ショートショート

揺井かごめ

三月のヘリオトロープ

 親友が結婚した。私は花を買った。


 ヘリオトロープのポットを鉢に下ろし終え、ベランダを眺めながらコーヒーでひと息つく。

 窓越しに揺れるのは、三月の柔らかな日差しに照らされる『太陽へ向かう』と名付けられた花。

 何だか考えてしまう。

 あの子はあの子にとっての太陽を求めて行ってしまったが、私の足元にはただ影が落ちるばかりだ。

(女々しいな、私)

 一般にヘリオトロープは紫色だが、白の方が香りに合う気がしてそちらを選んだ。なんの因果か、品種名は『ブライドパール』。重ね重ね女々しい。

 あの子は、ヘリオトロープのオードトワレを好んでうなじに付けていた。長い髪の柔らかさとバニラのような甘んだるい香りを思い出す。

 遠いスウェーデンの地でも、あの子はあの香水を使っているのだろうか。

 ヘリオトロープは、フランスでは恋の花と呼ばれるらしい。恋の為に異国へさっさと移住してしまったあの子にぴったりだ。

 写真立てに手を伸ばす。結婚式でのツーショット。ドレスに身を包んだあの子は、どこから見ても男に見えなかった。女の子よりも女の子。そんなところが好きだった。

 少し前まで一番近くに居たあの子。

 気付いたら国を超えて遠くに行ってしまった、あの子。

 写真立てを伏せる。コーヒーの深い香りを吸い込んで、瞳を閉じる。


 三月のヘリオトロープは、まだ香らない。

 つぼみのままに、甘く花咲く夏を待つ。

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