はなせ!

七倉イルカ

第1話 王女


早朝。

俺が近所の公園を散歩していると、前方から女性がやってきた。

手にはリードを持ち、その先には小型犬が繋がれている。

犬の散歩なのであろう。

いや、走っている。

と言うか、女性も犬も全力疾走である。


あっと言う間に俺との距離が縮まる。

そのまま通り過ぎていくのかと思ったら、女性は俺の前で急停止をした。

若い。二十歳前後に見える女性であった。


「助けてください!」

女性はすがるような目で、俺にそう言った。

痴漢か変質者か!?

俺は女性が走って来た方向に目を向けた。

しかし、誰かが追いかけてきているようすは無い。

「どうしたんですか?」

俺は女性に視線を戻した。

どこかで事故でも起こし、助けを求めに来たのかも知れない。


「ギベベドルの特務機関に追われているの」

「ギベ……ベ?」

女性の言葉の意味が理解できず、俺は首を傾げた。

「私はクム星から地球に来た、ラナ王国の第三王女です」

「お……、おう」

俺は曖昧な笑顔でうなずいた。

これは関わっちゃいけないタイプの人だ。


「じゃ、俺は急いでるから」

俺は爽やかな笑顔で立ち去ろうとした。

が、女性がそれを許さない。両手で俺の右手をつかんだのだ。

「極秘任務で行動しているため、捕まる訳にはいきません。

今から私は、コッカイギジドウに向かわねばならないのです」


テロでも起こす気なのかと思っていたら、リードの持ち手を渡された。

「え! ちょっと」

リードを返そうとしたら、それを拒むように女性は後ろに一歩さがった。

「それは、最後の希望。

地獄の番犬・毒犬ナッツです」

どこか哀し気な笑みを浮かべて女性が言う。

最後の希望と言う割には、絶望の塊のような名前の犬である。


そのとき、タッタッタッと足音が近づいて来た。

女性は焦ったような顔になると、足音のする方向と、俺の顔を交互に見て、最後にこう言った。

「はなさないで……」


 そして、徐々に透明になると、そのまま消えてしまった。

 ……消えた!?

 消えてしまったのである!

 何とかから追われている、自称、何とかという星の王女が、なんか知らないけど消えてしまった。

 俺は手にしていたリードの先を見た。

 そこには赤毛のトイプードルがちょこんと座り、真っ黒な丸い目で俺を見上げていた。

 こいつは消えていない。

 

状況が理解できないままトイプードルを見つめ合っていると、近づいて来た足音が俺を取り囲んだ。

顔をあげると黒スーツ、サングラスの男が五人、俺の周りに立っていた。

これは、あれか。

さっきの王女とやらが言っていた、何とかの特務機関とかいうヤツなのか?


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