二章

第20話 ヒーローになりたいのは誰か

「スーパーノヴァの人気は今や飛ぶ鳥を落とす勢いだ。どこへ行ってもミステリアスな美少女騎士の話題を耳にしない日はない」


 グラベール学園の学生食堂の端っこのテーブルでケイジが言った。

 仮面を付けているのに果たした美少女と呼べるのか等々、色々ツッコミどころは多いけど敢えてスルーしておく。


「おかげでこっちは寝不足だけどな」


 ケイジの対面に座る僕はこれ見よがしに大きな欠伸を掻いてみせるが、彼はお構いなしに、「このビックウェーブに乗るしかない」とそんなことを突然言い出した。はっきり言ってあまり良い予感はしない。


「今度はなんだよ」


 正体不明の女騎士が悪の大神官から王女を救って一躍注目を集めたあの事件の後、ケイジの提案でスーパーノヴァ英雄化計画が始まった。

 それは彼女を街を守るヒーローに仕立て上げるというもの。


 確固たる地位を得るために僕らは毎夜交代で変身して街を巡回しては、マフィアやギャングといった反社会勢力や法で裁けない特権階級の悪者たちに正義の鉄槌を振り落としている。

 血なまぐさい事件ばかりではなくて、木から降りられなくなった猫の救助から貴賓の誘拐事件の解決まで、スーパーノヴァは正義の味方として絶賛活躍中なのだ。


「俺に妙案がある」 


「妙案?」


 妙な案だってさ……、字の如くまた妙なことを言い出さなければいいけど。


「今のビジュアルじゃインパクトが弱い。もっとヒロイン感を出していかないとさらなる人気は得られないと思うんだ」


「そうかな? 特に今のままでも問題ないと思うけど」


「いやいや、ローブに仮面だけじゃ一見して女だと分からないし、美少女っぽい要素を足した方がいい。世間もそういうのを求めているはず」


「そうかなぁ~? 足すって、例えば何をさ」


「うむ、実はもう用意してある。それがこれだ」


 そう言ってケージが鞄から取り出したのは美しい金色の長い髪だった。

 

「えっと……、これって女の人の髪の毛だよね? 本物? どこで手に入れたんだよ」


「もちろん本物だ。最近マーケットで手に入れてな」


「へぇー、マーケットってそんな物まで売ってるんだね」


「お前知らないのか? 長くて綺麗な髪の毛は高値で取引されているだぜ? そしてこれは市場にあった中で一番上等な髪で作ったウィッグだ。これをかぶって戦えばスーパーノヴァの人気はもっと出る」


 ケイジは鼻息荒くウィッグを僕に手渡してきた。

 確かにツヤツヤで手触りも良い。母親がいなくて女性の髪に触れたことがない僕にも丁寧に手入れされていたのが分かる。


「うん、すごいツヤツヤだし、いい匂いがするね」


「だろ? どこかの貴族令嬢の物らしいぞ。大方、没落してやむにやまれて髪を売ったんだろう」


「ふーん、これいくらしたんだ?」


「ああ、百二〇プラタだ」


「ひゃ、ひゃくにじゅうプラタだって!?」


 ちょっとした馬車が買える値段じゃないか……。


「バカ、でかい声を出すな」と食堂で大声を上げた僕の口をケイジが塞ぐ。


「誰かに聞かれたらどうするんだ」


 そもそも聞かれたくない話を食堂でするのはどうなのだろうか……。


「っていうかお前、そんな大金どうしたんだよ? マクフェイル道具店ってそんなに儲かっているのか?」


「道具屋というより俺個人の発明品がけっこう売れてな。はっきり言わせてもらうと権利や特許でウハウハよ」


 ケイジはこれ見よがしにぎっしり硬貨の詰まった袋をテーブルの上に置いてみせた。


「へぇー……、それは結構ですね。確かに目立つ方法としては良い案だとは思うけど僕は賛成できないな」


「なんでだよ?」


「だって僕は逆にこれ以上目立ちたくないんだ。もうさ、ケイジだけでやったら? 僕が抜けてもケイジの実力なら一人でもやっていけるだろ?」


 ケイジは大げさに肩をすくめて首を左右に振った。


「へいへいへーい、聖剣を抜いた勇者様が何を言っているんだい? 本来ならお前の役目だぞこれは」


「うーん、そうかなぁ。僕が勇者の器かどうかはひとまず置いておいて勇者って衛兵じゃないし、それにスーパーノヴァのやってることって勇者とは少しニュアンスが違う気がするんだよな。どちらも正義の味方だけどさ、そもそも根本的に違うっていうか、なんていうか上手く説明できないけど」


「そりゃあ、勇者は魔王を殺すために送り込まれる暗殺者だからな。街を守るヒーローとは訳が違う」


 ケイジのセリフがスッと腑に落ちた僕はポンと手を叩く。


「あ、それなんかシックリくるかも。言われてみればそうだね、そうか……勇者は暗殺者だったのか。ならやっぱり勇者になりたくないなぁ、結局やってることは暗殺者だもんなぁ、聖剣抜いても名乗り出なくても良かったよ」


「とにかく話を戻すが、いくら人助けしたって悪いことじゃないだろ? スーパーノヴァが活躍すれば犯罪の抑止力にも繋がる。みんなが安心して暮らせる誰もがハッピーだ、素晴らしいことじゃないか」


「……まあ、それはそうなんだけどさ」


 ケイジの主張は至極真っ当だけど、彼の趣味に付き合わされている感が否めないのだ。

 そんな風に憮然とする僕にケイジは言う。


「わかったわかった。じゃあ、俺が週五、お前は週二だ。それでどうだ?」




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モブモブモブモブモブ超モブ勇者! 堂道廻 @doudoumeguru

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