第三章
第145話 ラウラお姉さんのぼったくりバー
「おっそーい!!」
「うおっ!?」
冒険者ギルドの2階にあるラウラの仕事場。
受付でフィーネから在室と聞いたにもかかわらず誰もいない部屋を目の当たりにして首をひねっていると、部屋の主が頭上から襲い掛かってきた。
「ぐっ……!?おいラウラ、お前何してる……?」
「それはこっちのセリフだよー!また2か月近くもほったらかしにしてさー、どういうつもりー?」
不意に背中に飛びつかれてべしゃっと絨毯にダイブした俺に対して、ラウラは背中に乗ったまま文句を並べた。
俺は背中に乗った重石を天井まで跳ね飛ばす勢いで体を起こしたが、ふわりと浮遊して悠々とソファーに着地するラウラに堪えた様子はない。
俺は大きく溜息を吐き、服に着いた埃を払ってから対面のソファーに腰掛けた。
「まったく……前回も2か月くらい空いてただろ?」
「だから次は間隔を空けずに来るように言ったはずだよねー?お姉さんを退屈させないでねって言ったのに、アレンちゃんのいけずー」
「あーはいはい、悪かったよ」
こういうときは何を言っても無駄だ。
俺は話を切り上げ、早々に白旗を上げた。
「今日は久しぶりにスキルを見てもらいに来たんだ」
騎士団とのゴタゴタから20日ほど経ち、俺たちはすっかり落ち着きを取り戻した。
パーティ内の連携訓練の結果も概ね良好。
気候も暖かくなってきたので俺は近々遠征を提案しようと考えており、その前に恒例のスキルチェックに来たというわけだ。
しかし――――
「やだ」
「は?」
「いーやーだーって言ったの!なんで私がアレンちゃんのスキルを見てあげなきゃいけないのー?」
「はあ、何言ってんだ?お前、冒険者のスキルを見るためにここにいるんだろうが」
ラウラは唐突にストライキを宣言し、そっぽを向いた。
どうやら完全に機嫌を損ねてしまったらしい。
「お前なあ、仕事とプライベートは切り分けろよ……。子どもかよ?」
「仕事はちゃんとするよー?アレンちゃんからはお金をもらってないから、アレンちゃんとお話するのは仕事じゃないもん」
「え……?ああ、そういえば……」
一転、分が悪くなった俺はラウラから視線を逸らす。
たしかにそのとおりだった。
ここは歓楽街の裏通りにあるグレーな店も真っ青の高級店。
美人の精霊にお茶――時々味覚を強烈に刺激する謎の液体――を注いでもらい、少しお話するだけで10万デルの支払いが必要となるラウラお姉さんのぼったくりバーだった。
前回来た時も似たようなことを思った気がする。
色々あったのですっかり忘れていた。
「むー、それは何か失礼なこと考えてる顔だー……」
「気のせいだ。ほら、このとおり。支払いはするから頼む」
俺は財布から大銀貨を1枚取り出し、テーブルの上に置いてラウラに再度頼み込んだ。
しかし、大銀貨を一瞥したラウラの機嫌は悪化の一途を辿る。
「アレンちゃん……」
「今度はなんだ?」
「今更私たちの関係にお金を持ち込むなんて、どういうつもりー?」
「お前が催促したんだろうが!一体どうしろってんだ!?」
俺は堪えきれず怒り散らした。
すると、俺と対照的にラウラの表情は一変。
にやりと微笑み、待ってましたとばかりにふわっと浮かび上がった。
「もちろん、アレンちゃんのカラダで払ってほしいんだよー!」
「なっ!?あ……」
抵抗する間もなくこちら側のソファーに着地。
横から抱きしめられたと思った瞬間には食事が始まっていた。
「んふふー……はー、しあわせー……」
幸せそうなラウラを見て、最初からこれを狙っていたのだろうと確信する。
「……ったく、魔力が欲しいなら最初からそう言えよ。ここまでの茶番は何だったんだ……」
押し付けられる豊満な部分に内心では少しだけ慌てながら、それを悟られないようにはらぺこ精霊を窘める。
「え、お願いすればくれるのー?」
「別に減るもんじゃないしな」
「わー!アレンちゃん、すてきー!」
「……本当に現金なことで」
魔力だって吸収されればいくらかは減るんだろうが、この程度でラウラの機嫌が直るなら安いもの。
実際、ラウラが満腹になるまで魔力を吸収しても体感で1割も減りはしない。
回復速度を考えれば、俺にとっては誤差のようなものだ。
俺は気持ちを落ち着かせるために深呼吸をひとつ。
手酌で紅茶を淹れながら、ラウラの食事が終わるのをまったりと待った。
言葉は演技がかっていても魔力が嬉しいのは本当のようで、緩み切った表情のラウラを見ている俺の表情もつられて緩んでいた。
「はー、ごちそうさまー」
「お粗末様でした」
「お粗末なんてとんでもないよー。これ以上の御馳走なんて、口にできたのは数えるほどだよー?」
「そんなにか」
俺の魔力は、どれだけ生きているかわからない精霊の人生でも上位に入るほどのお味らしい。
そう思うと、ふと疑問が口をついて出た。
「この先、強い精霊と戦って負けたら、餌として飼われることになったりするんだろうか……?」
思い浮かべたイメージは蜘蛛の巣に捕らわれた蝶のような自分の姿。
1日3回、細く鋭い管を腕に刺されて魔力をぢゅーっと吸われてしまう。
思いつくままに口に出してしまったが、大変恐ろしい話である。
「うん、あり得るねー」
「ええ……?」
「この地域は魔力が足りてないからねー。アレンちゃんをかけた精霊同士の戦争が起きても私は驚かないよー」
「驚きだよ……。どんだけ食いしん坊なんだよ、精霊ってのは」
精霊からすれば砂漠のオアシスのようなものなのだろうか。
目の前の食いしん坊が冗談の欠片もない真顔で頷いているから、なおのこと恐ろしい。
「ねえ、アレンちゃんやっぱり私に飼われない?」
「飼われない」
「じゃあ、私を飼わない?」
「…………検討中」
横から抱きつきながら飼うとか飼わないとか言うせいで首輪をつけたラウラの姿が脳内にちらつき、顔が熱くなる。
彼女の申し出を忘れたわけではない。
しかし、今すぐ答えを出せる気もしなかった。
「ふふー、本当にいつでもいいからねー」
俺の内心を知ってか知らずか。
ラウラはこちらに来た時と同じようにふわりと浮かび上がって、対面のソファーに戻った。
労使交渉(?)が成立したのでストライキは終了。
仕事を再開する気になったようだ。
「さてさてー!お代もいただいたから、お仕事を始めようかなー」
「おう、頼む」
ラウラに合わせて俺も浮ついた気持ちを切り替えた。
新たなスキルの発現。
それを期待しながら、何度ここに足を運んだかわからない。
俺だってスキルなんてそうそう増えるものではないということくらい理解している。
それでも、俺はここに足を運んでしまう。
毎日身長を測る少年のように。
毎日体重を測る少女のように。
期待して、少しだけがっかりして、次こそはと決意を新たにする。
いわば儀式みたいなものだ。
今回も、結果なんてわかりきって――――
「おめでとー!なんと、アレンちゃんのスキルが増えてるよー!」
「へ?」
予想外の言葉が耳に届いた。
不意を突かれた俺は、拍手で結果を祝ってくれるラウラに間抜けな返事を返してしまう。
徐々に彼女の言葉が頭に染み込んでいき、その内容を完全に理解したとき。
初めてスキルが増えたという事実に喜びを表そうとして――――俺は相手が鬼畜精霊だということを思い出した。
「ラウラ!俺がそう何度も騙されると思ったら大間違いだぞ!」
「えー、今回は本当なのにー」
ラウラは俺の反応に眉を下げて困っていた。
この反応はどうだろうか。
ラウラが俺を騙すときは、それが成功しても失敗してもニヤニヤ笑うものだと思っていた。
となると――――
「え?まさか本当に増えたのか?」
次の瞬間「うそだよー!てへっ☆」と茶化して冷やかされることになるのではないかと疑う気持ちが半分。
もう半分で、もしかしたらと祈るような気持ちで問いかけた俺に、ラウラは満面の笑みを浮かべて答えた。
「増えてるよー!なんとレアスキルだよー!」
「おお!」
「しかも2つ増えたよー!」
「おおお!!」
「そのうち1つは前回もう増えてたよー!」
「おお…………え?」
なんだかどさくさ紛れに不思議な言葉が聞こえた気がした。
「今なんて?」
「2つ増えたレアスキルのうち片方は、アレンちゃんが前回来たときに、もうあったよー?」
「言えよ!!なんで黙ってた!?」
「だって聞かれなかったからー」
「え、あれ……?」
前回ラウラを訪ねたときは、たしかフロルの成長速度について相談しに来たのだったか。
言われてみればスキルを確認してくれと頼んだ記憶がない。
「だから早く来てねって言ったのにー」
「…………」
これは俺が悪いのだろうか。
尋ねなくてもスキルが増えているなら教えてくれと思わないでもない。
だが、頼んでもいない仕事を当然のこととして要求するのは悪質なクレーマーと変わらない気もする。
いずれにせよ今更何を言っても手遅れだ。
今は姿勢を正して、新しいスキルの話を聞くとしよう。
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