来訪神
藍田レプン
来訪神
東京観光に来たついでに、と私のインタビューに答えてくれた、地方在住のZさんという20代女性から聞いた話である。
「藍田さんの小説、少しですけど読みました。私のところ以外にも神様が家にいる人っているんだなあと思って、それなら私の家の話も怪談? 奇談? そういうものかな、と思って」
「Zさんのお宅にも、神様がいらっしゃるんですか」
「うちは年に一度だけですけどね。年に一度、決まった日に神様がいらっしゃるんです」
「それは、Zさんのお住まいの地域全体で行われる祭りのようなものでしょうか」
「あ、うーん、祭りって感じじゃないかな。私の住んでいる地域の家、全部に神様はやってくるんですけど、みんな別々の日なんです。だってほら、神様は一人しかいないから。広いディズニーランドの中にミッキーマウスが一人しかいないのと同じです。だからなんというか、一人の神様が一日で全部の家は回れないから、日を改めてそれぞれの家を訪ねて回る、サンタクロースみたいな感じかな」
なるほど、なまはげやパーントゥのような行事が、毎日のように行われているようなイメージだろうか。しかし、だとすれば、これは怪異ではなく、ただ『来訪神』の役割をしている人間が、家々を回っているだけの、少し珍しい伝統行事の話なのではないだろうか。
「こういう質問はぶしつけかもしれませんが、その神様は誰が扮装しているのですか?」
「え?」
「いえ、ですからその神様は地域のどなたかが神様の役をしているんですよね」
「違いますよ? 神様は本物の神様です。姿も見えるし声も聞こえるし、おうちでご飯も食べていきますけど、人間じゃないですよ。見た目はうーん、中年のおじさんかな。中肉中背で、目は細い一重。服装は昔は着物だったけど、戦後くらいから洋服になったってお爺ちゃんが言ってました。『服は自由に変えられるから、時代に合わせて変えてるんだよ』って」
ますます人間のようだ。しかしずっと同じ中年の男性というのはどうだろう。年齢不詳の顔というのは確かにあるが、一つの家の男が代替わりで続けているなら、どこかで交代するタイミングがあるのではないだろうか。
しかし、これ以上神=人間の部分を追及しても、彼女の心証が悪くなりそうなのでやめておいた。
私は喫茶店のコーヒーを一口飲んで、質問を続けた。
「それで、やっぱり神様がいらっしゃるとご利益はあるんでしょうか」
「もちろんあります! とは言っても仕事が大成功して大金持ちになったり、受験でいい学校に入れたりとか、そういう自分で努力しないといけないことが叶うわけじゃなくて。それは当たり前ですよね。もしそれが叶うなら、今頃うちの地域の人みんな大富豪で、地域自体が超有名になってますよ、あはは。なんていうか、神様がいらっしゃるといいことが起きるんじゃなくて悪いことが起きないんです。その一年平穏無事に暮らせるって言うんですか、大怪我したり大病を患ったり、そういう人間本来の運でどうしようもない悪いことを無くしてくれるんです。それってすごい奇跡じゃないかもしれないけど、そういうのが一番幸せだなって。だから私の住む地域の人たちは、みんなよそに移りたがらないんですよ。田舎だしどこに行くにも遠いし、都会と違って賑やかじゃないけど」
みんな神様のおかげですよ、とZさんは微笑んだ。
「しかし、全国的に見ても変わった行事ですから、テレビや雑誌の取材なんかは来ませんでしたか? 寡聞にも、私も今初めてZさんのお住まいの地域の名前を知りました。今ならパワースポットなどと言って、大勢観光客も誘致できそうなものですが」
「ああ、駄目なんですよそれ」
「え?」
「私が高校生の頃にどこから聞きつけてきたのか、地方テレビの取材が来て。スタッフさんたちの態度悪かったんですよね、それでどこの家も取材を断ったんですけど、ある家が取材を受けてもいい、うちは一週間後にちょうど神様もいらっしゃるから、ってOK出しちゃったんですよ」
そうしたら。
「その家の人、みんな死んじゃって。ええとね、この神様をお迎えする日は家族以外の人間は、その家に入っちゃいけないし、その家をじろじろ見たり、周りにいちゃいけない決まりがあるんです。だからその家で何があったのか、神様が何をしたのかはわからないんですけど、多分お迎えの日にテレビ局の人を家に入れちゃったんじゃないですかね」
だから、それ以来取材は全部、どの家でも断っているんです。
「神様だからどんな考えでそんなことをしたのか、それはわからないんですけど。でも毎年、地域の家々を訪ねられる気持ちはなんとなくわかります。神様がいらっしゃる日はどこの家でもご馳走を振る舞うそうですから」
きっと食いしん坊な神様なんでしょうね、とZさんは思いを馳せるように、遠くを見た。
来訪神 藍田レプン @aida_repun
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