第59話 降りるべきか、降りないべきか、それが問題だ

「ダンジョンが広がっている!?」


 俺はミレットの言葉に驚き、つい大きな声を出してしまった。

 慌てて手で口を抑える。


 ミレットはコクリとうなずき、俺に事情を説明してくれた。

 ダンジョンは成長する物で、この中級ダンジョンは二十年前に横に広がったそうだ。


「じゃあ、丁度ダンジョンが広がる周期で、この井戸が出来たと?」


「そうだと思います」


 そうか、それなら井戸が地図に描かれたいなかったことも説明がつく。


「ユウト! ミレット!」


 アンが、井戸からちょっと離れた場所で手招きをしている。

 俺とミレットは、アンに駆け寄る。

 アンはしゃがみ込んで地面を見ていた。


「これを見て! 人が歩いた跡だよ!」


 アンが指さした先は、生えている草が踏まれた跡があり、獣道のようになっていた。

 草が踏まれたあとは、井戸まで続き、反対側は森へ続いていた。


 人が通った跡を見て、俺はつぶやく。


「どうやらここを通った人は、俺たちと逆回りして井戸にたどり着いたらしい」


「戻ったのでしょうか? それとも……」


「井戸に入ったかもしれないよ!」


 可能性はある。

 というのも、俺のスキル【気配察知】が仕事をしていて、井戸の中に沢山の反応があるのだ。


 二人に言うべきか……。

 言えば俺のスキルがバレる。

 芋づる式にスキル【レベル1】の有用性がバレる可能性がある。


 いや、いつかは誰かに話す日が来るだろう。

 それが、今日なのだろうか?


 俺が逡巡していると、アンが井戸に駆け寄った。


「あっ……!」


 俺は止めようとしたが、アンの方が素早かった。

 アンは小石を拾い上げると、井戸の中に放り込んだ。


 カツーン……と硬質な音が井戸の中に響いた。

 アンが、バッと振り向く。


「空井戸だよ! 中に入ろう!」


 アンは井戸の中に入る気満々だ。

 俺は思わず額に手を添える。


 俺のスキル【気配察知】では、大量の魔物が井戸の中にいる。

 魔物がウジャウジャしているところに入っていくなんて自殺行為だ。


「アン。慎重に行こう! 一度、冒険者ギルドへ戻って報告をして、ベテランの冒険者を呼んできてから――」


「お父さんが、この井戸の中にいたらどうするの! そんなことしてたら、間に合わないよ!」


「いや! お父さんがいるかもしれないからこそ、慎重に行動しよう!」


 俺とアンの声は大きくなっていた。

 俺たちのレベルは上がっているが、井戸の中にいる魔物がどんな魔物なのか分からないのだ。


 俺とアンが押し問答を続けていると、ミレットが仲裁に入った。


「二人とも落ち着いてください。この井戸が怪しいのは事実です。でも、この井戸の中にアンさんのお父様がいるとは限らないでしょう? ユウトの慎重に行動するという方針は間違っていないと思います」


「ミレット様!」


 アンが悲鳴混じりの声を上げる。

 ミレットはアンを手で制止して、俺に向いた。


「でも、冒険者ギルドに報告するにしても、現状では情報が不足していると思います。怪しい井戸があっただけでは、冒険者ギルドが動いてくれるかどうかわかりません。ですので、もう少し情報を得るために、この井戸に降りてみてはどうでしょう?」


「ミレット……」


 俺は眉根を寄せる。


 ミレットの案は妥当だ。

 冒険者ギルドに報告して井戸の中を調べてもらうにしても、現状では情報が足りない。

 そして、井戸の中に降りれば、アンの気持ちもある程度満たされるだろう。


(威力偵察と考えて、降りるだけ降りてみるか……)

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