虹蜥蜴 【KAC20245 はなさないで】

アイビークロー

虹蜥蜴

 魔法の煙と機械の歯車の街。ここには金色こんじきの鱗を持つ蜥蜴とかげの話がある。


 蜥蜴といえば薬の材料の代名詞だ。切れてなおうごめく尾は薬の効力を高めるし、姿そのまま黒く焼き上げたものは滋養強壮に効く。とはいえ使われるのは大抵そこらのくさむらを這っているようなものばかりだから、滋養強壮の方は精々せいぜい風邪薬になるくらいだが。


 さて、戻ってくだんの金の蜥蜴だ。こいつはなんと他の茶色や灰色の有象無象なぞとは効力がケタ違いなんだと。風邪どころか、この世の全ての病魔をその虹まとう金の鱗一枚でねじ伏せちまうらしい。牙のほんの一欠片でも薬に入れりゃ、たちまち万能薬エリクサーの出来上がりさ。

 しかしこの蜥蜴、どこに居るどんな奴だかさっぱり分からん。山も一呑みにしちまうドでかい海竜だって話もありゃ、豆粒よりも小さな火吹き蛇だって言う奴も居る。共通してるのは鱗の色と薬効くらい。蜥蜴ってのもその薬効から付いた通り名みたいなもんさ。

 そんなもんだから、色んな魔法使いどもが探してるのさぁ。


 んでもなぁ、坊主。世の中ぁそんな甘くないぜ?俺らも坊主くらいの時にゃこんな話を馬鹿正直に信じて探してたもんだ。が、見つけた〜なんて奴ぁ一人も居やしねぇ。この蜥蜴探して旅してんだってなぁ?金か名誉か知らんが、そろそろ諦める、ってのも悪かないと思うぜ、俺は。



「ありがとうございました」


「おう。ま、精々せいぜい頑張りな。ヤケ酒くらいは付き合うぜ」



 坊主はまだ酒飲めないだろ!大きな声のツッコミと酒飲み達の笑い声を背に、煙たい酒場を後にする。ご忠告どうも、でも僕は…僕らは旅を続けます。

 背負い直したリュックがガチャリと音を立てる。胸元、隠した首飾りの先で黄金こがね色が虹を照り返した。






 僕の生まれはそこそこ田舎。煙たい都会じゃ見えない空があっけらかんと広がる、でも鉱山があったり珍しい生き物がいる山があったりで貧しくはない。そんな綺麗なところ。


 田舎育ちらしく山で遊ぶのが好きだった。木登りとか、探検とか。川や湖で釣りをして、友達と作った秘密基地で焚き火して。


 そんな日々が、ちょっとだけ変わった出来事があった。



「虹色の“ドラゴン”がいる」



 そんな話を持ってきたのはレンだったかルースだったか。とにかくいつものように秘密基地に集まった僕らに誰かが言った。

 走って向かった湖のほとりに、確かに翼を持つ竜がいた。鋭い角、長い尾、輝く鱗。図鑑にすらない、伝え聞くだけだった遠い異国の生き物。目を固く閉じて眠る姿はそれはそれは美しかった。

 ……その背に負った、痛々しい傷痕を除けば。


 助けなきゃ、というのは誰も言い出さなかった。ただ一斉に、その竜のために動いていた。背に刺さった槍を抜いて、片方しかない血に濡れた翼に薬草を当てて、見よう見まねで回復魔法を使えないかと奮闘した。

 結局魔法は使えなかったけど、竜は目を覚ましてくれた。薄く開いたまぶた越しに見た琥珀色。あの瞳の色より美しいものを、僕らは知らない。



 目覚めた竜は『ライラ』と名乗った。それから、しばらくここに居させてほしい、とも。どうやらライラは竜の中でも珍しい種類らしく、随分長く追い回される生活をしていたのだとか。

 今回は捕竜船の攻撃を避け損ね、右翼をもがれて墜落したとのこと。森で姿は隠せるが、このあたりは翼のない竜ドレイクはいても翼竜ドラゴンはいないため、バレてしまうと殊更ことさら目立つだろう。



『私のことはだれにもはなさないで』



 頷かないやつは一人も居なかった。




 秘密基地にライラが増えて、確か半年と少し。捕竜船が森に降りた。

 あの時の槍に追跡の魔法が掛けられていたらしい。狙いは、ライラだ。


 ライラは魔法が得意だった。片翼でも空を飛べるくらいには。

 傷も大分癒えていた。まだ、一人で生きることができた。僕らを巻き込みたくないと願ったライラは、また逃避行へと戻るしかなかった。


 去り際、ライラは吼えた。寂しそうに。

 それが理由だ。僕らが旅に出ようと決めたのは。またライラに会おうと誓ったのは。







「ラグ、収穫あった?」


「何回か聞いた伝承くらい、他はなんにも。そのうえ『そろそろ諦めるのも悪くないと思うぜ』とか言われちゃった。

レンとルースは?」


「俺の方も似たようなもんだな。魔法の勉強してるって聞いたオッサンに剣の魔力付与エンチャント頼まれたくらいだ。攻撃魔法は専門外だってのに」


「私も。『機械弄りは男がするもんだ』とか言ってきた酔っ払いぶっ飛ばしたくらい?」


「またかよルー、程々にしろよ」



 戻った宿には既に二人とも帰っていた。あれから違う道に進んだ僕らだけど、結局は一緒に旅をしている。


 レンは魔法。あの時使えなかった回復をメインに、失せ物探しや道具への魔力付与エンチャントなど補助系の魔法が得意。


 ルースは機械。バイクから自立稼動機器オートマタまでなんでもござれ、中でもリュックに仕込んだ補助腕マジックハンドは彼女の最高傑作である。


 そして僕、ラグは生き物。幻獣専門医の師匠の元でみっちりしごかれた。患者はユニコーン、ハーピー、ケンタウロス…そして、ドラゴン。


 なんでそんなジョブで、なんて言われたりもするけど、案外相性は抜群なのだ。




「号外!号外!金の飛竜が現れたぞ〜!!」


 この街を訪れて三日。いつもに増して騒がしい街の中心に、「珍しい竜が現れた」という噂が流れた。

 受け取った冒険者向けの新聞に踊る「金の飛竜現る!伝説の“虹蜥蜴”か?!」の文字。やけに士気が高いのはそういう訳らしい。我こそはと竜の首を狙う冒険者たちの渦中、僕らはその記事の写真に息を呑んだ。


 空を舞う竜を追った、少しぶれた写真。

 小さな影の右翼は、魔法が形作っていた。



「ライラだ」



「ラグ、ペンダント貸せ!」


「分かってる!ルー、バイク!」


「はいよ、乗った乗った!」



 ルースが鞄から取り出した機械を地面に叩きつける。煙を上げてバイクへ形を変えたそれに飛び乗って、街を飛び出した。



「西だ!ライラは西にいる!」


「わーったから!真後ろで叫ぶな!」


「相乗りが紅一点ルースじゃなくて悪かったな!追跡魔法使えるの俺だけで、ペンダントライラの鱗持ってるのお前だけなんだから我慢しろ!」


「おい男子ィ!ゴチャゴチャ言ってないでナビしろォ!」



 レンの魔法と共鳴して鱗が淡く光を帯びる。この光が指す先に、ライラがいる。

 急がないと。竜の体は宝の山、まして伝説の虹蜥蜴ともなると得られる財宝は計り知れない。先に向かった討伐隊なんかきっと山ほどいる。

 あの日の血の匂いが鼻先を掠めた気がした。




 冒険者たちの仮拠点をバイクが二台突っ切る。光が指し示す先は郊外の森。落ち着くから森は好き、と言って笑ったライラらしい。


 木々の隙間に虹がちらついた。バイクが倒れるのもお構いなしに、飛び降りて駆け出した。



「ライラ!」


『っ、ラグ?』



 ライラだ。ずっと探していた金色の竜が、確かにそこにいた。



『なんで、みんな、』


「ライラ、助けに来た。すぐそこまで狩人が来てる、とにかくここを離れよう」


『でも、わたし、羽が』



 かつてよりくすんでしまった鱗も、広げられたボロボロの翼膜も、細かな傷が幾重にも並んでいる。右翼を担う魔法も、今にも消えそうなほど弱々しい。



「大丈夫。ルース!レン!」


「はいよっ」



 ルースが鞄から取り出したのは、最高傑作である特別製の補助腕マジックハンド。…いや、これは補助マジックウィング”と呼ぶべきだろう。機械仕掛けの義肢にレンが魔力を込めると、ギギ、と音を立てて鋼の翼が開いた。



『…つばさ?』


「そう。君にこれをあげたくて。背に乗ってもいい?」



 そっとうずくまったライラの背に登る。二人の協力も得て、義翼を取り付ける。

 ぎこちなく二、三度羽ばたいて、クルルと小さな鳴き声が聞こえた。



『つばさ。わたしの、翼』


「僕ら三人の特別製だよ。全部魔法で代用するよりうんと楽になるはず。気に入ってくれた?」


『うん。とっても』



 クルルル、随分嬉しそうだ。これは贈った甲斐があったというもの。



「いたぞ!虹蜥蜴だ!」



 …そんな感動の再会は、怒号によって邪魔された。

 仮拠点にいた冒険者たちだ。僕らに先を越されると思ったのだろう、わらわらと集まってくる。



「くそ、ラグ!ライラと逃げろ!」


「レン!?レンとルースは、」


「私らのことはいい!大丈夫、絶ッ対追いつくから」


「おう!ライラ、飛べるか?!」



 ライラが頷く。鎧の擦れる耳障りな音が響く。ちらほらと抜刀音が聞こえだした。

 ああなったら二人は意見を曲げない。腹を括るしかないか。



「「飛べ!!!」」



 ライラが地を蹴った。


 風。地上の喧騒が遠のく。

 目を刺し肺を焼く苦い煙にむせぶ。木々や人々が小さくなるにつれて、空を満たす煙が濃くなっていく。苦しい、けれど。



『はなさないで!』



 しがみつく腕に込める力を強めて返事する。離すもんか。もう、二度と。


 ふと、呼吸が楽になった。恐る恐る目を開けると、そこは既に雲の上だった。

 あっけらかんとどこまでも広がる雲の海と青い空。空まで灰色に染まった煙たい都会じゃ見ることはないと思っていた、故郷と同じ色の空。

 銀を携えた黄金の背から見る景色は、言い表せないほどに美しかった。



『ありがと、ラグ。レンも、ルースも、ありがと』



 クルル、嬉しそうにライラが言った。



『ずっと独りだった。故郷を襲われて、群れが散り散りになって、それからずっと。

また仲間ができたと思ったら、また襲われて。もう群れには入れないと思ってた。でも違ったね。

レンもルースもラグも、わたしを迎えに来てくれた。わたしの群れは、ここにあった。

新しい翼も嬉しいけど、それがとっても嬉しいの』


「それは良かった。合流してから二人にも聞かせてあげて。

…翼の使い心地はどう?」


『最高!』



 くるりと旋回してライラが笑う。あぁ、それだ。僕らが求めていたのは君のその顔だ。

 別々の道、なんて言って、結局僕らはライラのことばかり考えていたのだから。



『ねぇ、またわたしを群れに入れてくれる?

…はなさないで、いてくれる?』


「もちろん」



 ポケットに入れた通信機が騒ぎだす。さて、残りの“群れ”の二人とはどこで落ち合おうか。

 白皙の海の中を、虹纏う金の蜥蜴が悠々と泳いでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

虹蜥蜴 【KAC20245 はなさないで】 アイビークロー @IvysTalon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ