モブモブモブモブモブ超モブ勇者!
堂道廻
一章
第1モブ 勇者の剣を盗んだのは誰か
大陸西部の覇者アルスティア王国、その国の南にある祠にはとある剣が保管されていた。
台座に突き刺さる黄金の剣は聖剣と呼ばれ、剣に認められた勇者にしか引き抜くことはできない。そのため勇者の剣とも呼ばれている。
その勇者の剣が何者かによって盗まれたのは、厚い雲で空が覆われた新月の夜だった。
祠の入口は強固な鉄門で閉ざされており、特殊な鍵がなければ
祠と聖剣を教会に代わって管理するのは、アルスティア王国の
聖剣の管理保全を一任された彼らは交代で朝昼晩の三回、毎日休むことなく聖剣の状態を確認しに祠を訪れるのだが、その日の太陽が出て間もない早朝、組合員が鉄門の扉を開けて中を確認すると台座から聖剣はなく、何者かによって引き抜かれ、持ち去られていた。
当番の組合員が急いでその事実を組合長に報告し、組合長が大慌てで教会に報告すると教会内は大パニックになった。
なぜなら、聖剣が盗まれたという事実はもとより、抜かれたという事実は新たな勇者の誕生を意味し、聖剣を持ち去った盗人が次の勇者になるからである。
どちらにしても聖剣が奪われたことに変わらない。これは千年に及ぶ聖令歴始まって以来の大失態であり、アルスティア地区を統括する大神官の責任は免れない。
すぐさま
しかし人の口に戸は立てられず、数日後には民衆の間で〝教会から何らかの聖遺物が盗まれたらしい〟という噂が広まり、現在は教会をはじめ国王まで巻き込んだ大騒ぎに発展している。
それでは、まどろっこしいのが嫌いなので答え合わせといこう。
聖剣を盗んだのは誰か。
それは他ならぬ僕である。
理由は後述するとして、自白ついでに自己紹介を済ませておきたい。
僕ことユウリ=ゼストは鍛冶師組合に所属する
とあるきっかけで聖剣を初めて観たときから、その魅力に憑りつかれてしまった僕は、どうしても剣に触れてみたくなった。
数か月後、こっそりと作製しておいた合鍵で試しの祠に忍び込み、聖剣の柄を握るという夢を叶えることに成功する。
握りしめた瞬間に膨大な熱量が全身を駆け巡った。
初めて触れるのに吸い付くように手に馴染み、剣と自分がひとつになったような不思議な一体感はまるで剣に血が通っているようだ。それでいて精神がピリリと研ぎ澄まされいく。
正しく剣の最高峰、聖剣の名にふさわしい一振りに僕は興奮した。天にも昇る気持ちになった瞬間、気付いたときには台座から聖剣を引き抜いていた。
混乱する僕に襲い掛かってきたのは、かつてない誘惑と葛藤だった。
黙って聖剣を台座に戻すか、このまま持って帰るかの二択である。
剣や槍を作る鍛冶師にとって伝説級の武器である聖剣は神のような崇拝対象だが、一度は見て触れてみたい、あわよくば手に入れたいと思うのは当然の願望だ。
盗むのは倫理に反する行いだけど、レアで珍しい武器の収集を趣味とする僕が決断するまで一分も掛からなかった。コレクターの性には抗えず、聖剣を手に入れたいという欲望が倫理を勝った。
しかしながらである。
正々堂々とみんなの前で剣を抜いてみせて合法的に自分の物にするというやり方もある。
でも僕は勇者になんかなりたくなかった。自分が勇者だと名乗る気なんて端から頭にない、毛頭だ。
前勇者が相打ちの末に倒した魔王が復活したという噂があるこの昨今、危険な魔界になんか行きたくない。前線で魔族と戦うなんてまっぴらごめんだ。
僕は鍛冶師として生計を立てる傍らで武器の収集が続けられればいい。
さてはて、ここで大きな問題がふたつ出てくる。
まず、ひとつ目の問題点。
さっきも言ったが僕は勇者になんかなりたくない。でも聖剣はコレクションしたい。
台座から剣がなくなっていれば大問題になることは分かり切っている。
火を見るよりも明らかなその問題を解決するため、僕は聖剣のレプリカを作ることにした。
その日から毎日毎日、少しずつトンテンカントンテンカンと鉄を丹精に叩き、こだわりの素材を使用して本物そっくりの精巧な贋作を完成させた。
まだ鍛冶師見習いといえど、僕の作った聖剣が師匠でさえ贋作だと見破れないはずだという自信と自負がある。
満月の夜、見張り当番の隙を付いて祠に侵入した僕は本物と贋作を入れ替えることに成功、かくして聖剣を手に入れた。
次に、ふたつ目の問題点だ。
おそらく偽物は誰でも容易に引き抜くことができてしまう。
それはそれでまずい。適正もないのに勇者として魔界にいけば、そいつを無駄死にさせてしまう。
まあ、聖剣はおいそれと気軽に触れられる代物ではなく、興味半分で引き抜こうなんてするヤツは存在しない。確かに聖剣を抜いた者が勇者になれる訳だが、聖剣チャレンジするにも資格が必要なのだ。
たとえば権力者からの推薦だったり、それなりの武功を立てたり、勇者選抜戦で優勝したりしなければならない。
聖剣チャレンジの日程と挑戦者の情報は事前に鍛冶師組合に伝えられる。
なので資格を与えられた者が試練に挑戦するときは、前日に本物の聖剣に戻しておけばいいのだ。
だってどうせ抜けないもん。
勇者は無二であり、同時期にふたりの勇者が誕生することはあり得ないと云われている。僕が事故で死なない限り次の勇者は現れず、僕以外は抜くことができない。
贋作と入れ替えて、聖剣を手元におきつつ、勇者にならなくていい素晴らしい完璧な作戦だった。
だけど新月の夜、どこかの誰かが贋作を抜いて持ち去ってしまった。
つまりそれは世間的には勇者が勇者の剣を盗んだということになる。
疑問なのは、なぜそいつが「我こそ勇者だ」と声高らかに宣言しないのかだ。
腕に覚えがあるなら実力を示して試練を受ければ良かったのに、こっそり侵入して聖剣を持ち去ったのはなぜだ?
持ち去ったのは悪いことだけど勇者を名乗ればお咎めを受けることはない。それどころか堂々と公言すれば勇者になれたはずなのに、一体なぜ?
この物語は聖剣を抜いてしまったけど勇者になりたくない僕が、紆余曲折の末に異端審問官と一緒に聖剣を探す旅に出ることになり、贋作の剣を取り戻すまでを綴った冒険譚である。
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