第2モブ 勇者(モブ)を育てたのは誰か
僕は孤児だった。
へその緒が付いたまま生れ落ちて間もない状態で捨てられていたと、育ての親から教えられた。
まるで急いで捨てなければならない事情があったかのように、市場の裏路地に捨てられていたそうだ。
血まみれで泣きわめく僕を拾ったのは、この国で暮らすひとりの鍛冶師の男だった。
彼はその場で僕のへその緒を切って井戸で血を洗い流し、その足で娼館に行き、乳母を雇って僕を生かしてくれた。
そして彼は僕にユウリという名を与えた。
父親代わりとなったその男から自分は本当の親ではないと聞かされたのは、確か五歳のときだったと記憶している。
今でも捨て子は珍しいことではなく、幼かった僕は「ああ、そうなんだ」と、その程度の感想しか抱かず、逆に「どうして僕を助けたの?」と質問を投げかけていた。
父は「肉が柔らかそうで美味しそうだったから拾った。だけど、血を洗い流したら意外と食べるところがないから、育ててから食べることにした」と答えてコショーを取り出した。
彼の前から逃げ出そうとする僕に、「冗談に決まっているだろ」と言って笑った。
果たして本当に冗談だったのかはさておき、父親であり
平民の僕がそんな名門校に入学できたのは特待生制度を利用したからだ。
この特待生制度はアルスティア国民なら誰でも受験することができ、合格すれば爵位に関わらず学費が免除される。
学校なんか行かずに鍛冶仕事に専念しろという父に僕はこう切り返した。
「この前、学校説明会に行ったんだけどさ。グラベール学園の資料室には名剣や妖刀がズラリと並んでいるんだって。僕が入学すれば父さんも資料室に入れるそうだよ」
それを聞いた父は「おい……お前、舐めてんのか? 早く参考書を買いに行くぞ! 受験対策だ!!」と言って本屋に走り出した。
かくして猛勉強の末、狭き門をくぐり抜けた僕はグラベール学園の生徒となった。
さらに、その努力と功績が鍛冶師組合に認められ、組合員でも
祠に入った僕の眼が聖剣を捉え、網膜に聖剣が映った瞬間、言葉を失った。一発で惚れた。
神々しい輝きを放つ聖剣が僕を呼んでいる気がした。
その後の展開は前回に述べたとおりである――。
「はぁぁ……」
やばい……、僕が作った剣を盗んだヤツが捕まり、鑑定でもされて贋作だとバレたら非常にマズイ……。
その精度の多寡に関わらず聖剣や聖遺物を複製することは法で禁じられている。偽物が発見されたら異端審問官に捕まって火炙り確定コースだ。
盗んだヤツが捕まる前に盗んだヤツから奪い返さないといけない。
だけど一体誰が盗んだんだ……、見当も付かない。
なぜ公言しない……、何を考えている。
聖剣チャレンジを受けられない低い身分なのか。
それとも僕と同じ武器マニアなのか。
犯人の目的が不明で不気味だ……。
僕はもう一度溜め息を吐いた。
「おいおい、なんだぁそのクソデカい溜め息はよ」
昼休みの食堂、僕の前にやってきたのは黒髪の少年だった。
ランチトレーをテーブルに置いて席に着いた彼の名前はケイジ=マクフェイル、僕と同じ特待生である。
「言いたいけど言えない悩みってあるよね……」
頬杖を付いて吐息を付く僕に、ケイジは眉根を寄せた。
「なんだそりゃ? 恋の悩みってヤツか?」
「あー……、似たような感じかな」
「どうせ新しい剣が欲しくなったんだろ?」
うっ、遠からず……。
「溜め息なんて付いてないで話してスッキリしちまえよ」
僕の悩みがその程度だなんて、ずいぶん軽く見られたものだが、微妙に的を得ているのが悔しい。
このまま秘密を抱えたまま黙り続けるのは精神衛生上良くないし、誰かに告白しないと胸がパンクしてしまいそうだったのは確かだ。
僕は「絶対誰にも言うなよ」とケイジに釘を刺した。
こいつなら話しても大丈夫だろう。ケイジは約束は守る男だ。教会の神官に告白するよりもずっと信頼できる。
「実は――」
「おい貴様、すぐにここをどけ。日当たりの良い窓際のテーブルは貴様らのような下賤にはふさわしくない」
金髪の男が僕たちが座るテーブルの傍に立っていた。上級生のエドガーだ。彼の後ろにも何人かいる。
彼らはアルスティア王国シルヴィア王女親衛隊の生徒たちである。
彼らは王女に取り入ろうと勝手に親衛隊を名乗っている貴族のボンクラ息子とそのボンクラ仲間たちであり、王女が食堂に来る前に席を確保するという作業をいつもやっていることは知っていた。
だから普段は窓側の席は避けていたけど、つい陰鬱な気分になっていた僕の本能が、陽の光を求めてこの席を選んでしまったのだろう。
僕が席を立とうとしたときだった。
「見てわかんないのかよ? 俺たちが先に座っているんだぜ」
ケイジが反抗的な態度で言い返すと食堂がざわついた。
理由は簡単、彼らは貴族の中でも上級貴族、対する僕らは鍛冶師の倅と道具屋の倅、豪商でもない超が付く平民だ。
王家を除いてグランベール学園のヒエラルキーのほぼ頂点に君臨する彼らには誰も逆らえない。
その僕らが誰も逆らえない彼らの要求を拒否したのだ。
ケイジが平民を見下す貴族や彼らのような横暴な振る舞いを嫌っているのは知っている。いつかこうなるだろうとは思っていた。
予想外の展開に呆気に取られていた上級生だったが、我に返って「関係ない」と務めて冷静に言った。
「貴様ら平民はすべてを我ら貴族に差し出すのだ。早くしろ、王女が到着される前にそこを退け」
すぐさま「知ったことか」とケイジが鼻で嗤って言い返すと、親衛隊長の太い眉毛がぴくりと痙攣した。
「平民風情が俺たち貴族に逆らうつもりか?」
「はっ、お前らは生まれた家柄でしかイキれないのかよ? 実力でどかしてみろ」
「なにッ!?」
ケイジに挑発された上級生たちが一斉に剣の柄を掴んだ。
自分の信念のためなら一歩も引かない、反骨精神はケイジの矜持だ。
同じように貴族たちにもプライドがある。平民に舐められては沽券に関わる。
このままでは非常によろしくない。どちらかが引かなければ食堂にトマトソースをぶちまける事態になる。
そんなことになれば一緒にいる僕まで目立ってしまう。というか既に目立っている。なんとかしなくては……。
「逆らうなんてとんでもないですよ」と僕は席から立ち上がった。
「ここは譲ります。さあ、行こうケイジ、テーブルは他にも空いている」
大袈裟過ぎるほどの挙動でケイジの手を引っ張り上げ、僕は踵を返して歩き出す。
無用な争いは避ける、これは僕の矜持である。
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