はなさないで、埼玉。
カッコー
第1話#KAC20245
ある日の夕方、僕はバスを待っていた。その日は踏切事故があり電車が随分遅れていたのだ。バス停は混んでいて、およそ30人ほどが列を作って待っていた。空模様も怪しく、列に列んだ人たちも頻りに空模様を気にしていた。中でも女子高生の3人組はそれについて盛り上がっていて、頭から声を出して喋っていた。僕は気が付いたのだけれど、鞄を抱えた30代前半くらいの、どこか暗い感じの男が彼女たちを睨みつけていたのだ。その様子は親の仇でもみるような目付きをしていたのだ。僕はその4人と一緒のバスにならないようにと願った。それから外人のカップルがいた。二人は身振り手振りで話し合っていて、時々、顔を近付けてはキスをしていた。もちろん、かるいキスだった。あとはサラリーマンたちが寡黙に立ち並び、ご年配の昔は若かった男性と女性たちが、あそこが痛い、ここが痒い、体力が無くなった、と話しながら膝を擦っていた。そうこうしているうちにバスが来た。どうやら、あのうるさい女子高生たちはこのバスに乗ったようだった。後で声がしていた。そしてあの不気味な30代の男も乗っていた。何故判ったかと言うと、僕の隣りに座っていたからだ。外人のカップルもどうやら乗れたらしい。身振り手振りの気配を感じたから。
バスが発車した頃、雨がポツポツと
車窓をたたきだした。初めは疎らだったけれど、見る間に雨粒は烈しく窓を叩く様になった。それを見た例の女子高生たちはまた盛り上がり出した。後ろからキャッキャと言う声がしだした。それはバスがバス停に止まっても、発車してもお構い無しに盛り上がった。15分位経った頃、僕の隣りに座っていた30代の男が急に立ち上がり、振り向いて、その3人の女子高生たちに向かって、「お、お願いです、話さないで…」と言った。2度言った。2度目の声は聞き取れないくらい小さかった。そして耳まで真っ赤に染まり、座席に踞った。踞った後も、何か口の中でグニュグニュ言っていた。しかしその女子高生たちはそれを期に更に騒ぎ出した。その30代の男が更に餌を与えてしまったのだ。もう、誰にも止められなかった。
その時にはバスの中は騒然となってきていた。まず、年寄り連中が口々に女子高生たちを非難しだした。それを見たサラリーマンたちが後に続いて説教しだした。外人のカップルも何やら大げさな身振り手振りで女子高生たちに言い寄っていた。そこでバスの車内放送が流れた。「バスの中で騒がないでください。これからバスはベイブリッジを通過しますので、危ないので、皆様席にお座りになるか、吊革に掴まってください。」
ベイブリッジ……???
ん·····。
ベイブリッジ……???
誰ともなく、ベイブリッジという呟きが、そこかしこに聞こえてきていた。
(だって、僕らは埼玉県に住んでいるのだから)
全員が窓の外を見た。
ベイブリッジっじゃあないの!!!
ここは何処?
あそこは何?
と、再び車内は大騒ぎになった。
僕も騒いだひとりだ。
僕は言った。
「ここはさいたまーじゃないのか!!!」
それを期に、非難は運転手に向けられた。
「なんでベイブリッジなんだよー!!」
「本当に、ベイブリッジじゃあないかよー!!」
「オメー、道まちげーたんだろ!!」
「バッキャロー!!!」
「アホッ!!」
もう、車内はめちゃくちゃだった。あの女子高生たちまでもが大声で叫んでいた。そして3人は人混みを掻き分けて、運転席に詰め寄り、ひとりが運転手の胸ぐらを掴み、顔を思いっ切り殴った。
その勢いで運転手はハンドルに顔をぶつけ、顔がハンドルの間にハマり込んでしまったのだ。制御を失ったバスはそのままベイブリッジの欄干にブチ当たり、欄干をブチ壊し落下したのだ。
でも、そこで奇跡が起こった。
バスの後部車輪が、欄干に引っ掛ったのだ。バスは後部を欄干に引っ掛けたまま、宙ぶらりんになってしまった。
車内はもう大変だった。最後部のシートにしがみつく者。座席の背もたれにしがみつく者。荷物の網台にしがみつく者。バスの前頭部に折り重なったいる者。僕は丁度、座席と前の背もたれにうまく挟まってしまっていた。首だけが出ている状態だ。車内のその様子は、まるでタイタニックのワンシーンのようで、ある意味、感動すら覚えた。しかし、悲劇は更にそこから始まった。その勢いでバスのドアが開いてしまったのだ。そして、何人かのサラリーマンと、ご年配の方々がパラパラと落ちて逝くのが見えたのだ。そして、あの女子高生のひとりがまさに落ちようとした時、バスの内壁を蹴り、手荷物棚を伝い、吊革を弾きながら、あの外国人の男が目にも止まらぬはやさで、その女子高生の足を掴んだのだ。ほんとうに、奇跡の一瞬だった。
それは、まるでスパイダーマンを思わせた。しかも彼は指先で、親指と人差指だけで、女子高生の足を掴んでいた。間一髪で難を逃れた女子高生は「放さないで!!!!」と、叫んでいた。彼は言った。流暢な日本語で、
ワタシハ、ボルダリング丿チャンピオンデ〜〜〜ス、と。
彼は、右手でポールを掴み、右足の指で運転手のズボンの端を挟み、左指で吊輪を挟んでニヤリと笑った。
そして軽々と女子高生をバスの中に引き戻すと、得意そうに、鼻高々に鼻を擦った。その鼻はそれ程高くは無かった。僕の鼻と遜色ない高さだ。僕は思った。
「鼻、差、無いで」。
それを見ていた老婦人が、ポットを差し出して、その外国人に渡した。
「葉菜茶(はなさ)が入ってるから飲んでください。体力、精力なんでもキクデヨ!!」
外国人はポットからお茶を注ごうとして言った。
「葉菜茶、無いで」。
それやこれやで結局、消防隊やら、警察やら、自衛隊等が来て、僕らは助かった。しかし、埼玉にいた僕たちが、何故ベイブリッジで事故ったのかは、誰も解らなかった。不思議です。
結局、海に落ちた人たちも、大黒ふ頭に泳ぎ着き無事だった。運転手も、ハンドルに挟まった頭は、ハンドルを切断して外し、無事救出された。
僕たちはみんなで、喜びのシュプレリコールを上げた。そりゃあ嬉しかった。そして手当たり次第、帽子や鞄や靴や上着、石などを空に向かって投げて喜び合った。その時、警察官が抱き合ってる女子高生たちに言った。
これから事情聴取するので、署まで来てもらう、と。
それで、僕らは言った。
「離さないで」と。
僕らはみんなで助け合って、こうして生き抜いたのだ。みんなが揃って1つだったから。
そしてみんなで叫んだ。
僕らは、いきてるぞー!!!と。
その声はきっと埼玉の家族へと届くだろう。時空を超えて、間違いなく!。
完。#KAC20245
はなさないで、埼玉。 カッコー @nemurukame
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