第223話 月花の籠1




「ご不快な思いをさせてしまったこと、深くお詫びを申し上げます」


 給仕と思しき男女を引き連れて部屋を訪れたのは、バルバラと名乗る女性だった。

 自分の立場をこの店の娼婦たちの世話役と説明した彼女が、名乗って早々に深く頭を下げたことで俺の考えは確信に変わる。


「情報が早いのは流石ですね。いえ、この場合はラウラの動きが……でしょうか」


 ほとんど空になっているワイングラスを片手に怪訝な顔をしているクリスを横目に、俺の言葉に淀みはない。

 俺の考えが的を射ているなら、この展開は真っ先に予想できるものだったからだ。


「おっしゃるとおりです。先ほどラウラ様からご連絡をいただき、お客様に私どものことを説明させていただく必要があると考えまして、こうしてお時間を頂戴しました。でお客様をお待たせしてしまったことも、重ねてお詫び申し上げます」

「準備に時間をかけるのは、女性にとって必要なことだと思いますよ」

「ありがとうございます」


 状況がつかめないながらも、クリスがフォローに回ってくれた。

 俺はまだ店に対する態度を表明したくないから、悪くない対応だ。


(しかし、こちらの都合で、か……)


 何も気づいていなければバルバラの支度に時間が掛かったと受け取るだろうし、気づいていても冒頭の詫びがそのことを含んでいるようにも聞こえる。

 なるほど上手い言い回しだ。

 

 バルバラはクリスに促され、ようやく俺たちの正面に腰を下ろした。


「よろしければ、お飲み物をサービスさせていただきます。お客様の好みに合ったものをご提供するよう指示したのですが、お口に合いましたでしょうか?」

「口当たりも良く、僕好みのワインでした。同じものがあれば是非。アレンはどうする?」

「俺も同じものを」

「畏まりました」


 バルバラは部屋の隅に待機させていた給仕たちに視線を送ると、男の方は傍らに用意していたワゴンで手早く準備を始めた。

 女の方は空になったグラスとコースターを下げ、代わりのコースターを置いていく。

 そのとき、部屋のドアが小さくノックされた。


「入りなさい」


 バルバラが告げるとゆっくりとドアが開けられ、着飾った二人の女が現れた。

 彼女たちがそろって一礼するとクリスから感嘆が漏れる。

 俺も声こそ出さなかったが気持ちは理解できた。

 綺麗どころがそろっているこの店の女たちの中でも一線を画す美貌と上品な所作。

 この店の他の女を地元のアイドルとするなら、こちらの二人は銀幕女優だろう。


 一呼吸置いたところでバルバラが彼女らを紹介した。


「当店の人気を二分するリリスとカトレアと申します。どうぞお見知り置きを」

「リリスと申します」

「カトレアと申します」


 二人が改めて一礼する。

 バルバラは彼女らが頭を上げるのを待ち、話を続けた。


「本来は長く当店をご愛顧いただいたお客様のお相手を務める娘たちですが、本日は彼女らに酌を務めさせようかと。お楽しみいただければ幸いです」


 バルバラの言葉に従って人気娼婦の二人がそれぞれ俺とクリスの横に侍った。

 誰がどちらを担当するか、あらかじめ指示されていたのだろう。

 どちらも美人だがどちらかと言えばこちらの方がより好みだと思っていた方――――リリスと名乗った女性が違わず俺の左側に腰を下ろした。

 おそらくクリスの方も不満はないことだろう。


「失礼します」

「ありがとう」


 俺が新しいグラスを差し出すとリリスは優しく微笑みながら手にした瓶を傾け、丁寧に酒を注いだ。

 優雅な酌と酒が奏でるトクトクという音がただでさえ美味い酒に更なる特別感を与えている。


 彼女の酌と酒に至らぬ部分を見つけることは難しい。

 

 一方、俺はこの状況に少しだけ困っていた。


(こういう席のマナーがさっぱりだ。どうしたもんか……)


 高級感がある場だからこそ、自分の振る舞い拙いのではと気になってしまう。

 顔には出さないよう気を付けているが、こういった高級店、しかも客の一人ひとりに女性が付くタイプの店は前世まで遡っても経験がなく、適切な振る舞いがどういうものかわからない。


 例えば飲み物にしてもそうだ。

 今のところグラスを持っているのは俺とクリスだけだが、リリスやカトレアにも酒を勧めたものかどうか。

 自分の注文した飲み物なら勧めるのは簡単だが、これは相手方のサービスだから勝手に勧めるのは失礼かもしれない。

 店側が俺たちに謝罪する場面だということも考慮すると状況はさらに複雑だ。


 さりげなくクリスの方に視線を向ける。

 こういった状況は俺よりクリスの方が詳しいはずだと期待してのことだが、当のクリスはグラスに触れもせずワインを注ぐカトレアを眺めながら微笑を浮かべるだけだ。

 状況を把握してないクリスは人気の女の子にお酌してもらえて運がいいという程度の認識で、気楽に構えることにしたらしい。


(ああ、ワイングラスは持たないのが正解だったか……?)


 クリスの所作を見ていてワインを注いでもらうときの作法を思い出した。

 となると、ロックグラスの作法はどうだっただろうかと気になってしまう。

 リリスは文句も言わず酒を注いでくれたが、間違った作法だったら彼女を困惑させてしまったかもしれない――――などと考えたところで、俺はふと気づいた。


(いや、俺は何を考えてるんだ……)


 高級娼館でいかにも花魁という様相の美女に酌をされるからと言って、完璧なマナーを実践する必要なんてない。

 俺たちは貴族でもなければ役人でもない、ただの冒険者だ。

 こういう場でのマナーを知っているのが当然という種類の人間ではなく、マナーを知らないことを過度に恥じる必要もない。

 そもそも前世のマナーがここで通用するかもわからないのだから、この場における適切な振る舞いなど考えるだけ無駄というものだ。


 いつのまにか場の雰囲気にのまれかけていた。


「ご機嫌だね、アレン」

「うん?」

「気づいてないのかい?すごく楽しそうな顔をしてるじゃないか」

「そうか?いや、そうだな」


 ポーカーフェイスを保つよう努めていたはずが、どうやら俺は笑っているらしい。


「楽しんでいただけているようで何よりです。もしお済みでないのでしたら、お食事もご用意いたしますが、いかがでしょうか?」


 合いの手を打つようなバルバラの言葉も、言葉どおり手放しに喜んでいるわけではないだろう。

 これも冷静になったからこそ理解できることだ。


 俺が立ち直ったことを察した彼女が少し間を取ろうとした――――狙いはきっとこんなところ。


 ならば、俺がすべき返事は――――


「丁重な歓迎、痛み入ります。ただ……先に本題を済ませましょう」

「…………」


 こちらがもてなされる立場である以上、会話の主導権を取り戻すのは難しくない。

 俺はバルバラの提案を断ることで場の空気をリセットし、そのままこちらのペースに持ち込もうと畳みかけた。

 

「加えて申し訳ありませんが、ご存知のとおり、俺は粗野な冒険者です。雰囲気に合わせて口調を改めてみたものの、やはりこれでは寛げない。せっかくのもてなしを心から楽しみたいので、普段の話し方に戻しても構わないでしょうか?」

「もちろんです。お客様が心から寛げるよう、姿勢も言葉遣いも楽になさってください」

「ご配慮、感謝する。では早速だが――――」


 一旦、言葉を切って手にしたグラスを傾ける。

 芳醇な香りが口の中に広がり、氷がカラリと音を立てた。


「本当に、俺たちのことを良くご存知のようだ」

「お客様の好みを覚え、それに合ったサービスを提供できるよう、日々精進しておりますので」


 俺が放ったジャブはあっさり回避された。

 もちろん、ジャブ一発で終わるつもりは毛頭ない。


「高品質のサービスを提供するためには情報収集が欠かせない、と」

「おっしゃるとおりです」

「なるほど。は以上か?」

「…………」


 これまで流れるように会話を続けてきたバルバラが、初めて返答に詰まった。


「不快な思いをさせたことについて説明がしたいからこの部屋に通した。俺はあなたから、そう聞いたと記憶している」

「そういえば、そうだったね」


 クリスが同意しながら飲み干したワイングラスをテーブルに置く。

 カトレアは心得たようにワインを注ぎ、その様子をクリスがにこやかに見守るという先ほどの光景が繰り返された。


「不快な思いをさせたことを謝罪する、というのは便利な言葉だ。ただ、本当に謝罪を受け入れてほしいと思っているなら、何について謝罪しているのかを明確にしてもらわなければ返答のしようがない。誰にだって許せることと、そうでないことがある。そうだろ?」

「……おっしゃるとおりです」


 バルバラは俺の言い分を認めながらもその先を話そうとはしない。

 何を話して何を黙秘するべきか、今も必死に考えをまとめているのだろう。


 俺は黙してバルバラの返答を待った。

 しかし、沈黙が続いたのは時間にすればほんの10秒ほど。


 ここで、リリスが動いた。


「アレン様、よろしければカクテルはいかがですか?」


 同じ果実酒ではなく、カクテルを用意すると言う。

 バルバラに時間を与えることが狙いであることは明らかで、俺が拒否すれば場の空気がさらに悪化しかねない。

 ある種の賭けのようにも思える提案をしながらも所作や笑顔が崩れない辺り、彼女の技量と踏んできた場数の多さが窺い知れる。

 

「この果実酒を使ったものはあるか?」

「はい、ございますよ。今お飲みになったものと比べてさらに甘いものと、甘さを控えめにしたものがございますが、どちらになさいますか?」

「そうだな……。3杯目だから、どちらかと言えばすっきりした飲み口の方がいい」

「畏まりました」


 彼女の勇気に報いるべく、わずかに残っていた酒を飲み干してグラスをテーブルに置く。

 リリスは部屋の隅に控えた女に空のグラスを手渡すと新しいグラスと色々な道具を取り寄せた。

 マドラーやらアイストングやらの小道具のほかに小さなボトルが3本、布が被せられた小皿、金属製のアイスペールの中から取り出したのは――――さらに小さなアイスペールだろうか。


 彼女は道具を一通りテーブルに並べ、優雅に微笑んだ。

 

「失礼します」

 

 まず彼女が手に取ったのは一本のボトルと足が短いカクテルグラスだった。

 グラスの中に透明な液体が指二本分の高さまで注がれ、次に布の被せられた小皿を手に取る。

 布を取り去ると、薄く小さくスライスされた白いものが丁寧に並べられているのが見えた。

 彼女は指を布巾で丁寧に拭うと白いそれの端を摘まみ、その一か所に折り目を作って小皿の上に置く。

 二枚目も折り目を作ると一枚目に一部を重ねるように置いていく。

 同様の作業を繰り返していくと、いつのまにか小皿の上に小さな花が完成した。


「へえ……」


 声に釣られて視線を向けるとクリスの視線もこちらに釘付けだった。

 リリスに視線を戻すと、彼女はわずかに目礼してその小さな花を丁寧にグラスの底に沈めた。

 カクテルグラスがつくる小さな湖の底で、白い花がゆらりと揺れる。


 次に彼女が取りだしたのは、薄い氷の板。

 円形の氷はカクテルグラスの口より二回りくらい小さく、リリスはピンセットのような道具で摘まんだそれをそのままグラスの中に置いた。

 それは白い花が沈んだ湖にギリギリ触れないくらいのところでグラスの蓋になり、湖の上にもうひとつの底が作られる。

 彼女はそこに別のボトルから無色透明の液体を注ぎ足し、先ほどのものより少しだけ大きい二枚目の氷の板で閉じ込める。

 その上から果実酒を注ぎ、少し酸っぱい匂いのする果物を搾ってかき混ぜる。


「お待たせしました」


 彼女は完成したグラスを手に取り、俺へと差し出した。


「まず一口、あまり揺らさないようにお願いします」

「ありがとう」


 作っているところを見ていれば味が変化することは予想できる。

 せっかくの作品を壊してしまっては興覚めなので、助言に従ってグラスをゆっくりと口元に運び、一口だけ味わってみた。

 

「……たしかに少しだけすっきりした、かな」

 

 現状、元になった果実酒に果汁を垂らしたに過ぎないので、大きな味の変化はない。

 このカクテルはここからが本番だろう。


 テーブルに置いたグラスを見守っていると、変化はすぐに訪れた。

 カクテルグラスの中を三層に仕切る二枚の氷のうち、果実酒を支えている上の方の氷の板の中央から琥珀色の液体がポトリと2層目に落ちたのだ。

 氷の層が溶けたとき、中央から雫が落ちるように工夫がされているらしい。

 一滴、二滴、と雫は続く。


 すると――――


「あ……」


 琥珀色と透明の液体が混じり、青色に染まる。


「では……」


 リリスはここまで見せなかった悪戯っぽい笑みを浮かべ、ガラス製の細長い棒を手に取った。

 コツ、と軽く突くだけで氷の板は綺麗に割れ、果実酒が中層になだれ込む。

 青はあっという間に全体に広がり、混じり合って夜空の色になった。


「どうぞ」


 リリスから手渡されたカクテルグラスを、クリスと一緒に眺める。

 匂いはあまり変わらない。


 試しに一口含んでみた。


「おお……」

 

 色と同様に味もしっかりと変化している。

 甘いようなしょっぱいような、なんだか不思議な味わいだ。

 先ほどまで果実酒を支えていたはずの氷も、いつの間にか青に溶けて消えてしまった。


「青色は体に悪いものではありませんからご安心を」

「ふーん……」

 

 リリスの解説を聞きながらじっくりとカクテルを眺める。

 一枚目の氷と同様に二枚目の氷も薄くなるのかと思いきや、こちらの方は一枚目よりもしっかり作られているようで、外周から少しずつ溶けてはいるがもう少し持ちこたえそうな雰囲気だ。


 俺は再びグラスをテーブルに戻す。

 氷が解けるまで少し時間を置くのかと思ったが、リリスはすぐにガラス製の細長い棒を手に取った。

 ここで一気に砕いてしまうようだ。

 

「では、仕上げです。どうぞ、お見逃しなく」


 視線を集めたことを確認すると、リリスはコツリと氷を叩く。


 透き通る深い青と水に沈んだ白い花が対面し、そして――――


「おお!」


 カクテルグラスの底から現れたのは、ミルクのような白だった。

 透明な液体も青色の液体も触れた側から少しずつ、いずれも白に変貌する。

 白が青をじわりと侵食する様子を少しだけ見せた後、リリスが棒で一度円を描くだけで、カクテルはあっという間に白に染まった。

 

「どうぞ。グイっと」


 リリスに煽られるまま、俺は白く染まったカクテルグラスを傾けた。

 甘さ控えめのカルーアミルクのような味わいを一口、もう一口と楽しんでいると、口元に氷ではない何かの感触を得て、まだ白い花が残っていたことを思い出した。


 グラスをテーブルに戻し、白い花は食べるものかとリリスに尋ねようとしたそのとき――――


「あ、花の色が……」


 クリスの呟きを受けて、グラスを覗き込む。


 緩やかな三角錐を逆さにしたような形状のカクテルグラスの底に、ほんの少しだけ残った白。

 そこからオレンジ色の花が少しだけ顔をのぞかせていた。


「ひとくち目の琥珀色が月、ふたくち目の青色が夜、その後の白が薄明、最後に残る花は朝日。カクテルの名を『夜明け』と申します。いかがでしたでしょうか?」

「…………」


 感想を求められてもなお、俺はカクテルグラスを見つめ続けた。

 リリスの技に惜しみない賞賛を送るべきだとわかっていて、それでも言葉を紡ぐことができなかったのだ。

 

 次々に代わる色合いに込められた意味とカクテルの名前。

 俺たちのパーティ名である『黎明』に掛けられていると理解した瞬間、パズルを解き明かしたときのような爽快感を得た。

 少しの間、身を任せておきたいくらいの心地良い余韻もある。


 この感動を言葉にしてリリスを賞賛したいと思っているのに、言葉にするとどうにも安っぽくなってしまう気がして口を開くことができなかった。


「お楽しみいただけたようですね」


 リリスの声が耳に届いた途端、俺の視線はカクテルグラスから解き放たれた。

 少しだけぼんやりとした頭が状況を思い出すまでにかかった時間はほんの数秒。

 

 顔を上げると優雅な彼女の少しだけ得意気な笑顔が目に映った。

 どうやら、すっかり魅せられてしまったようだ。

 

「ああ、楽しませてもらった。もう少し余韻に浸って居たいくらいだ」

「ありがとうございます」


 小さく頭を下げるリリスは先ほどまでと変わらぬ微笑を浮かべている。

 彼女のカクテルと異なり、俺の月並みな誉め言葉は彼女の心を動かすことはできなかったようだ。

 賞賛の言葉は飽きるほど浴びているだろうから、それを残念だとも悔しいとも思わなかった。

 

「リリスの技はご覧のとおり。今はお見せできませんが、カトレアも演奏に関しては非常に優れたものを持っております。どちらも自慢の娘です」


 バルバラの声が耳に届き、俺は正面に向き直った。

 忘れかけていたが、バルバラと話をするためにここに居るのだ。

 これでようやく本題に立ち返ることができたと言える。

 

 言葉はすでにまとまったのだろう。

 バルバラは笑顔を消し、俺の目を見つめて真剣に言葉を紡いだ。


「情報は女の武器です。冒険者が剣で身を守るように、夜を生きる女たちは情報でその身を守るのです。夜の世界は、昼の世界の人間が思うほど華美でもなければ甘くもありません。どれほど優れた技能があっても、身を守る術がなければ生きていけないのです。情報による守りをなくしては、ここに居るリリスとカトレアですら、あっという間に食い物にされてしまうでしょう」


 俺は何も言わずにバルバラを見つめ返し、その話を聞いていた。

 

「集める情報は最低限にいたします。どうか、私たちから生きる術を取り上げないでいただけませんか?」

「…………」


 顎に手を当て、バルバラの提案を咀嚼する。

 彼女は結局のところ何をやめるとも謝罪するとも言わなかった。

 リリスの素晴らしさを見せつけ、それを取っ掛かりとして情に訴えるという作戦だ。


 もう少しだけ粘ってみるか。


「最低限と言うわりには、そう思えないような話も耳に入っているが……。それについてはどう思う?」

「……多くの情報を得るためには、私たちも多くの情報を用意しなければなりません」

「つまり、あんたの言う“最低限”には限度がない……。そう解釈していいんだな?」


 バルバラを見返す視線が鋭くなる。

 彼女もこちらを真っ向から見つめ返した。


 物音ひとつない沈黙の中、緊張感が高まる。

 

 先に視線を逸らしたのはバルバラだった。


「…………ただ許せとは申しません。アレン様、そしてクリス様に今後もご愛顧いただけるのであれば、お代は勉強させていただきます。加えて、今夜のお相手はリリスとカトレアが務めさせていただきます。どうか、ご寛恕をいただけませんでしょうか……」


 バルバラが、テーブルに額が付くほど深く頭を下げる。

 彼女の言葉に合わせ、リリスとカトレアも居住まいを正して彼女に倣った。


「なるほど、そうきたか……」

  

 通常の手段で求めればどれだけの金と年月が掛かるかわからない高級娼婦を、一晩限りとはいえ好きにさせる。

 その上、今後も継続的な割引を約束するという。

 彼女たちの姿勢を見て、俺の中の知識と経験に照らして、バルバラからこれ以上の条件を引き出すことは難しいと見た。


 彼女たちの提案を受けるか、蹴るか。

 現状を踏まえて、どちらかを選択する必要がある。

 

「うーん……。たしかに、これ以上の条件は望めそうにないか」


 適当な独り言でワンクッション置いたのは、あくまで念のためでしかない。


 バルバラの提案を聞いた瞬間、すでに俺の答えは決まっていたのだから。


「だが、断る」



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