第148話 新スキルの使い方2




「さてと。できれば1体がいいんだが」


 普段は適当に森に分け入って魔獣を探すのだが、今日の俺は北の森の外縁部をうろつくに留めていた。

 

 ラウラすら把握していないスキルを試すからにはデメリットがある可能性にも注意したい。

 説明を踏まえてこのタイプのスキルの相場を考えれば、俺より強かったり俺と実力が近かったりする相手には効果が減少するのは間違いないだろうが――――


(問題は効かなかったときにどうなるのかってことだな……)


 効いたときの逆と考えれば向こうから積極的に襲い掛かってくるなんてことも考えられる。

 効果範囲がわからない以上、森の奥深くでスキルを発動すれば予想外に広範囲から魔獣を呼び寄せてしまうかもしれない。

 様々な可能性を考え、状況を慎重に整える必要があった。

 

「お、いたいた……」


 北の森の定番、グレーウルフが1体。

 都合の良いことに通常の個体より体格が小さい。

 いつもなら舌打ちが飛び出す状況だが、今日だけはこれ以上を望めないほどの好条件だ。


 向こうはこちらに気づいている。

 狼型の魔獣は群れで行動することが多いから逃げられるかとも思ったが、この個体は俺を中心に円を描くように動き始めた。

 間違いなく、やる気だ。


「さて、まずは射程からか」


 俺は目算で100メートルほど前方にいるグレーウルフを威圧するように念じてみた。

 しかし、グレーウルフに変化はない。

 この距離では遠すぎたようだ。


(明らかに格下のグレーウルフに効かない……ということはないよな?)


 もしそうならば完全にゴミスキルだが、その可能性はとりあえず横に置いておく。

 限界射程を探るため、俺に襲い掛からんと動き回るグレーウルフに<フォーシング>を連発した。


(まあ、相手を限定して発動できるものなのか、そもそもどうやって発動するのかすら理解してないんだが……)


 何度か試行錯誤することになるだろう。

 失敗は織り込み済みだ。


 俺があれこれ考えている間も移動を続けていたグレーウルフは、俺から見て10時方向にある一本の木に隠れた。


 俺がグレーウルフを見失ったのは一瞬。

 次に発見したとき、魔獣は猛然と距離を詰めてきていた。


「…………ッ!」


 念のため『スレイヤ』を構えながら魔獣を睨みつけた。

 その間も絶えず<フォーシング>を発動――できているかは知らない――しているのだが、手ごたえは皆無。


 舌打ちをひとつ。

 このままグレーウルフの餌食になるのはあまりにも馬鹿らしい。

 彼我の距離が50メートルを切った当たりで、俺は一旦<フォーシング>の発動を諦めた。

 

 やけっぱちな気持ちを乗せて、俺はグレーウルフを怒鳴りつける。


『来やがれ!ぶっ殺してやる!!』


 <フォーシング>の使い方を少しでも探ろうと、今度は脅かすような言葉を叫んでみた。


 すると――――


「お、へっ!?」


 間抜けな声を漏らしたのは自分の口だ。


 先ほどまでと違って魔力が消費された感覚があった。

 目の前で起きた現実とあわせて、<フォーシング>の発動はおそらく成功。


 しかし、その結果は俺の予測の斜め上を行くものだった。


「え…………死んだ?」


 俺が注視していたグレーウルフ。

 つい数秒前まで俺に向かって突進していたそれは、急に硬直して動きを止めた。

 もっとも、急停止した先に<結界魔法>でも置かない限り、慣性の法則から逃れることは難しい。

 グレーウルフもやはり物理法則に逆らうことはできず土の上をゴロゴロと転がった末、俺の近くにある木の幹にその体躯を叩きつけた。

 結構なダメージを負ったのか、魔獣は横たわったまま起き上がる気配がない。


 腐葉土に横たわるグレーウルフと、想定外の展開に動揺する俺。

 両者とも動かない中、時間だけが刻々と過ぎていった。


「…………そうだ、確認しないと」


 我に返った俺は、念のためグレーウルフにもう一度<フォーシング>を叩き込んだ。

 一度で勘を掴めたようで、今回は声を発することなく発動に成功。

 

 しかし、反応なし。


 俺は未知の魔獣を警戒するときのように、油断なく剣を構えながら魔獣に歩み寄る。

 近くまで来ると、魔獣の様子がよくわかった。


「まだ、生きてるよな……?」

 

 四肢が全く動いていない一方で、鼻の部分だけはすぴすぴと動いている。

 木に衝突した傷も思ったほどではないようで、動けないほどのダメージは見当たらない。


 にもかかわらず、動かないと言うことは――――


「まさか……。死んだふり、なのか……?」


 俺は熊か。

 見当違いのツッコミが風に流されて森の中に消えた。

 

 頭を振って雑念を振り払い、じりじりと魔獣に近づいていく。

 そしてあっさりと、俺は魔獣を攻撃圏内に捉えた。


「…………」


 彼我の距離、およそ2メートル。

 振りかぶった『スレイヤ』は今日も変わらず淡い青の煌めきを放ち、振り下ろされるそのときを待っている。


 一歩踏み込めば、剣は魔獣に届く。

 ジークムントの装備をバターのように切り裂く斬撃が、グレーウルフの毛皮で阻まれる確率は絶無。

 グレーウルフの命は、まさに風前の灯だ。

 

 ただ、なぜだろうか。

 俺はこの期に及んで剣を振り下ろすことを躊躇していた。

 

(なんだ……?俺は魔獣を哀れに思っているのか?)


 いや、そんなことはあり得ない。

 たしかに魔獣の見た目は前世で見た大型犬のようで、腹を晒して横なっている様子など人によっては可愛いと思うのかもしれない。

 しかし、目の前の大型犬はれっきとした魔獣だ。

 今はまだ小さくとも成長すれば村を襲い、人に仇を為す存在だ。

 ここで殺さねば、いつか喪われる命があるかもしれないのだ。


 フロルと出会った日、衰弱したフロルに剣を突きつけたあのときとは断じて違う。

 俺がグレーウルフを斬ることは冒険者として客観的に正しい行動だと断言できる。


(なら、なぜ……?)


 いまだピクリとも動かない魔獣を見下ろしながら自分の行動を振り返る。


 俺は<フォーシング>を試すために北の森に来た。

 森の外周でやや小さめのグレーウルフを見つけて<フォーシング>の標的にした。

 予想とは少し違うものの、<フォーシング>は見事に魔獣を怯えさせることに成功し、俺は横たわって腹を見せる魔獣を狩るべく剣を振り上げている。


 そう考えて、俺は気づいた。


(あれ、これはアリなのか……?)


 魔獣相手とはいえ相手を怯えさせ、身動きできなくしたところを斬る。


 冒険者としては正しい。

 リスクを限りなくゼロに近づけ、確実にリターンを獲得することができる戦い方だ。


 しかし、だ。


 この戦い方は、


「…………」


 俺は英雄を目指す者として、英雄らしくあることにこだわりを持っている。

 仲間と共に強大な妖魔に挑んだこともあるし、大勢の人を守るために撤退戦の殿を務めたこともあった。

 成り行きでそうなっただけで俺が主体的に動いたわけではないが、危険を顧みずに成り行きを受け入れた理由は、それが英雄らしい行動であるからという動機なしには語れない。


 それだけではない。

 例えば<剣術>が使えないために剣筋が雑で見栄えが悪く、攻撃魔法が使えないから華がないという以前から気にしていた戦闘スタイルをどうにかしようと必殺技『剣に魔力を纏わせて超強化攻撃!』を習得したり、自分より強い精霊を仲間にするのはずるいのかどうかという問題で真剣に悩んでみたり。

 他人が聞けば笑うかもしれないが、俺にとっては英雄らしく在るために必要な努力なのだ。


 そんな俺の中の英雄見習いに問うてみる。

 相手を怯えさせ、身動きできなくしたところを斬る戦術。


 これは、アリなのか。


「…………ナシ、だな」


 黒だった。

 それはもう真っ黒だった。

 土で汚れたグレーウルフの毛皮よりもずっと黒い。

 グレーと判定する余地がないくらいに真っ黒だ。

 

 これはむしろ英雄に討伐される側がやりそうなことであり、英雄がやっていいことではない。

 物語に出てくる英雄がそんな戦い方をしようものなら、読者は本を閉じて表紙のタイトルを確認してしまうだろう。


 これは英雄の物語ではなかったのか、と。


「あっ!?」


 俺の気が緩むのを敏感に察知したのか、グレーウルフは脱兎のごとく逃げ出した。

 この戦い方がナシだと自覚した瞬間に魔獣を圧迫する意識が消えてしまったのか、効きが甘かったのか、あるいは単純に効果時間の問題か。

 気づけば剣の構えも解いてしまっていた。

 

「油断しないって思ったその日に、なんてザマだ……」


 自分への失望を抑えられず、思わず天を仰ぐ。

 

 だが、やらかしたことを悔やんでも仕方がない。

 俺にできるのは同じ失敗を繰り返さないように努めることだけだ。


「さて、気を取り直して次に行くか」


 俺は再び獲物を見つけるために森の中へと進んで行く。


 そして――――


「…………よし!このスキルを頼るのはやめよう!」


 その日、何体もの魔獣に<フォーシング>を叩き込んでおおよそのスキル性能を把握した俺だが、魔獣に向けて剣を振ることは残念ながら一度もなかったのだった。

  


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