第188話 黒鬼探し2
明けて、探索二日目。
俺たちは昨日と同じメンバーで野営地を出発し、エルザが考案したルートを進んだ。
調査対象と思しき怪しげな洞窟を発見したのは、もう少しで太陽が天辺に昇るかという頃だった。
「本当に見つかったわ……」
洞窟の入り口を遠くから窺いながら、エルザがぽつりとこぼした。
俺も心の中で同意する。
たしかに、昨日エルザから聞かされた理屈は聞いていてなるほどと思う部分が多かったが、それが実際にうまくいくかどうかは別問題だ。
実際に森の中に拠点があって、そこに定期的に物資を輸送する集団がいたとしても、見てわかるほどの痕跡が残っている保証はないし、そういった調査に慣れていない俺たちがその痕跡を発見できるかもわからない。
予想が当たれば儲けもの。
そんな気持ちで仕掛け橋から北東方向に歩くこと数時間、俺たちが見つけたのは輸送路ではなかった。
(まさか、輸送部隊そのものを発見できるとは……)
最初に気づいたのは先頭を歩くエルザだった。
進行方向はるか遠くに複数の人影を発見し、人数や装備、荷物などから怪しいと判断した俺たちは、気づかれないように遠くから追跡を始めた。
そうやってたどり着いたのが目の前の洞窟である。
「エルザ、現在地は?」
「バッチリよ」
小さいながらも上機嫌な声が返ってきた。
ここまでのエルザの道案内の精度は十分なものだったから、その彼女が請け負うなら心配はいらないだろう。
「よし、目的は達成だな。さっさと撤退するぞ」
目立たないようにするためか、洞窟の入口にそれとわかる見張りはいない。
俺たちが跡をつけた奴らも、幸いこちらには気づいていないようだった。
(念のため、こちらが跡をつけられないように注意するか……)
いずれにせよ、早々にこの場から立ち去るべきだ。
姿勢を低くして木影から様子を窺っていた俺は、来た道を引き返すために立ち上がり、ティアたちにも視線で準備を促した。
しかし、ティア、オーバン、アデーレが次々と立ち上がる中、エルザだけが洞窟に視線を向けたまま、その場から離れる様子がなかった。
「エルザ?」
「……まだ、中を確認してないわ」
「おいおい……」
「私たちはまだ怪しい集団が怪しい洞窟に入っていくのを見ただけ。岩場に出た妖魔と関係してるかもわかってない。これじゃ、片手落ちよ」
「成り行きで編成した調査隊の成果としては申し分ないだろ。このメンバーでこれ以上の成果を求めるのは無謀だ。あとのことは本職の連中に任せればいい」
「これだけの情報で都市のギルドが動いてくれるって保証があるの?」
「それを判断するのはギルマスだが、悪い結果にはならないはずだ」
「確証がないなら、少しでも可能性を上げておくべきだわ」
話し合いは、どちらも一歩も引かずに平行線を辿った。
俺としてはこうしてここに留まり続けることすら嫌なのだが、エルザはエルザで中を確認することはどうしても譲れないらしい。
しまいには、無謀なことを言い出した。
「なら、私が行ってくる」
「はあ?戦闘の心得もないくせに何言ってんだ」
「危険なのはわかってる。だから、少し中を覗いて戻ってくるだけにするわ」
「お前なあ……」
このままでは埒が明かない。
しかし、本当にエルザを一人で行かせることもできない。
結局、俺が折れるしかなかった。
「……わかったよ。俺が行ってくる」
「アレンさん!」
「エルザを一人で行かせて中の連中に捕まったら、俺たちにも追っ手がかかる。なら、最初から俺が行く方がいい」
「それは……でも……」
俺の判断に、今度はティアが不満を露わにした。
その視線は原因であるエルザを責めるように見つめ、何か言いたげにしながら、それでも俺の判断に従って口をつぐんだ。
「悪いな」
「いえ……」
ティアにしてみれば背負う必要のない余計なリスクだ。
不満を漏らす程度で済ませてくれたことを、俺は彼女に感謝するべきだろう。
「……これっきりだぞ、エルザ」
俺はエルザの方を振り返り、その瞳をしっかりと見据えて言い聞かせた。
ティアにかける声より幾分冷たいのは、意識してのこと。
調査隊の指揮権を持っているのは俺であり、それは俺が依頼を受けるにあたって提示した最低条件だ。
エルザの村のために体を張りたいという気持ちは理解しているが、これ以上判断を歪められてはかなわない。
「うん……ごめんなさい。ありがとう、アレン」
彼女自身、心の中では自分が行くのは難しいと理解しているはずだ。
普段の陽気な様子は影を潜め、その視線を力なく地面に落とした。
この様子なら、これ以上無茶なことは言わないだろう。
(さてと……)
役割分担はどのようにすべきか。
俺は洞窟の入り口を眺めながら黙考する。
(正直、見つからないわけないんだよなあ……)
俺が見つけるのではなく、俺が見つかるのだ。
この洞窟が俺たちの想定するものだとしたら、外部からの侵入者を監視するための人員を配置している可能性が極めて高い。
そんなところに索敵や調査系統のスキルや知識が皆無の俺がのこのこと入っていけば、洞窟内の連中に発見され、状況が戦闘か逃走に移行することは明らかだ。
そして問題はそれだけではない。
(中にいる連中に対して、どう対応するか……)
洞窟内にいる連中と岩場に出現する黒鬼の関係性は、いまだ定かではない。
現時点では怪しいというだけで、俺たちが中にいる連中を攻撃する正当性が非常に薄いのだ。
強硬策に出て、もしここが黒鬼と無関係の施設だった場合、こちらがお尋ね者になってしまう。
一方、中の連中にとって俺たちは単なる侵入者だということも、この作戦の難易度を跳ね上げている。
向こうがこちらへの攻撃を遠慮する理由はどこにもなく、むしろ積極的に殺す気で仕掛けてくるだろう。
そんな相手を斬ることを躊躇すれば、下手すれば俺の方がやられてしまう。
(相手を傷つけずに無力化…………いや、ダメだな)
ひとつだけ心当たりがないでもないが、アレはまだ練習中だ。
失敗できない状況で、いまだ使いこなせていないそれを頼みに行動するのは避けたいところである。
(となると、逃走一択か……)
行けるところまで侵入して、発見されたら即時撤退。
選択肢は他になさそうだ。
ならば――――
「俺以外は――――」
「私も行きます」
先に逃げてくれ、と言い切ることはできなかった。
俺の言葉に被せるように同行を申し出たのは、やはりティアだった。
「アレンさんの言いたいことはわかります。見つかってしまえば逃げることになるから、足が遅い私たちは先に逃げた方が良い…………そういうことですよね?」
「ああ、そうだ。わかってるなら――――」
「でも、その方法はアレンさんの安全が考慮されていません」
ティアはまっすぐに俺の目を見つめ、冷静に単独行動の危険を指摘した。
「もし、あの洞窟が私たちの思っているとおりのものなら、侵入者を生かして帰すわけがありません。見つかってしまえば、執拗な追撃に曝されるはずです」
「ティア……?」
「遠距離攻撃の手段がないアレンさんだけでは反撃の手段がないまま一方的に攻撃され続けることになりますし、逃げる背中を狙われ続ければ万が一ということもあります」
俺の心の中を占めているのは純粋な驚きだった。
自分で言うのは恥ずかしいが、ティアは俺に対して絶大な――妄信とも言えるほどの――信頼を寄せている。
そんなティアが――――
「私を連れて行ってください。私の魔法があれば、むざむざ追撃を受けるようなことにはなりません。アレンさんが命じるなら、私は躊躇わずに自分の力を使ってみせます」
胸に手を当て、俺の目を真っすぐ見つめる彼女は静かに、そして力強く宣言した。
「…………」
強い意思が乗せられた言葉を受けて、俺はほんの少しだけ気圧された。
これまでティアは俺が決めた作戦に口を出すようなことを一切しなかったというのに、今の彼女は俺の作戦の危険性を冷静に見極め、対案を提示するまでになっている。
目の前の少女が、俺の中のティアの印象と結びつかなかった。
(ああ、そうか……)
冒険の中で変わっていくのは俺だけではない。
俺はいつの間にかティアを一方的に守るべき対象だと決めつけてしまっていたが、彼女もまた冒険の中で成長しているのだ。
「わかった。背中は任せる」
「ッ!……はい、必ず信頼に応えてみせます!」
ティアは守られるだけのか弱い少女ではない。
彼女は強力な魔法使いであり、頼りになる仲間なのだ。
一足先に撤退を始めたエルザたち3人を見送り、しばらくその場で待機する。
洞窟に入っていった輸送部隊の連中が洞窟から立ち去るのを待って、俺とティアは洞窟の入り口に忍び寄った。
顔だけ出して洞窟の中をのぞき込むと、地面や壁面の所々に人の手が加えられていることがわかる。
洞窟自体は、どうやら20メートルくらい先で行き止まりになっているようだ。
(どこかに隠し通路が……?いや、あれか)
目を凝らすと、行き止まりの少し手前に通路と思われる穴を見つけた。
その先は、洞窟の入り口からでは窺うことはできない。
「発見されたら即時撤退する。動きは打ち合わせどおりに」
「任せてください」
ティアの返事に背中を押されるように、洞窟の中に足を踏み入れた。
足音を立てないように通路を進み、曲がり角で立ち止まっては様子を窺うことを繰り返し、少しずつ洞窟の中を進む。
通路に灯りはなく周囲はほとんど真っ暗闇だが、照明を使うわけにはいかない。
松明でも掲げようものなら、俺たちが敵を発見する前より先に敵に俺たちを発見されるリスクが飛躍的に高まるからだ。
だから俺たちは真っ暗闇の中、左手を壁に当てながらゆっくりと足を進めた。
幸い通路に大きな凹凸はなく、視界が悪くても何とか躓かずに――――
「……ッ!」
「大丈夫だ。慌てなくていい」
「す、すみません……」
躓いて転びそうになるティアを支えること数回。
まあ、こう暗くては仕方ないと諦めるほかない。
何度か曲がり角を経て、一本道の通路を奥へと進む。
ようやく暗闇に目が慣れてきた頃――――俺たちは通路の先に薄明りを見た。
その正体は通路の両側に規則的に掲げられた灯りだった。
ここまでひとつも設置されていなかった照明が、ここに来てようやく姿を現した理由。
それを考えれば、緊張が高まることは避けられない。
「警戒を絶やさないでくれ」
「はい」
照明は通路の両側におおむね等間隔で設置されている。
視界が通る範囲内に敵影はない。
俺たちは息を潜め、ゆっくりと前進した。
曲がり角に差しかかかるたびに、曲がった先に敵がいるのではないかと警戒して足を止める。
しかし――――
(どういうことだ……?)
何もない。
敵も、部屋も、分かれ道すらない。
ここまでの経路は、曲がり角がいくつかあるだけの一本道だ。
そういえば、外部と内部を分け隔てる扉すら見つかっていない。
「ハズレ、でしょうか……」
「元々、それを確かめるための侵入だからなあ……」
慎重に進んでいるから距離自体はさほど稼いでいない。
とはいえ、そろそろ何か見つかってもいい頃合いとも思う。
「引き返しますか?」
「うーん……」
ティアの提案を受け、通路の奥を見つめながら思案する。
真っ暗闇の部分に気づきにくい分かれ道があり、それを見逃しているという可能性は確かに捨てきれない。
一方で、このまましばらく歩くと目的地に到着する可能性だって同じくらいあるだろう。
前者ならば俺たちは引き返さなければならないが、ここで引き返してハズレだった場合、俺たちは大幅に時間をロスすることになる。
ただでさえ隠れる場所のない一本道の通路だ。
可能な限り長居は避けたい。
後者ならばこのまま進めば目的地にたどり着く。
幅2メートル程度の一本道、灯りは先の方まで続いているのだ。
終着点にあるのが何であれ、何もないということはないだろう。
少なくとも、何らかの目的をもってこの洞窟を訪れた集団を俺たちは見ているのだから。
「よし、とりあえず何かが見つかるか行き止まりに当たるまで…………いや、違う」
「…………?」
ティアが小首をかしげているが、それに応える余裕はなかった。
俺の頬を冷や汗が流れ落ちる。
(罠……!そうだ、罠がある可能性を忘れてた!)
この洞窟の中に秘密にしておきたい施設があるなら、紛れ込んだ部外者が簡単に秘密にたどり着けるような造りにはしない。
それは当然のことだ。
(たどり着けないだけならまだマシだ!)
侵入者に危害を加える種類の罠が設置されていない保証などどこにもない。
例えば通路のどこかにある隠し通路を行くのが正解で、道なりに進めば必ずどこかで罠にかかる。
この洞窟がそういう構造や仕掛けを備えているということだって、十分にあり得る話だ。
(無理、だな……)
ここまで何事もなかったから警戒が緩んでいたが、いつ取り返しがつかない状態になってもおかしくない。
あまりにも、浅はかだった。
「撤収しよう」
「待ってください、アレンさん」
「……ティア?」
撤収を即断してティアに伝えると、この調査に乗り気でなかったはずの彼女から待ったが掛かった。
視線を向けると、彼女は通路の奥を指差している。
「あそこ、右手に細い道がありませんか?」
声を潜める彼女の指し示す先、目を凝らすと側面がへこんでいる場所があった。
ゆっくりと近づき、通路の壁に背を張り付けながら中を覗いてみる。
「……当たり、みたいだ」
洞窟をそのまま使ったようなこれまでの通路とは異なる、人の手で整備された道。
その奥から、薄緑色の光が漏れ出していた。
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