一章:開業準備
第十話 病弱美少女、開業準備
卒業の何日か後、俺はエメリーに一つ質問をした。今までは開業準備と言いつつもあまり具体的な計画には未成年ということもあって手がつけられずにいたが、卒業し、成人となった今、本格的に話が進められる様になっていたのだ。
「一番手っ取り早く稼げる商品って何だと思いますか?」
「手っ取り早く、かぁ……」
俺の質問に、エメリーは万年筆の持ち手を顎に当てて考える。そして数秒ほど何処かの空間を見つめた後、彼女はその万年筆をテーブルの上に開いた計算ノートに走らせる。俺はその姿をミルクココアを啜りながら眺めていた。
「……あ、そういうことか」
「出ましたか?答え」
「一応、だけどね。……あたしは、「お金」だと思う」
「理由を聞いても?」
「うん。マイちゃんは「手っ取り早く」って言ったでしょ?ということは、なるべく短時間で事業を拡大できるものだと思ったの。最初は単価の高い商品を売り捌くのが一番効率が良いとも考えたけど、初期投資額が高くなるからリスクも大きくなる。というか、そもそも形のある商品を売るっていうのは在庫とかの問題もあって急速拡大しにくい。となると、売上そのものを商品に出来るお金が一番稼げると思うんだけど……求めてた答えになってる?」
「……ふふっ、流石エメリーちゃん。完璧です」
俺は微笑んだ。類稀な記憶力と怪物じみた数学力、そして知識欲を持つ人間を商売に引き摺り込んだらどうなるか。当然、商売の商売、即ち金融の怪物が生まれるに決まってる。俺は、そうなると見込んで彼女を誘っていた。
この世界は銃がようやく実用化された程度の、現代世界で言うと15世紀半ば程。にも関わらず、両替商、銀行等といった金融業が一切発展していなかった。少し調べてみると、百年ほど前に起こったこの世界での宗教革命において打倒された、それまでに隆盛を極めていたとある宗教が金融業を全面的に戒律で禁忌としていたということが分かった。恐らく金融を独占することで利益も独占しようとしたのであろうが、残念ながらその宗教の崩壊とともにノウハウも消えてしまったらしい。
しかし、それは俺にとっては非常に好都合。なんて言ったって、俺には現代の金融業に関する知識がバッチリあるのである。親の影響と、将来の就職先に考えていたのと、ドラマ化した小説シリーズのおかげ。しかも、転生特典のスキルの数々によってその知識もきっちり保存。我ながら完璧なコンボに自画自賛が止まらない。
「……でもさ、いきなりお金そのもので商売するのって難しくない?お金っていわば「信用」なんだから、ぺーぺーがやったって信用してもらえないよ」
「はい。ですので、いきなりお金そのものではやりません」
「あー、それってもしかして……」
「はい。私達の第一歩は「質屋」です」
「質屋……いや、確かに質屋ならお金を使うノウハウを貯めながら実績とかも稼げるけど……質屋って、まずは買い取らないとじゃない?結構纏まったお金必要そうだけど……大丈夫なの?」
「舐めないで下さい。没落とはいえ貴族です。……ノア」
「お呼びですか?マイ様」
声を掛けた瞬間、間髪入れずに部屋の入口に姿を表す彼女。この溺愛、忠誠っぷりもずっと変わらない。5年前に18で成人を迎えてから、彼女は酒もタバコもやるようになったが、俺やエメリーのいる前ではきちんと避ける忠臣っぷりである。
「ノア、大金庫開けてもらえます?遺産を確認したいんですけど」
「かしこまりました。エメリー様もよろしければ」
「じゃ、あたしも……」
◇◇◇
「大金庫って、やっぱそういうのは地下にあるんだ……」
「はい。お決まりですからね、そういうの。まあ、私も初めて見るんですが」
「そうなの?」
「はい。管理は全部ノアに任せてましたから」
そんなことを話しながら、俺達は並んで階段を降りていく。倉庫の片隅の扉から繋がったその階段は長く、真っ昼間でさえランタンが必要なほど。俺の父親だった男、モーゼ・アーロトスが若い頃に何人もの職人達に作らせたという1部屋分の大金庫に、俺の遺産は保管されているらしい。
そして2、3分程下っていくと、ようやくそれは俺達の目の前に姿を表した。
「……いや、凄いな……」
「……うん、「聳え立つ」って辞書で引いたらこれが出てくるんじゃ……?」
「お二人共、随分と目を丸くされてますね?私としては非常に望ましい反応なのですが」
そんなことを言いながら、ノアはギリギリミニスカメイドには当たらないくらいのメイド服のポケットから大小さまざまな5つの鍵を取り出し、俺に差し出してくる。なんでも、これを5つの鍵穴に順番通りに嵌めないと開かないように作られているのだという。そしてその手順を珍しいほど懇切丁寧に説明する彼女の様子は右手の親指、中指、小指を立てて「No.0021 レコーダー」で映像として保存し、いつでも思い出せるようにしておいた。「まあ、こんなもんですね」と彼女は一息ついた。
「じゃあ、これはマイ様に」
「……え?鍵?いやこれがないと開けられないんじゃ……」
「いえ。それは普通にやればという話ですし」
そう言って右手のノアは指抜きグローブを外し、ペタッと扉の中心に貼り付ける。
「私は開けられるので」
貼り付けた手を中心に、バチバチッと迸る魔力。そして一瞬の間をおいて、ガチャガチャと鍵が独りでに回り始め、瞬く間にその絡繰が解かれていく。「あんなにセキュリティ凄いみたいな話してたのに」と俺とエメリーは啞然とそれを眺めることしか出来なかった。
「は……?」
「え……?」
「ほら、もう開きますよ」
ぐるぐると勝手に回るハンドルが物理的な突破を不可能にする何重もの分厚い扉を開いていく。俺はその前に、今目の前で起きた現象を「解析」することにした。
まず「No.0111 催眠」を開き、対象を自分に選択、そしてデータベースを利用して保存しておいたセットから「解析」と名付けられたものを開く。中に入っている命令は「「No.0021 レコーダー」「No.0010 鑑定」「No.0466 データベース」の同時実行」というもの。要は、レコーダーで数秒前の視覚をもう一度再生し、その景色に鑑定を発動、そしてそれをデータベースで検索というプロセス。あとはこれを実行速度5倍くらいで設定しておけば俺の身体が勝手に指を立てて発動してくれる。思考開始から実行までこの間僅か2.8秒。6年で身につけた技術である。
そしてその「解析」が導き出した結果は、ノアによる「金属操作」と「綾取り」という2つスキルの同時発動。「金属操作」は読んで字の如く、半径5メートル以内の金属を自由に操るというものであり、「綾取り」は使用する道具の性能を任意に調節するというもの。つまり、ノアは金庫の鍵を外側から操って無理やり鍵無しで強引に突破したということだ。金属操作も綾取りも、長い間この家を管理している間に磨かれたスキルである。いや、匠の業だった。
そんなことはさておいて、とうとう開かれた金庫の扉。真っ先に目に入ったのは金色の光。それは始めは扉の隙間から漏れるだけだったが、徐々にその隙間が大きくなるにつれて輝きを増していく。
「そんなに眩しいですか?マイ様、エメリー様も」
「いや、だってこれって……?!」
「……はい、どう見たって30億は……」
驚きを隠せない俺達と対称的に、ノアは「私も初めて見たときはそうでした」と先輩面をキメている。少し腹が立つ。
そして彼女は金庫の中に摘まれた金の前に立つと、俺達に振り返って言い放った。
「モーゼ様の遺した遺産、36億ゴールド。全て、貴方のものです。マイ様」
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