第29話 路地裏の少年(二章最終話)

 俺は冒険者ギルドにジャイルを担ぎ込んだ。

 昼間の冒険者ギルドは閑散としていた。

 受付のドナさんが、すぐ俺に気が付いた。


 ドナさんが、こちらへ走り寄る。


「ユウト! どうしたの!?」


「ジャイルが剣を抜いて襲ってきました。それで、ちょっとお仕置きしました」


 背負っていたジャイルを、ドサッと床に落とす。


「ううう……」


 ジャイルがうめいた。

 ドナさんが、ほっと息を吐く。


「良かった! 生きているのね!」


「剣の平で叩いただけですよ」


「事情を聞くから、そこに座って待ってて!」


 俺はホールのすみに設えられた椅子に座る。

 フウッと息を吐く。


 ドナさんはテキパキと冒険者ギルドのスタッフに声をかけて、ジャイルは奥へと運ばれていった。


 俺はその様子をぼうっと見ていた。

 ジャイルとの対人戦闘で緊張していたのだ。

 冒険者ギルドへ来て、ドナさんの顔を見たら気が抜けてしまったらしい。


 しばらくすると、ドナさんがやって来た。


「ユウト。お待たせ~。で、何があったの?」


「ずっとつけられていて、初心者ダンジョンの入り口でインネンをつけられて――」


 俺は淡々と事実を告げた。


 実際、俺自身はトラブルを回避しよう、穏便に済まそうとした。

 だが、ジャイルがヒートアップして剣を抜いたのだ。


 まあ、多少は煽ったりしたが……。


 一通り話し終えるとドナさんは手を叩いた。


「偉いわよ! ユウト!」


 なぜかドナさんが、俺を褒める。

 それも笑顔だ。

 俺は困惑した。


 俺はジャイルを殺しはしなかったが、ボコボコにした。


「えっと……、褒められるとは思いませんでした……」


 ドナさんが真面目な顔をして、スッと俺の目の前にほっそりした指を立てた。


「褒めた理由その一! 殺すと色々と処理が面倒だったのよ。でも、殴っただけなら、冒険者同士の……そう! ちょっとしたレクリエーションってヤツよ!」


「レクリエーションですか! いや、自分でやっておいて何ですが……ジャイルの顔はパンパンに腫れてましたよ?」


「あんなのポーションぶっかければ、すぐに直るわよ!」


 ドナさんは、腕を組んでフンスフンスと鼻息が荒い。

 なかなかワイルドだ。


 レクリエーションねぇ……。

 物は言いようだな。


「褒めた理由その二! ジャイルの家は商人でお金持ちなのよ。殺していたら、何か言ってきたでしょうね。冒険者ギルドは力があるから突っぱねられたけど、ユウトは厄介なことになったかもしれないわ」


「ああ、それは俺も考えました。それでレクリエーションに徹したのですけど、大丈夫でしょうか?」


「まあ、平気よ。『自分からからんでいって、返り討ちにされました』、なーんて恥ずかしくて言えないでしょう」


「そりゃそうですね」


 ドナさんは、オーバーアクションをしながら軽快に話してくれる。

 おかげで俺の気持ちも大分ほぐれてきた。


「褒めた理由その三! ジャイルはね。一緒に活動していたパーティーメンバーから愛想を尽かされたのよ」


「ああ、ジャイルがそんなことを言っていました。戦い方が自己中過ぎるって、噂にもなってましたよ。」


 ドナさんは、フンフンとうなずき


「そうなのよ。それに他のパーティーから獲物を横取りされたって苦情も来たの。冒険者ギルドとしても、問題だと考えていたわけ。そこで!」


「俺がジャイルをボコボコにしたと?」


「そう! 良い薬になったでしょうよ! これでちょっと大人しくなってくれれば、冒険者ギルドとしてはありがたいわけ。納得した?」


「はい! 納得しました!」


「と、言うわけで……冒険者同士のレクリエーションがあっただけで、特にお咎めはないわよ」


 どうなるかちょっと心配だったけれど、処分なしで済んだ。

 これで明日もミレットと一緒にダンジョンに入れる!


「けど! 冒険者同士のもめごとは、止めてよ! 今回は事情が事情だから穏便に済ませたけど、いつも穏便に済ませるとは限らないからね?」


 ドナさんが、ゴンゴンと釘を刺してくる。

 俺は姿勢を正して返事をする。


「はい! わかりました! もめごとは起こしません!」


「よろしい! じゃあ、ちょっと出ましょうか?」


 ドナさんが、立ち上がった。

 俺も立ち上がりながら、ドナさんに聞く。


「どこへ行くのですか?」


「もう、お昼よ。お腹が空いたでしょう? お姉さんが食事を奢ってあげるわ! さあ、ガッツリ食べるわよ!」


 ドナさんは、おどけて力こぶを作るジェスチャーをした。


 俺はドナさんから食事に誘われたのが嬉しくて、満面の笑顔でドナさんに答えた。


「はい! ご馳走になります!」


「よーし! 行くわよー!」


 俺はドナさんと一緒に町へ出た。


 冒険者になって三日。

 たった三日だが、俺の人生に変化が起きた。


 ミレット――信頼できるパーティーメンバー、仲間が出来た。


 ドナさん――頼りになる姉みたいな存在。


 ドナさんと歩く町は、明るく輝いて見えた。

 俺はドナさんに食事をご馳走してもらい、お腹いっぱいご飯を食べた。


 もう、俺はスラムの路地裏で孤独だった子供じゃない!


「美味しかった?」


「すごい美味しかったよ!」


 俺はドナさんに、今日イチの笑顔で答えた!


 ――第二章 完――


 第三章に続きます。

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