口の軽い男

@me262

第1話

 私には大学生の頃に同じスキー部に所属して友人になった、ニュージーランドからの留学生の白人男性がいる。陽気でいい奴なのだが、口が軽くて困っている。例えば、私の結婚式の席上でそれまでの女性関係を暴露してしまい、ひどい目に遭わされた事がある。他にも彼の口が滑った事で迷惑を蒙った者は多い。この性癖が災いしているのか、私の子供が小学生になっても、友人は独身のままだった。

 しかし、その友人から先日結婚したと国際電話があった。相手は日本人だという。

「クールビューティーだ。肩まで伸びた黒髪と、真っ白で滑らかな肌。白人の俺より白いんだぜ。大きい黒真珠みたいな瞳で見つめられると心底痺れちまう。スリムだけど出るとこは出て、抱き心地が抜群だ。普段の態度は冷たいんだけど、俺のテクで熱い女に燃え上がるんだよ」

 相変わらずの軽口だ。彼女の自慢は結構だが、放って置くとベッドの中の事まで事細かに喋り出しそうだったので、私は友人の新妻の立場を慮って彼の熱弁を遮った。

「やったな、おめでとう。どこでそんな美女と知り合ったんだ?」

「去年の冬、日本でお前と一緒にスキー に行った時さ」

 あの時か。留学時代の頃から日本の雪質の良さを気に入っていた彼は、時折私を誘ってスキー旅行のために訪日していた。去年も二人で東北地方のスキー場に行った。しかし、調子に乗った友人は私の警告を聞かずにコースを外れて滑り出し、しかも直後に酷い吹雪が発生したために遭難しかけたのだ。

 捜索隊が出動する程の騒ぎになり、私は大層心配したが、夜が明けると友人は自力で無事ホテルまで戻ってきた。本人曰く、偶然見つけた山小屋で一夜を明かしたとのことで、私も地元の方々も一安心した。しかし、山小屋でのことを詳しく聞こうとすると、彼にしては珍しく口を濁すのだった。私はもう一度そのことを尋ねてみた。

「あんな騒動があったのに、女性と知り合う機会があったとは驚きだな。もしかして、山小屋で一夜を明かした仲だとか?」

「……頼むから山小屋でのことは聞かないでくれ。事情があって話せないんだ。とにかく生還したあの日、お前が自分の部屋で寝ている間に俺はホテルのバーでくつろいでいた。その時に彼女が話しかけてきたんだ。飲んでいる内に意気投合して、その後は結婚まで一直線さ。このことをお前に黙っていたのは、散々迷惑かけた後に女の子のことをペラペラ喋るのは、さすがに非常識だと思ったからさ」

「そんなことがあったのか。しかし、何か急過ぎる展開だな。その女、大丈夫か?裏があるんじゃないか?」

「大丈夫だよ。今は仕事の都合で彼女はまだ日本だが、近い内に迎えに行くんだ。後で写真送るよ!」

 彼は電話を切った。だがこのやりとりに、私は既視感を抱いた。どこかで聞いた話だ。


 後日、友人からメールが届いた。彼女と一緒の写真が添付されている。驚いた事に日本のスキー場だった。ウェアーで着膨れした大男の横に、整った顔立ちの長い黒髪の女が白い薄着で微笑んでいる。彼女の姿は、長く黒い髪と大きい黒真珠のような瞳以外は白一色で、寒気を覚える程の美女だった。

 メールの内容は、彼女の希望で日本とニュージーランドを冬の期間だけ、交互に住み分けるというものだった。

 その瞬間、私は彼女の正体に気付いてしまった。まさしくクールビューティーだ。

 彼女の目的は、一年中冬の住処を得る事だったのだ。近頃は温暖化が進んで日本の夏は厳しいのだろう。ニュージーランドなら、その時は真冬だ。だから友人と結婚したのだ。

 しかし、私は真実を彼に告げるつもりも、彼女に会う気もない。下手な事をしたら彼女に氷付けにされてしまうし、何より写真の中の二人は幸せそうな笑顔だったからだ。

 後は友人が、雪山で遭難した一夜の事を誰にも、とりわけ奥方に話さなければいいだけだ。今のところは大丈夫のようだが、やはり心配だ。何と言っても、口の軽い男だからなあ。

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