第67話 魔獣迎撃戦3
剣を振り上げ、振り下ろす。
剣を引き、横から斬り払う。
飛び掛かってくる魔獣を避け、時々<結界魔法>を魔獣の鼻先に展開し、体勢を崩したところを斬りつける。
死角からクリスに近づく魔獣がいたら、念のため警告する。
戦い始めてどれくらいの時間がたっただろうか。
なんというか、作業のような戦いだった。
個々の魔獣が強ければ緊張感も増すのだろうが、<強化魔法>を使いながら剣を適当に振り回すだけで片付くレベルの魔獣だと、正直あと何十体でも行けると思えてしまう。
それはクリスも同じだったようだ。
いつもの笑顔が消え、無表情にただひたすら剣を振るっている。
命が懸かっているがための真剣さというよりは、つまらない作業を強要されてげんなりしている様子だ。
やる気満々で出社した結果、延々と書類のコピーとホッチキス止めをさせられる新入社員がいたら、こんな気持ちになるのかもしれない。
「クリス、起きてるか?」
「生きてるよ…………え?流石に寝てはいないよ」
「寝てはいなくても、集中はできてないようだな。まあ、気持ちはわかるが」
「…………」
うつらうつらと舟をこいでいるときに教師に声をかけられて、聞かれてもいないのに「寝てません!」と言ってしまう生徒がいたら、今のクリスに共感してくれるかもしれない。
ぶすっとした顔で作業に戻るクリスだが、元々いた場所より数歩こちらに近寄ってきているのは雑談でもして気を紛らわそうということだろうか。
「必要なことだとは理解してるし、実際に死んでしまった人もいるからひどいことは言えないんだけど……」
「まあ、ぶっちゃけると退屈ではあるな」
「ぶっちゃけちゃうんだ……」
「お前以外誰も聞いてないんだ、別にいいだろ?」
少し大きめの声で会話ができるくらいの距離まで近づき、話しながら戦闘を続ける。
正直、俺も飽きが出てきたところで雑談は歓迎だ。
「そういえば、馬車の中の話が途中で切れてたな!どこまで、聞いたんだったか……」
「えーと……、そうそう!このナンパした女の子と、ばったり会ったんだけど――――」
「ダメだったんだろ?」
「まあね。でも、最初のときもそうだったけど、話は聞いてくれるんだよね!」
「え、そうなのか!?……おっと!」
「大丈夫かい!?……うん、なんかパーティメンバーを探してるみたいだったよ!というか、最初はパーティに入れてくれってことで声をかけたんだよね!」
「ああ、なるほどな……」
「え?なんだって!?」
「なんでもない!独り言だ!」
最初にクリスを見かけたとき、飛び蹴り女がなぜクリスのナンパを我慢して聞いているのか不思議に思っていたのだが。
なるほど、最初はパーティ加入の話だったわけか。
「それ、パーティに入り込んでから攻略するんじゃダメだったのか!?」
「うーん、おっと!……悠長なことしてる間に他の人に横取りされたら困るし!あとは、単純に我慢できずに!?」
「……頼むから力ずくはやめてくれよ?あんな狂暴な女でもそういうのはちょっと……」
「そんなことしないってば!僕を何だと思ってるのさ!!」
笑ってごまかすが、結構しつこく声をかけているクリスは俺の中でストーカー一歩手前くらいまで行っている。
「ねえ!アレン!!」
「悪かったって!そう怒るなよ!」
「違うよ!あれ見て!!」
「うん?」
目の前にいた熊の魔獣を切り裂き、クリスに指さされた方を見る。
俺から見てクリスと丁度反対側に少し離れたところ。
そこには俺たちと同じように前線を維持するための冒険者たちがいたのだが、戦闘が長期化するにつれ脱落者が出始め、メンツも少しずつ変わっていく。
今、そこには2人組の冒険者がいたのだが――――
「おい、クリス……」
「あっちの子、あの女の子じゃないかな!?」
「やっぱりか!お前はこんなとこまで来て何考えてんだ!!」
そこには、あのときの飛び蹴り女がいた。
黙っていれば人形のように愛らしいプラチナブロンドの少女が槍を構えて前衛を務め、白いローブの魔法使いの少女を守っている。
白い方は俺がチンピラから助けた子で間違いないだろう。
今日はフードが外れており、綺麗で長い栗色の髪が風に吹かれて揺れていた。
「えっ?……えっと、あ!ほら、あの子なんだか疲れてるみたいだよ!助けに行かなきゃ!!」
「あ!おい、こら!!」
素早く俺の横を通り抜け、少女たちの方へ駆けて行くクリスに舌打ちしながら、俺は後ろを振り返って街の人々の撤退状況を確認する。
俺たちの作業も無駄ではなかったらしく、前線を抜けた魔獣を遊撃するための冒険者が遥か遠くに見えるだけで、近くに一般人の姿はない。
周囲に散らばる魔獣の死骸はもったいないが、緊急依頼であれば成果は冒険者ギルドの総取りだから回収しても没収されるだけ。
この状況なら、少しくらい動いても戦線に影響はなさそうだった。
「……ったく、こんな時までよくやるよほんとに」
愚痴りながら、俺も小走りでクリスの後を追うために踏み出した、そのとき――――
「ネルッ!危ない!!」
悲鳴が響き渡る。
視線を向けると、目の前に迫った熊の魔獣に気を取られたプラチナブロンドの少女の足に、小型の魔獣が噛みついていた。
少女はよろめきつつも何とか足元の魔獣を槍で突き刺すが――――それでは正面の熊への対応が間に合わない。
「避けろっ!!!」
クリスの叫びも届かず、少女の胸に魔獣の太い腕が叩き込まれる。
草原に叩きつけられた少女の体は、一度跳ねるとそのまま草原を数メートルも転がっていく。
「いやあああああぁ!ネルッ!ネルッ!!」
魔法使いの少女は半狂乱になって転がされた少女に駆け寄る。
胸当てはひしゃげ、少女の口からは血が溢れており、あまり楽観できる状態には見えない。
熊の魔獣は少女たちに再び襲い掛かろうとするが、これはクリスが許さなかった。
「クリス!そいつのケガは!?」
クリスに少し遅れて駆け付けた俺は、近寄る魔獣を斬り捨て周囲を警戒しながら、背後で少女の手当を試みるクリスに問いかける。
「ケガによく効くポーションを飲ませた!……でも、かなり厳しい。できればすぐにでも<回復魔法>が使える人に見てもらいたいけど……」
「<回復魔法>か。前線で戦ってるパーティなら、どこか一人くらい…………ああ、そうか!くそっ!!」
周囲を見渡した俺は大きな思い違いをしていたことに気がついた。
D級冒険者である俺たちでさえ余裕があるなら、C級冒険者たちはもっと余裕があるに違いない。
なんとなくそう思ってしまっていた。
だが、実際は違った。
そもそも冒険者のランクと継戦能力は関係ない。
大抵の場合どれくらい多くの依頼をこなしたとか、どれくらい強い魔獣を倒せるとか、そういった基準でランクは決まるのだ。
近接武器を得意とする前衛2人に遠距離武器や攻撃魔法を得意とする後衛2人。
そんなパーティが長時間の連続戦闘を強いられたらどうなるか。
後衛の矢弾や魔力が底をつき、戦闘不能になるのは当然のことではないか。
改めて、辺りを見渡してみる。
すでに後衛を後ろに下げ、俺たちのように前衛だけが奮闘しているパーティ。
座り込んで休息をとる後衛を必死に前衛が守っているパーティ。
これ以上の戦闘続行を困難と判断し、緩やかに撤退するパーティ。
まともに機能しているパーティなど、もうほとんど残っていなかったのだ。
俺たちの、パーティ未満の特異な戦い方。
2人パーティというよりもソロが2人並んで戦っているという連携もあったものではない気楽な戦い方。
剣を振って斬る、斬れなければ避ける、剣が届かなければスルーする。
それだけで済んでいたからこそ、長時間の戦闘に耐えられたのだ。
つまり、この前線に重傷の少女を助ける余力があるパーティなど存在しない。
この少女を助けるには、後方にわずかに残っている緊急離脱用の馬車に少女を乗せて速やかに都市まで運ぶ必要がある。
「アレン……頼みがある」
「言わなくていい。今夜の祝勝会はお前持ちだから、覚悟しておけよ?」
「もちろんだ!恩に着るっ!!」
クリスは傷ついた少女を丁寧に抱きかかえると、後方へ向かって駆けだした。
血の匂いに惹かれたのか、クリスに追いすがる魔獣の頭に長剣を振り下ろす。
「さてと……」
広く開いた前線。
獲物を見つけることができない魔獣たちは、徐々に俺のところに集まってきた。
その数は確実に減っている。
しかし、冒険者の数はそれ以上に減っていた。
冒険者の数が減れば減るほど一人に集中する魔獣の数が多くなり、負荷に耐えきれなくなった冒険者が撤退するという悪循環。
見えるところに居てまともに機能しているパーティは俺たちを含めて4組ほどだ。
ここで俺が撤退すれば残った魔獣たちは遠からず後方に浸透し、いまだ撤退中の人々に襲い掛かる。
傷ついた冒険者が戦闘不能になった冒険者や馬車に乗れなかった人々を護衛して都市へ向かっているはずだが、おそらくさほど距離を稼ぐことはできていない。
最初の馬車が街の人々を乗せて都市に戻り、空の馬車を引き連れてここにやってくるまで、あとどれくらいかかるだろうか。
「逃げる人々や後方に下がる戦友を守るために、劣勢の戦場で仁王立ち。なかなか絵になるね……」
強がってみるが、厳しい状況には変わりない。
そして、それだけではない。
俺の傍らには仲間が重傷を負った衝撃から抜けられず、呆然としている魔法使いの少女がいる。
撤退不能。
一対多数。
遠距離攻撃なし。
範囲攻撃なし。
護衛対象あり。
当然ながら、リトライ不可。
笑ってしまうほどのハードモードだが――――
「いいぜ!やってやろうじゃねーか!!」
この状況――――まったく、英雄らしいじゃないか。
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