第34話 集中できないミレット

 俺とミレットはダンジョンへ向かった。

 トロザの街を出て、郊外の道を歩く。


 だが、ミレットはうつむいて元気がない。

 俺は話しかけてみた。


「もし探索が進んだら、お昼はダンジョンの中でとろう。今日は俺もパンを持ってきたから」


「……」


「ミレット?」


「……」


 俺はミレットに呼びかけるが、ミレットから返事はない。

 ミレットは心ここにあらず。

 機械的に歩いている。


 不味いな……。

 この状態でダンジョンに入っても事故るだけだろう……。

 何とかしないと……。


 俺は歩きながら考えをまとめた。


(しょうがない……。ちょっと無理するか!)


 俺はミレットに話をしようと足を止めた。

 だが、ミレットは一人で歩いて行ってしまう。


「ミレット、ミレット!」


「えっ!? あっ!? ごめんなさい。考えごとをしていました」


 俺が大きい声で呼びかけ、ようやくミレットは止まった。


 俺はミレットに近づいて優しく声を掛ける。


「アンのことが気になるんだね?」


 アンは、冒険者ギルドで『お父さんを探して!』と呼びかけていた女の子だ。


「ええ。アンさんがお気の毒で……。アンさんのお父様も心配です……」


 ミレットは、心が優しい。

 アンの身の上に起きたことを、自分のことのように感じているようだ。


 厳しい見方をすればミレットは甘い。

 冒険者は自己責任の部分が大きいし、アンのお父さんは一日帰ってきていないだけなのだ。


 だが、この優しい部分はミレットの美点だと思う。

 優しいミレットだから、スラム出身の俺とパーティーを組んでくれる。


 俺は甘さも含めて、ミレットの優しい気持ちを大事にしたいと思った。

 俺はミレットの気持ちを否定しないようにした。


「そうだよね。アンがかわいそうだったね」


「ユウト。ごめんなさい。わたくし、アンのことが気になって……」


「いや、良いんだよ。ミレットには、自分の優しい気持ちを大切にして欲しい」


「ありがとう」


 花が咲くようにミレットが笑った。

 ちょっと気分が前向きになったようだ。


 俺は自分の考えを述べる。


「それで……、提案があるのだけど……。かなり厳しい、大変な提案なんだ……」


「まあ、何かしら?」


「アンと一緒に初心者ダンジョンを突破しよう! それも今日中に!」


「えっ!?」


 ミレットは驚いている。

 無理もない。


 初心者ダンジョンは、五階層しかない。

 五階層『しかない』といっても、俺たち初心者にとっては突破は簡単ではないのだ。


 ダンジョンは、迷路になっているし、魔物はいるし、五階層の奥にはボス魔物が陣取っている。

 新人冒険者は、ゆっくり時間をかけて、レベルアップをしながら初心者ダンジョンを突破するのだ。


 それを『今日中に』といえば、ビックリするだろう。


「ミレット。初心者ダンジョンを突破すれば、中級ダンジョンに入る資格がもらえる。今日中に初心者ダンジョンを突破すれば、明日からアンのお父さんを探しに行けるよ」


「そう……です……ね……。でも、可能なのでしょうか?」


「わからない。けど、ミレットは何もしないでいることに耐えられないんでしょ? なら可能性は低くても、チャレンジしてみよう!」


「ふふ、そうですね! やってみましょう!」


 ミレットが前を向き、明るい笑顔を見せた。

 俺たちは冒険者ギルドへ走った。

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