った顔はおそらく真っ赤になっている。

 酒のせいと思ってくれればいいのだが、リリスの悪戯っぽい微笑を見るにこちらの感情は筒抜けのようだ。

 しかもそれを自覚したために恥ずかしさが増すという悪循環に陥り、クールダウンが難しい。


 俺は羞恥心を紛らわすため、グラスに残っていた水割りを一気に飲み干した。

 そんな俺を気遣ってか、それとも単に興味が勝ったのか。

 リリスが俺たちに噂の真偽を尋ねてきた。


「全部ではないにしても、多くの部分は事実を言い当てているように思うのですが、実際のところはいかがでしょう?」

「うーん……。人からの評価については言及しないけど、アレンが僕と共にこの都市にやってきたというところは間違いだね。僕たちが同じ時期にこの都市に来たのは本当に偶然だよ」

「あら、そうなのですか……」


 リリスはクリスの話を聞いて意外そうにしている。

 彼女に続き、珍しくカトレアが話に加わった。


「クリス様の振る舞いは、ひとつひとつが洗練されています。出自の噂もあながち的外れとは……」

「そこは噂のままにしておくよ。少しの秘密が男を魅力的にするからね」


 そんなことを言ってカトレアにウインクを返す相棒の心臓の強さに、俺は呆れを通り越して尊敬の念を覚えた。

 クリスを見ていると自分が恥ずかしがっているのがバカみたいに思えてくる。


 そのとき、ふと疑問が浮かんだ。


「クリスお前、自分より俺が強いって言いふらしてるんじゃないだろうな?」

「実際にそうなんだから、別にいいじゃないか」

「おいおい……」


 まさかこいつは、本当に俺の方が強いと思ってるんだろうか。

 実際に戦ってみれば俺ではクリスに一撃入れることすらできないだろうから、かなりモヤモヤした気分になる。

 虚勢を張ることが必要な場面ならいざ知らず、自分を実態より大きく見せるというのは英雄を目指す者の在り方ではない。


(ああ、でもそういえば……)


 いつだったか、クリスと酒を飲みながらどちらが強いかなんて話をしたときも似たようなことを聞いた記憶がある。

 そのときはお茶を濁したと記憶しているが、強く否定しなかったことでクリスの誤った考えをより強いものにしてしまったのかもしれない。

 

「結局、アレンはさっぱり訓練の相手をしてくれないね?」

「前にも言ったと思うが、俺じゃお前の相手にならないぞ?まず、剣が当たらないだろ」

「それはお互い様だよ」


 おそらく<結界魔法>のことを念頭に置いて、クリスが言う。

 対策されない前提であれば、たしかにそうなのだろうが。


「なら千日手だな。不毛なことだ」


 さっさとこのやり取りを終わらせようと、投げやりな結論を口にする。

 しかし、クリスはその言葉を待っていたというように膝を打って身を乗り出した。


「そう、そうなんだよ。僕とアレンの能力なら早々に決着はつかないはず。負けるにしても一方的な展開にはならない。互角に近い戦いができるはずなんだ」

「だから、俺はそう言ってるだろ」

「でも、僕のはそう言ってない」


 クリスが保有するレアスキル、<アラート>のことだろう。

 

 ということは――――


(なるほど、<フォーシング>込みでの話か……?)


 クリスから<アラート>の使い方は聞いている。

 スキルの習熟によって少しずつ成長しているらしく、今は自分自身への直接的な害意に反応するだけでなく、視認した相手と戦ったときの漠然とした脅威度を測ることもできるという。

 つまり、クリスは自分のスキルに対して俺と戦ったらどうなるのかと問うたのだ。

 

 検証した結果から推測――サンプル不足の問題で確信には至らなかった――する<フォーシング>の性能が正しいと仮定すれば、俺のスキルはクリスにも多分効く。

 俺がクリスより強いというのがそういう意味の話なら、それは確かに正しい評価だ。

 

「クリス、そこまでにしておけ。少し飲み過ぎだぞ」


 余計なことを言おうとしたクリスをやや強い口調で制止すると、クリスは珍しく気分を害したように眉をひそめた。

 クリスの機嫌が悪い理由は自身の知識と<アラート>による判定結果の齟齬から、俺がまだ隠し玉を持っているということに気づいたからだ。

 気持ちはわかるが、今は抑えてもらわなければならない。


「お前が聞きたいだろうことは後で話す。それで今は納得してくれ」

「約束だよ、アレン」

 

 クリスは渋々ながら引き下がった。

 自分が聞きたいことがこの場で話せることではないということは、酔っていても理解できたようだ。


「私たちも、是非続きを聞きたいのですが?」

「余計な茶々を入れるんじゃない」

「これは失礼を」


 ほとんど会話に参加せず様子を見守っていたバルバラが口を挟んできたので、軽く睨んだ。

 彼女は口を閉じたが懲りた様子はない。

 どこまで踏み込めば俺が怒るか、俺が許すと言ったこのタイミングで測っておくことにしたのかもしれない。

 本当にしたたかな女だ。


「では、剣について聞かせてくださいませんか?」


 リリスが水差しからグラスに水を注ぎながら、話題を変えた。

 

「剣?」

「はい。アレン様の長剣にまつわる話も、色々と耳にしていますので」

「ああ、なるほど。それなら構わない」


 戦い方ではなく剣のことならば語るに吝かではない。

 あの気難しい爺様との約束を果たす機会がようやく巡ってきたということだ。

 

(今は帝都だったか。元気にしているといいな……)

 

 俺はリリスからグラスを受け取って唇を湿らせ、偏屈な鍛冶師に思いを馳せながら剣とその作り手について語るのだった。

 


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