第27話 テレフォンパンチ

 ジャイルが拳を握って突進してくる。

 ジャイルの方が体が大きいので、俺は迫力を感じた。

 だが、恐怖は感じない。


 ジャイルは右腕を大きく振りかぶっているので、『これから右手で殴る』と丸わかりなのだ。

 前世のボクシングでいう、テレフォンパンチってヤツだ。


『もしもーし! 今から殴りますよ!』


 ――みたいな感じ。


 ジャイルが大げさな動きで右拳を上から下に振りだした。

 俺は落ち着いて、ジャイルのパンチをかわす。


 気持ちも体も準備をしておいた。

 さらにレベルアップをして、身体面でも機能が上がっている。

 ジャイルのテレフォンパンチをかわすなど造作もなかった。


 ジャイルは俺に攻撃をかわされて驚く。


「なっ!?」


「黙って殴られると思ったか? 身を守るくらいはするぞ!」


「卑怯だぞ!」


「いや……、言葉の意味が違うだろう……」


 卑怯と言われてもねえ……。

 想像するに、ジャイルは気に入らないことがあると、自宅の使用人に乱暴をしているのだろう。


 使用人の中には奴隷もいるだろ。

 主人の息子に逆らうことが出来ず、黙って殴られ耐える。


 ジャイルにとって、それが当たり前。

 自分より立場の弱い者は、ジャイルの気分で命令したり、殴ったりして良い。

 体だけ大きくなってしまった困った子供だ。


 だが、俺はジャイルの使用人じゃない。


 ジャイルは両の拳をブンブン振り回すが、俺は落ち着いて拳を避ける。

 ジャイルのパンチはわかりやすい。

 俺は格闘系のスキルは持ってないが、余裕を持って回避出来る。


 やがてジャイルが息を切らし、勝手にバランスを崩して転んでしまった。


 俺は落ち着いた声でジャイルに説く。


「ジャイル。もう、やめろ。冒険者同士もめごとを起こすなと新人研修で教えられただろう? 今なら何もなかったことにしてやる」


「ふう……ふう……。う……、うるさい! ス、スラムの外れ野郎が……俺に命令するな!」


 ジャイルは立ち上がると、腰の剣を抜いた。


 ――本気か?


 俺は半ば呆れながらも警戒して、左手に持った盾を前に掲げる。


「ジャイル! 剣を納めろ! 剣を抜いたらシャレにならないぞ!」


「黙れ! スラムの害虫一匹を叩き潰すだけだ!」


 ジャイルは、フーフー言いながら剣を構えた。

 俺はジャイルの言葉にカチンと来たが、それよりもどう対応するか困っていた。


 殺すのは不味いと、さすがにわかる。

 俺はスラムの住人で、ジャイルは平民でも金持ちの家。

 冒険者同士が対等とはいえ……、根本的に身分差がある。


 俺が『身を守るために仕方なく殺した』と正当防衛を主張しても、俺の主張が通るとは思えない。

 厄介なことになるのは間違いないだろう。


 俺は内心舌打ちしつつ、ジャイルに警告を発する。


「ジャイル! 冒険者ギルドで問題になる! 止めるんだ!」


「へっ! ビビったか? そうだよなぁ~、オマエは外れスキル。だが、俺は剣術のスキル持ちだ。剣での戦いなら、絶対に俺が勝つ!」


「ジャイル! 止めるんだ!」


「嬲り殺しにしてやる! 腕! 足! 顔! 切り刻んでやる!」


 ジャイルの顔が加虐的な喜びに溢れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る