第二十話 病弱美少女とレジ袋

 レジ袋。正式名称は不明。主な材質はポリエチレンやポリプロピレンなどといった化合物。当初は確か農業向けで、商業施設などで利用されたのは少し遅れてから。そして原材料のポリエチレンやポリプロピレンの最も主流な材料はもちろん石油。詳しく言うと、石油を精製した結果得られるナフサとかいう物質が主原料だったはずだ。化学はエアプなので合っているかはどうか分からないが、少なくとも石油から作られているのは確定である。そして、この世界にはまだ石油を工業的に大量生産する技術は存在していない。

 もっと簡単に言おう。現実のやり方ではレジ袋を生産した上でビジネスにするとか絶対不可能なのである。じゃあどうするか。それもまた簡単だ。この世界には技術はなくても魔法がある。多少便利、それくらいの魔法であろうと、使い方次第では無茶も出来るということだ。


「えーっと……あ、あれじゃないですか?」

「……ですね。意外と大きいです」


 というわけでエメリーとアメに留守番を任せ、俺とノアがが訪れたのはつい先日のオークションの副産物である湖付きの山。あの時は「どうやったら利益が出るか」なんて考えもしなかったが、まさかこれほどまで早く出番が来るとは。

 しかし、ここに来て予想だにしなかった難関が俺を待ち受けていたのである。


「……あっつぅ……」


 そう、登山である。


「まさか年がら年中冷え性のマイ様からそんな言葉を聞くとは思いませんでした。少し感動してます」

「感動とかしてる暇あったら助けてくださいよぉ……」


 いや、健康体の人間にとっては登山ではなくハイキング程度のものであろうが、俺は健康体から程遠い病弱美少女。暑さも運動も恐るべき天敵なのである。何が悪いかと言えば、馬車が入れるような道を国の隅々まで張り巡らせていない王国なのだが、そんなものは高望みであると承知しているので今は甘んじてその苦痛を受け入れることにする。


「でも僻地ぃ……やっぱあっついです……」

「……マイ様、ここまで来たらもう少しです。あとはどうにでもなるかと」

「やっぱいやです……つらい……」

「……しょうがないですね」


 不平やら弱音やらを吐きながらヘロヘロになっている俺の手を掴むと、ノアは俺の身体をひょいと軽く持ち上げた。俺は視界が高くなったことでそれに気がついた。そう、ノアは俺のことをおんぶしたのだ。


「の、ノア?!何やってるんですか急に?!」

「何って、マイ様が辛いって言うから肩代わりして差し上げたのですが」

「いやそうならそうってちゃんと言ってください!」

「人からの親切を無下にするものではないかと。そのようなわがままに育てた覚えはないのですが……」

「いやあなたに育てられた覚えは……めちゃめちゃありますね……」

「なら黙っておぶられてて下さい」


 俺を背負って相変わらずの速度でスタスタと湖の方へ歩いていくノア。俺は暑い中で僅かに顔が熱くなったのを感じながら、身をノアの背中に委ねた。


◇◇◇


「やあっと着いた……」

「お疲れ様です、マイ様」

「いえ、こっちこそ……」


 もう少しノアにおぶられて、到着したのは静かな湖畔。遠目に見ても透明に限りなく近いことが分かる透き通った水は俺にとってたまらなく都合がよい。「よいしょ」とノアの背中から降りると、俺は湖に手を突っ込んだ。

 突然だが、魔法には2種類ある。「起こす魔法」と「操る魔法」だ。「起こす魔法」とは、文字通りに火などを発生させる魔法。「操る魔法」とは既にあるものを操作する魔法である。おそらく前者の方がよく知られている「魔法」のイメージに近いだろう。しかし、いざ派手なことをやろうとすると、後者の方が圧倒的にコスパが良いのである。いや、前者は新しいものを生み出さねばならないから当然だが。

 そして、さらに「操る魔法」と一口に言っても、その中身も多彩。強化するもの、弱めるもの、触れるようにするもの、あるいは保存するなんてものも。


「どれくらい掛かります?マイ様」

「あ、すぐ終わると思いますよ、多分」


 軽くかき混ぜるように腕を回すと、魔法によって徐々に操作されていく水が心地よく肌を撫でる。俺はそのくすぐったさに僅かに笑いながら腕を回し続けた。

 俺が今回発動した魔法は「変化」と「保存」。この組み合わせで何が起こるかというかと、ドラえもんの「水加工用ふりかけ」みたいなことが起こる。さらにそこに俺のスキルである「状態固定」を重ね掛けすることでなんとびっくり、そのへんの水が半永久的に透明なレジ袋に変化するのだ。


「……出来ました」


 そう言って、俺は湖から引き抜いた手に握られたレジ袋をノアに渡す。「よくできてますね」と彼女はそれを引っ張ったり裂こうとしながら答える。当然だ、俺が転生スペックを活用して補強してあるのだから、そこら辺のバッグとかよりもずっと丈夫に決まっている。


「どれくらい作れるんですか?これ」

「えっと……ここの水だったら1リットルで200枚?くらいは」

「……なら、十分採算は取れるでしょうか」

「多分、ですけどね」


 俺はボトルに水を汲みながら答える。「圧縮」の魔法によって、一リットル弱程度のボトル一本に浴槽一杯、おおよそ200リットルが詰め込める。俺はノアが持ってきていたもの込みで10本ほどを満タンにし、カバンに放り込んだ。


「帰りましょう、ノア」

「かしこまりました」


◇◇◇


「じゃじゃーん!」

「おお……!」

「わぁ……!」


 夕食の席で水製レジ袋を見せると、エメリーとアメは目を輝かせた。引っ張ったり覗いたりしながら二人は興味津々で袋をいじっている。


「これもう量産できるの?」

「はい。水さえあれば一瞬で。……あ、もちろん、あの湖くらい澄んだ水じゃないと駄目ですけど」

「あー、不純物混ざると精度落ちちゃうもんね」

「そういうことです」


 「ちなみに何枚分あるの?」と首を傾げたエメリーに俺は「2000リットル以上なので……40万は」と答える。


「……400万は稼げる、よね?」

「多分それくらいは」

「1枚10ゴールド……もっと高く売ったらもっとも儲かるんじゃないんですか?」

「確かにそうなんですけど、でもこれはあくまでオマケなんです。安い方が後々得するかもしれませんよ?」

「そういうもの、なんでしょうか……」


 「難しいです……」と頭を捻るアメ。

 この日、とある王国の隅っこで異世界流のレジ袋は爆誕したのである。

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