第81話 閑話:A_fairytale_1
どうしよう。
どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう――――
私は今、とても後悔している。
役に立ちたいのに。
役に立たなければいけないのに。
それなのに、私はこの人を悲しませてしまった。
原因はこの人が持つコップ。
その中に入っていた毒消しの薬。
返ってきたあの人が毒に侵されていたから、私は大急ぎで薬を用意した。
薬を水に溶かして渡したら、あの人はおいしそうにそれを飲み干した。
それを飲んだあと、この人は嬉しそうな顔をしていた。
私は、この人を助けることができた。
きっと褒めてもらえる。
そう思っていたのに、どうしてこうなっちゃったんだろう。
今日はとても素敵な日になるはずだったのに。
この人を驚かせて喜んでもらうつもりだったのに。
いっぱい褒めてもらえて、いっぱい魔力をもらえる日になるはずだったのに。
私のつくった薬がこの人を悲しませた。
この人は何も言わないけれど、顔を見ていればそれくらいはわかる。
涙が出そうだ。
捨てられるかもしれない。
明日家から出て行ったら、もう帰ってきてくれないかもしれない。
ようやく見つけたのに。
この人の役に立ちたいと思ったのに。
「フロル!」
いつもの優しい声と違う、力のこもった声。
ごめんなさい。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!
罰なら受けるから――――どうか、ここからいなくならないで!
祈るようなに目を閉じていた私のあたまに、温かい大きな手が乗せられた。
くしゃくしゃと、いつもみたいに頭を撫でてくれる優しい手。
もしかして、私は許してもらえたのだろうか。
「フロル、酔い覚ましありがとな。でも、俺は好きで酒を飲んで酔っぱらってるんだから、酔いをさましてくれる必要はないんだぞ?」
やっぱりダメだったんだ。
どうしよう。
どうすれば許してもらえるんだろう。
「別にフロルが悪いわけじゃない。俺がこうしてほしいってことをフロルに伝えていなかったのが悪いんだ」
ちがう!
ちがうちがうちがう!!
私が悪いのに!
この人は悪くなんかないのに!
優しさが染みる。
私は家妖精失格だ。
『家妖精』という言葉を本で調べたから、家妖精がどういうものなのか、私は知っている。
私はこの人の家妖精。
だから、この人のために立派な家妖精になろうと思ってがんばったのに。
私のあたまから温かい手が離れる。
私に背を向けたこの人は、私を撫でてくれた手を玄関のドアへと伸ばした。
行かないでほしい。
呼び止めたい。
でも、私にその資格があるのだろうか。
ダメな家妖精の私が、この人を呼び止めることが許されるのだろうか。
けれど、この人は玄関から外には出て行かず、私を抱き上げて優しく声をかけてくれた。
「じゃあ、どっちも悪いってことにしようか。それと、フロルにはこの機会に、俺がフロルにどうしてほしいと思っているか、しっかり話しておこうかな。聞いてくれるか?」
◇ ◇ ◇
気持ちよさそうに寝息を立てるマスターを魔法でお部屋に運んで毛布を掛けると、私は急いで台所の隣にある使用人室――――私の部屋に戻ってきた。
椅子に座って、手帳を取り出す。
マスターに言われたことを絶対に忘れないように、ひとつひとつ思い出しながら、大事に書きこんでいく。
・ポテトは細長い方が好き
『フライドポテトは細長い方が好きだ』
次からはポテトは細長く切ることにしよう。
・私の服は黒のブラウスと白のエプロン、フリフリ付き
『家事や料理をする人には専用の洋服があってな。白黒の服が多いんだが、こんな感じの……黒いブラウス?あとエプロンは白いの。今着てる服みたいな飾りがついてるやつ』
家妖精に専用の服があるなんて知らなかった。
すぐに用意しなくちゃ。
・お風呂は熱いのが好き
『お風呂の温度はもう少し高くてもいい。季節に合わせて調節してくれるともっといい』
マスターに火傷させたら大変だから、明日は少しだけ熱くして反応をみてみよう。
・マスターが安心して過ごせるようにするのが私の役目
『フロルは家のことをやってくれるだけでいい。俺が安心して過ごせる環境を整えてくれるだけで、俺は本当に嬉しいんだ』
マスターには、安心して過ごしてもらいたい。
どうしたらいいか、ゆっくり考えよう。
・泥棒がきたら逃げるか、やっつける
『泥棒が家に忍び込んできたら逃げるんだぞ?でも、そのうち頑張って撃退できるようになろうな!』
がんばる!
・目立つことは控えめに!家から出るのも知らない人を入れるのもダメ!!マスターは絶対に守る!!!
『実は、俺はある組織に命を狙われていてな……。外は危ないから家から出ないように……目立つような行動も控えなきゃいけない……。それと知らない人を家に入れないこと!』
マスターの命を狙うなんて許せない。
家の中でマスターを守るのは私の役目。
でも、マスターが家の外にいるときはどうしたらいいんだろう。
・火が出る鉄の箱をつくってなぎ払う
『世の中には不思議な武器がいっぱいあってな!鉄の箱が火を噴いて遠くにいる相手をなぎ払うなんてこともできるんだぞ。すごいよなぁ。でも、世の中にはもっとすごい武器があってな!うーんと、えーと……』
が、がんばる!
・マスターの剣を強くする
『はー、俺も何か魔力を戦闘に役立てられたらいいんだけどなあ……。魔力を飛ばして遠くにいる魔獣を斬りたいとか贅沢は言わないから、せめて斬撃の威力が上がったりとかしないもんかね……』
マスターの剣が強くなれば、マスターが安心して過ごせる。
大事なことだけど、家妖精の私に剣を強くすることなんてできるのかな。
・私も家妖精の英雄になる
『俺は将来英雄になるんだ!だからフロルも、家妖精の英雄を目指して一緒に頑張ろうな!』
家妖精の英雄ってどんなのだろう。
人間の英雄と同じかな。
おとぎ話の本もあったはずだから、あとで読んでみよう。
・マスターのことはマスターと呼ぶ
『俺のことはマスターと呼ぶこと!』
マスター。
マスター。
マスター。
覚えた。
・
・
・
・マスターと話すのはダメ
『うーん……フロルと話せたらいいのに。あ、でも家妖精が話してるとこなんて見たことないな。誰かに見られたら目立っちゃうからダメか。珍しいからって、誰かに連れて行かれても困るし、うん』
「はあ……」
最後のひとつを書き込むとき、思わずため息がこぼれた。
マスターの言いつけに文句を言う気はない。
けれど――――
「マスターと話しちゃダメ……」
がんばって覚えた人間の言葉で話しかけて、帰ってきたマスターを驚かせるつもりだったのに、一言も話すことなく禁止されてしまった。
ちょっとだけ、ほろ苦い。
でも、がっかりしている暇はない。
難しそうなものもあるけれど、できることからやっていこう。
まずは私の服を作るところから始めよう!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます