第30話 間話 ミレットとアルフォンス伯爵
◆―― 間話です。ちょっと長いです。約四千文字です。 ――◆
ミレットは屋敷で父と昼食をとっていた。
ミレットの父は、城塞都市トロザ一帯を治める領主である。
名を、アルフォンス・トロザ・メルシーという。
爵位は伯爵。
年齢は四十五歳。
銀色の髪を後ろに流し、銀色の上品な口ヒゲをたくわえたナイスミドルである。
アルフォンスは、濃紺の貴族服をまとい、柔和な笑顔を浮かべている。
「ミレット。今日は休みにさせて悪かったね」
「お父様。お気になさらないで下さい。久しぶりにお父様と食事が出来て嬉しいですわ!」
ミレットはニコニコと笑いながら魔物肉のステーキを口に運んだ。
ミレットの装いは冒険者の時と違う。
品の良い柔らかな生地であつらえたピンクのワンピースだ。
ミレットと父アルフォンスが座る椅子やテーブルは趣味の良い高級品で、テーブルにサーブされた料理は庶民の昼食からかけ離れた贅沢な品だった。
食事が終り、二人はゆったりと紅茶を飲む。
「ミレット。護衛のシンシアから話を聞いたよ。ジャイル君とパーティーを組まなかったそうだね?」
父アルフォンスは、笑顔のまま本題を切り出した。
「ええ。お父様。実は――」
ミレットは冒険者ギルドで起きたことを父アルフォンスに説明した。
父アルフォンスは、あいづちを打ちながら娘ミレットの話を聞いた。
「なるほど。ジャイル君は、ちょっとワガママな少年のようだね」
「ええ。もう少し周囲を気遣えると良いのですが……」
「うん。それは、ジャイル君のこれからの課題だね」
「お父様、ごめんなさい。お父様が手配してくれたメンバーとパーティーを組まなくて」
ミレットが詫びると、父アルフォンスは渋い顔になった。
父アルフォンスは、娘のミレットと城塞都市トロザの有力者の子弟を組ませようとしていた。
しかし、ミレットが違う選択をしたことで、有力者たちから遠回しな抗議が届いていた。
ミレットの行動は、父アルフォンスの『顔』を潰すことになったのだ。
だが、父アルフォンスは声を荒げることなく対応した。
「いや、ミレットが自分の意思でパーティーメンバーを選んだのは良いことだ。私のことは気にしなくて良い」
「ありがとうございます」
「だが……スラムの少年とパーティーを組んでいるのは、どうしてなんだい?」
アルフォンスは、娘を心配する優しい父親の顔をした。
領主であるアルフォンスは、当然スラムの存在を知っている。
アルフォンスにとってスラムの住人は『貧しくかわいそうな人たち』という認識と同時に、『粗野でガラの悪い連中』というマイナスのイメージを持っている。
愛娘が不良たちと行動を共にしているようで気が気でない。
ミレットはティーカップを置き小首を傾げた。
「そのことなのですが……。ちょっと不思議な少年なのです」
「不思議? どう不思議なのかね?」
「わたくしが一緒にパーティーを組んでいるのは、ユウトという少年です。スラムに住んでいてお母様はサオリさん。母一人子一人の貧しい家庭です。ですが、言葉遣いや礼儀がちゃんとしているのです」
「ほう? 粗野ではないのかね?」
「ええ。普段から平民と変わらない話し方です。さらに自分の上位者と話す時は、丁寧な言葉遣いをしますわ。例えば、冒険者ギルドの教官には、丁寧な言葉で話していました」
「話し言葉や態度を使い分けているのか! それなりの教育を? いや、スラムの住人にそれはない……」
父アルフォンスは驚く。
貴族や貴族と取引をする商人は、上位者に対する態度や言葉遣いを、普段の態度や言葉と使い分けることが出来る。
きちんとした教育を、家族や商店から受けているからだ。
だが、多くの平民は、そういった教育を受けていない。
『親方! メシを食いに行きましょう!』
『店長! どうするんスか?』
――このように上位者ともカジュアルな言葉遣いで話す。
父アルフォンスは、スラムの住人であるユウト少年に興味が湧いた。
「ユウトという少年は、どこかで教育を受けたのかな? 母親が貴族の屋敷で働いている可能性は?」
「どうでしょう。今度、ユウトに聞いておきますわ。お父様。他にも気になることがあるのです。ユウトは文字の読み書きが出来ません。なのに地図が読めるのです」
「それは……妙だね……」
地図を読む。
我々現代社会に住む人にとっては、当たり前のことだ。
しかし、教育を受けていない人や地図を見たことがない人にとって、地図は意味不明の絵でしかない。
『この絵は地図である』
『自分がいる周辺地域の地形や通路を描いている』
――と理解出来ないのだ。
父アルフォンスは、ユウトの存在を不思議に思う。
(どこかの貴族のご落胤か?)
だが、アルフォンスが治める城塞都市トロザに、貴族のご落胤がいる可能性は極めて低い。
城塞都市トロザに住む貴族は、アルフォンス配下である。
アルフォンスは配下の動向を把握している。
アルフォンスは、自分の推測を否定して、娘ミレットの話を促す。
「他に気になったことはあるのかね?」
「スキルですわ」
「スキル?」
「はい。ユウトのスキルは【レベル1】という聞いたことのないスキルなのです。外れスキルだと、新人冒険者の間で噂になっていました。その……ジャイルさんがユウトのスキルをバカにして広めてしまって……」
「ああ! 聞いたことのないスキルを得た少年がいると神殿から報告があった! ユウト少年のことだったのか! ユウト少年のスキルは、どのようなスキルなのかな?」
父アルフォンスは、ジャイルのことはスルーして、ユウトのスキルについて話を進めた。
娘のミレットは、眉を寄せて答える。
「わかりません。ただ、一緒にダンジョンで活動していて、おかしいと思うことはいくつかありますわ。ユウトは魔物のいる方角がわかるのです。ダンジョン内ではユウトの案内に従っているのですが、無駄な行動なく魔物と遭遇するのです。逆に魔物を避けて行動することも出来ます」
「では、探知・探索系のスキルなのかな?」
「どうでしょう……。それから剣や盾の動きが良いのです。スキルを持っている人と同等の動きをしますわ」
「ふーむ……。では、【レベル1】というスキルは、戦闘スキルも兼ねているのか? いや、そんなスキルは聞いてことがないな……。新人冒険者が複数のスキルを持っているわけがないし……」
父アルフォンスは困惑する。
成人の儀式で得るスキルは、一つだけ。
だが、娘ミレットの話を聞くと、ユウトは三つのスキルを得ているように思える。
・探知・探索系のスキル
・剣術スキル
・盾術スキル
新人冒険者としてはあり得ないことだ。
アルフォンスは、ユウトの特異性に気が付く。
「それから――」
「まだ、あるのかね!?」
「ユウトはどこかで討伐ポイントを使っているのです。わたくしが討伐ポイントを使ってレベルアップしようとしたら、ユウトはポイントが足りなくてレベルアップ出来なかったのです」
「つまり、何かに討伐ポイントを使ったと?」
「はい。わたくしとユウトは、新人研修から一緒です。倒した魔物の数は同じなのです。なのにユウトだけレベルアップするための討伐ポイントが足らないのは、おかしいではありませんか?」
「おかしいね。何に討伐ポイントを使ったのだろう……」
父アルフォンスと娘ミレットは、黙り込んだ。
ユウトの特異性を考えるが、答えは出ない。
「ミレット。なぜユウト少年とパーティーを組んだのかね?」
「そうですね……。一つは、今まで接したことのない人と話してみたかった。好奇心ですわ。もう一つは、ユウトの……たたずまい……雰囲気ですわ」
「雰囲気?」
「ええ。何か周りと違う印象を受けたのです。同い年のはずなのに、どこか落ち着いている。大人びている。そんな印象を受けました」
「最初から何か違ったわけだね?」
「はい。お父様……、あの……、ユウトは使徒なのでは?」
「……」
娘ミレットの指摘に、父アルフォンスは黙り込む。
使徒――神に選ばれ、神に遣わされた者。
この世界では、時々使徒と呼ばれる人物が現れ人々を助ける。
強い戦士、優れた魔法使い、優秀な魔道具士などだ。
使徒の正体は転生者であるが、この世界の人々は知らない。
神の使徒として、大事にし頼りにする。
父アルフォンスは考えた。
これまで現れた使徒の情報と照らし合わせる。
・特異なスキル
・言葉遣いなど出自に関係なく一定の教育を受けている
・周りと違う雰囲気
ユウト少年は使徒の特徴を備えている。
だが、神に関わることなので、軽々に返事は出来ない。
「使徒の可能性はある……。だが、わからない。このことは。軽々に口にしてはいけないよ」
「お父様。もちろんですわ」
父アルフォンスは、ミレットの行動を認め後押しする決断をした。
「ミレット。ユウト少年は、我がメルシー家にとって役立つ冒険者になるかもしれない。ユウト少年と一緒に活動をしながら、彼を注意して見ておくれ」
「承知しました。お父様? 表情が固いですが……。何かございましたか?」
「うむ……。実はね……、ミレット……。城塞都市の一つが魔物にのまれたのだよ」
魔物にのまれる。
つまり城塞都市が大量の魔物から襲撃され、城塞都市が魔物に占拠されてしまったことを意味する。
城塞都市の住人は、他の城塞都市に逃げるか、魔物に殺されたかである。
ミレットは、父アルフォンスに告げられた言葉に顔色を変える。
「お父様! それは!」
「今朝、情報が入ってね。魔物の攻勢は強まっている。最近では他の城塞都市への交易路が不安定だ」
「魔物の襲撃が増えているのですね?」
「そうだ。だから強い冒険者は一人でも多く欲しい! スラムの住人であろうともだ! 強ければ出自は問わぬ!」
父アルフォンスの言葉に力が入る。
ミレットは状況が深刻なのだと理解した。
ミレットは、ふうっと息を吐き、父アルフォンスに笑顔を向けた。
「お父様。お願いがございます。ユウトの分もお昼のお弁当を用意させて下さいな」
「弁当?」
娘の意外な言葉に父アルフォンスは首を傾げるが、すぐにユウトの家が貧しく食事もままならないのだと気が付く。
父アルフォンスは娘ミレットの申し出を笑顔で了承した。
「わかった! 使徒かもしれない少年が、腹ぺこでは困るからな!」
「ふふ。ありがとうございます」
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