第15話 運命の日4
冷たい金属の感触。
小刻みに伝わる衝撃。
絶え間なく響くガタゴトという騒音。
薄明りが差し込む暗く狭い空間。
(う、あ……?なんだ……?)
見覚えのない部屋――――ではない。
意識を取り戻した俺は、ここが馬車の荷台だということに気付くまでに数秒を要した。
「しかし、いいんですかい?予定にないガキまで買ってきちまって」
「孤児院が言うには、一般的な魔法使いの2倍以上の保有魔力があるというのです。いい買い物だったと思いますよ」
「でも、あんな簡単に決めちまって……」
「……私の見立てが間違っているとでも?」
「馬鹿野郎!旦那、申し訳ありません。弟分がとんだ失礼を」
男たちの会話から、自分が置かれている状況を少しずつ思い出す。
(そうか、俺は……)
アマーリエとの会話の後の記憶がない。
この男たちが院長と取引していた3人組であるとしたら、俺はこいつらの接近に気付くことができず、ろくな抵抗もできないままに意識を刈り取られたことになる。
いや、あれだけ動揺していれば抵抗などできないか。
(くそっ!最悪だ!)
首に感じる金属の感触はアマーリエが話していた『隷属の首輪』だろうか。
反抗したときに与えられる痛みというものがどの程度なのかわからないが、奴隷を御するための装具として流通しているのなら人間を行動不能にするほどの激痛なのだろう。
状況は非常に悪いと言える。
俺はむくりと起き上がろうとして――――その動きをぴたりと止める。
(男たちの声がするのは……御者台に2人、荷台に1人か)
荷台の男はまだ俺が目を覚ましたことに気付いていない様子。
ならば、このまま寝たふりを続けて情報収集に努めるのがベストだ。
昨日の軽率な言動を反省し、薄目を開けて男たちの会話に聞き耳を立てる。
「しかし、それならそれでこいつが暴れないか不安になりませんかい?」
あまりにタイムリーな会話に緊張が走る。
決して寝たふりを悟られないように目を閉じて息をひそめる―――のは怪しいので、自然な寝息を演出する。
(頼むからこっち見るなよ……)
じっくり観察されたら気づかれてしまうかもしれない。
一世一代、俺の人生を賭けた狸寝入りは、なんとか荷台の男の目をごまかすことに成功した。
もっとも、目を閉じたままでは男がこちらを観察しているのかわからないのだが。
「これを」
「おっとっと」
「落とすんじゃないぞ。ここは街道じゃないんだから、来た道を戻ってカード一枚探し回るのは御免だ」
「へえ、わかってますって」
ヒュッと何かを投げる音のあとに、荷台の男が何かを受け取ったような気配。
何かを投げたのは御者台にいるリーダー格の初老の男で、受け取ったのは荷台にいる下っ端か。
会話の雰囲気から察するに、荷台の男は一番立場が低いようだ。
「なんですこれ――――ああ、このガキのスキルカードですかい。でもこのスキルじゃ、あんまり使い物には……」
余計なお世話だ。
今すぐ殴りかかりたい気持ちを抑え、寝たふりを続行する。
そういえば、俺の剣はこの荷馬車に積んであるのだろうか。
最終的にこの連中と戦うことになった場合、使い慣れた剣があるのと素手で戦うのでは成功率が段違いだ。
最悪、俺の剣でなくとも使えそうな武器ならなんでもいい。
それすら見つからないようなら、戦うことは諦めて逃走を図るしかない。
「たしかにスキルは残念です。しかし、冒険者に剣を習っていたそうで、それなり以上に戦えるらしいですよ。少年の剣もよく使いこまれています。その剣を持って戦ったら、もしかしたらあなたよりも強いかもしれませんよ」
「そりゃあんまりですよ、旦那!」
リーダー格の男の笑い声が聞こえ、荷台の男の話し声が少し遠くなる。
どうやら荷台の幌にあけられた大きめののぞき窓から、御者台の方に身を乗り出して話し始めたらしい。
薄目を開けて荷台の男の視線がこちらにないことを確認すると、周囲の状況――――この荷台に積んであるものを手早く確認する。
(見つけた!)
男たちの話振りからもしやと思ったが、荷台に俺の剣を発見。
幸運なことに剣を佩くための装具も一緒だ。
俺の剣のほかにも奴隷を輸送することがばれないようにするためか、雑に積まれた木箱や皮袋が十数個ほど確認できる。
この中のどれかにオットーが入っているのだろうが、どれがそうなのか判別することはできなかった。
「しかしこいつの話を蒸し返すようですが、この小僧がある程度戦えるということであれば、やはり早めに『隷属の首輪』を装着した方がいいのでは?こんな阿呆でもかわいい弟分です、小僧に首を飛ばされるのは流石に忍びない」
「兄貴まで!俺がこんなガキにやられるわけないでしょう!」
「戦争都市にいると感覚が狂ってしまいますが、例の首輪は明確な禁制品。途中の都市で衛兵に見つかればただではすまないということを忘れてはいけませんよ」
あれを装着するのは戦争都市の息が掛かっている土地に着いてからです、とリーダー格の男は続ける。
(『隷属の首輪』は付けていない?だったら俺の首に着けられたこれは一体……)
最悪の状況は回避できたという安心感と、正体不明の何かを装着されているという不安感がないまぜになる。
「ああ、そうでしたか。申し訳ありません、俺もこいつも奴隷の移送は不慣れでして……」
「気にしませんよ。誰だって慣れない仕事をするときは不手際があるものです」
「寛大なお言葉、感謝します」
「あれ、じゃあこのガキどもは何も拘束がない状態ってことですかい?それじゃ目を覚ましたら逃げられちまうんじゃ……」
「お前、あんまり旦那を……」
「いいのですよ。引き継ぎ相手がいる地点に着くまで、もう少し時間がありますから」
意外にもこの手の仕事に不慣れらしいチンピラ風の2人に対して、リーダー格の男は講義を始めた。
「まず、当然のことですが奴隷は帝国の法律で禁止されています。ですから、我々が運んでいるのは奴隷ではありません。戦争都市で罪を犯して逃げた少年を捕えて連れ戻す途中……それを忘れてはいけません」
「へい、わかりやした」
暗に奴隷という言葉を使うなと釘を刺すリーダー格の男に対して返事だけはしっかりしている荷台の男。
ただ、リーダー格の男が言いたいことを本当に理解できているかは疑わしい。
(いざとなったら、こいつが穴になるかもしれないな……)
先に叩くか後に残すか、それは追々考えよう。
「ですから、我々はその少年に例の首輪を装着するべきではありません。基本的に街に立ち寄らず交代で戦争都市まで輸送するとはいえ、巡回中の騎士や衛兵に遭遇しないとも限らないのですから。いざそうなってしまったとき、怪しくても証拠がない状態と明らかに違法な状態では、彼らとの交渉の難易度も変わってきます」
「交渉ですかい?袖の下でも使うんで?」
「それは最後の手段です。そうですね……この少年は戦争都市の領主様がとても大事にしていた魔道具を盗んだ大罪人で、領主様が手ずから処刑しようと我々を遣わした。領主様にはすでに飛空船で報告を送っており、この少年の到着を今か今かと待ちわびている。あなたに領主様の不興を買う覚悟があるのですか?……筋書きはこんなところでしょう」
「はー、なるほど……。領主様のことをちらつかせれば、騎士だって強気にはなりにくいって寸法ですかい」
「自分の失態のせいで戦争都市と揉めることになれば、騎士としても不都合でしょう。ただし、そこで例の首輪を見られてしまえば話が変わってきます。積極的に我々を取り押さえて、我らが領主様との交渉材料にされかねません。そんなことになれば……我々がどうなるか、理解できますね?」
「ええ、肝に銘じておきます。お前もわかったな?めったなことを口走るんじゃねぇぞ」
「兄貴だってさっきまでは……」
「うるせぇ!しかし旦那、そうするとその小僧に着けた首輪は一体なんなんです?」
俺にとって一番必要な情報をピンポイントで要求してくれた御者の男に心の中で最大限の賞賛を送りつつ、答えを聞き逃すまいと耳をそばだてる。
俺のことが話題になったため、寝たふりの演技も忘れない。
「これは冒険者たちが相手を殺さずに無力化したいときによく使うもので、装着者の魔力を吸収する『吸魔の首輪』という魔道具です。知ってのとおり、魔力が底をついた人間は昏倒しますから、一度これを着けてしまえば簡単に相手を無力化することができます」
「あれ?このガキ魔力量が多いって話じゃ?大丈夫なんですかい?」
荷台の男がこちらに歩み寄る気配の後、腰のあたりを軽く小突かれる。
(こいつ本当にロクなことしないな!)
ナイスな情報を提供してくれた御者とは大違い―――
「馬鹿野郎!なにしてやがる!」
御者の怒声が響き渡る。
あまりの声量に思わず体がびくっと動きそうになるところをギリギリ耐える。
「あ、兄貴……ちがう、このガキが起きてないかどうか確認しただけなんでさ」
「いいから余計なことするんじゃねぇ!わかったか!」
「す、すまねえ」
激しい剣幕は小突かれた本人が怒りを忘れてしまうほどだが、むしろ御者の大声でオットーあたりが目を覚ましそうである。
「静かにしなさい」
「ッ!失礼しました」
リーダー格の男が俺と同じことを考えたかはわからないが、御者を諌める声には少しばかり呆れが混じっているように聞こえる。
「安心しなさい。我々が使う『吸魔の首輪』は一般に流通しているものよりも魔力の吸収量がはるかに高い特別製です。A級冒険者の魔法使いすら半日は昏倒するという触れ込みですから、魔力量が少し人より多い程度の少年に耐えられるものではありません。その少年たちが目を覚ますことはありませんよ」
ふむ。
うん?
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