第22話 ダンテ・クランリーの考察
ダンテは考えずにはいられなかった。今日出会ったばかりの少女のことを。
ガイストの森で出会ったカリンと言う少女には不思議なことばかりだった。どう考えても普通の少女とは思えなかった。先ず驚いたのはまだ幼いにも関わらずその森で1人で暮らしていると言う事だった。いや、猫……ではなくて神獣と一緒だから正確には1人では無いのだろうが……
そう、神獣…………
信じられない。この国では神獣なんて伝説上の生き物としてしか認識されていない。そのため、誰に神獣を見たと言っても信じて貰えないだろう。実際に見たダンテさえ本当にあの白い猫が神獣だったなんて夢だったのではないかと思うのだから。
そしてこの国では珍しい藍色の髪と瑠璃色の瞳。
カリンの容姿は「クラレシア神聖王国」を連想させた。何故なら殆どのクラレシア神聖王国の民は藍色の髪を持つと言われているからだ。
ダンテは以前噂で聞いたことを思い出す。女王として君臨するメディアーナ・リィ・クラレシアは藍色の髪と瑠璃色の瞳を有していたと言うことを。
まさか王族の血筋とは限らないが……。
しかし、もしそうなら大事になるぞ……。
ダンテは自分の中に湧き出るその考えを何とか払拭しようと努めた。
知る人ぞ知るクラレシア神聖王国は、この世界の唯一の楽園として噂されている。小さな国であるにも関わらず、結界で守られた豊かな土地、どの国よりも国民の魔力は高く穏やかな人柄は聖人の様だという。
一度訪れた事がある者は口々に言う。
ーー 神に愛された国 ーー
その一言がクラレシア神聖王国がどんな国なのかを物語っている。
しかし、その国の詳しい内情についてはベールに包まれている。
入国が厳しいため訪れたことがある者が極端に少ないせいだ。そのため、国内の詳しい情報はどの国でも掴めずにいた。
王都から離れた地方に住む者の中には架空の国であるように思っている者も多いだろう。
ダンテがその国が滅んだという情報を得たのは2年程前だった。聞いたときはあまりの衝撃で暫く仕事も手に付かなかったほどだ。
それ程衝撃を受けたのはダンテが密かにいつか訪れてみたいと憧憬の念を抱いていたせいもある。
侵略したのはこの世界で3番目の国力を誇る大国ドメル帝国だった。
そもそも、クラレシア神聖王国は不可侵国として扱うことが世界中の国で暗黙の了解としていた。そのためまさかクラレシア神聖王国を侵略する国があるとはどの国も思いも寄らなかった。
クラレシア神聖王国はそれまでは神が作ったのでは無いかと言われる程の結界に覆われ鉄壁の守りを維持していた。しかし、それが何らかの方法で破壊されたのだ。
周辺国は戦慄し、それ程の力を持つドメル帝国に恐れを成した。その方法は禁術によるものだと言うことを多くの国は感づいていたがそれを証拠立てることは出来なかった。
そして、その禁術とは神にも背く世の理をねじ曲げるほどの物だと予想された。でなければ、クラレシア神聖王国の鉄壁の結界を破ることなど出来るはずもなかった。
ドメル帝国は決して己の非を認めない。況してやあろうことかクラレシア神聖王国の方から統合を申し出たと噂を流した。このことから真相は闇に葬られたのだと言うことを予想せずにはいられなかった。
ドメル帝国がクラレシア神聖王国を滅ぼしてから約2年。
神に愛された国に手を出した戒めかドメル帝国は衰退の一途を辿っていると言う。
周辺諸国はその事を知り、神罰が下ったのだろうと確信していた。更に、何も出来なかった自分達にもその影響が及ばないよう率先してクラレシア神聖王国の難民を受け入れている。この国でもそれは例外ではなかった。
ただ一つの懸念は、クラレシア神聖王国の王族の行く末がどうなったか何一つ情報が得られなかったことだ。
普通だったらこの辺りの住民は他国の情報をここまで知ることは出来ない。自分達の生活に追われ一般の平民はあまり他国に興味を向けないことも大きな理由だが、王都から離れているため情報を得る術が極端に少ないと言うこともある。
領都のように比較的商人や旅行者が往来する場所なら兎も角、こんな片田舎では遅れてやってきた噂が流れる程度にしか過ぎないのだ。
クラレシア神聖王国はこの場所と全く反対側の国に面しているから、難民を保護していたとしても離れすぎているためここまで来ることは無い。
それ故、この地域の住民達はクラレシア神聖王国と言う国が存在しており、2年前に滅んだと言うことは知っていても話題になったのはその当初だけでその後、詳しい情報を求めることも知る事もなかったのだ。
ダンテがここまで情報を得ることが可能となったのは一重にダンテの生家のお陰である。
ダンテは侯爵家の3男で4番目の子として誕生した。平民であるセレンと駆け落ち同然で結婚したのだが、結婚に反対したのは実は父親だけだった。母親と兄姉達は応援してくれたので今でも親交がある。そのお陰で様々な情報を得ることができるのだ。
「ダンテ……ダンテ」
セレンの声にハッと現実に戻る。
「カリンの事を考えていたの? あの子もしかしてあのクラレシア神聖王国の生き残りかしら? でも、それだけじゃなくて……まさかとはおもうけど……」
セレンは言葉に詰まったようだがダンテは自分と同じ考えに辿り着いたのだろうことを察した。
信頼を寄せる妻セレンには、クラレシア神聖王国の事を始め様々な情報を共有していたからだ。
「それ以上は口にしない方が良い。例えそうであったとしてもな」
「そうね……」
ダンテの言葉にセレンも自分の思ったことが大事になるであろうことに気付いてそれ以上言葉を続けることは無かった。
コツンコツン。
二人が思案に耽っていると耳に届いた音で現実に引き戻された。
窓の方を見ると一羽の小鳥が嘴でガラスを突いていることに気がついた。セレンが直ぐに立ち上がり窓を開けてその小鳥を招き入れた。
白地に首の周りだけ蒼い襟巻きをしたようなその小鳥を見てセレンが微笑む。ドロシーの宅送鳥だと直ぐに気付いたからだ。
セレンの妹のドロシーは、夫のケリーと一緒に王都で商会を営んでおり、時々珍しい商品を携えて訪れる。たった一人の妹に数年ぶりに会えるのだ。気分が向上するのも無理はない。
「ドロシーだわ!」
セレンは嬉しそうに叫びながら、鳥の足に巻き付いている手紙を広げ読み始めた。
宅送鳥は魔導具の一種で手紙を運ぶために開発された。手紙だけではなく軽いものならば宅送鳥に運んで貰うことも出来る。中には鷹のような大型の鳥を模した宅送鳥もあるのだが高額な為一般庶民には手が出ない。
手紙を運ぶだけの小さな宅送鳥でさえ、それなりの金額がするのだ。
「ダンテ! ドロシー達が5日後に此処に来るって! 何と、ショウも一緒よ。王都セレジアの冒険者ギルドで護衛を雇おうと思っていたら偶々そこでショウに会って護衛を頼んだみたい」
セレンは堰を切ったようにそう言ってダンテに手紙を見せた。
ダンテはその知らせを受けて顔が緩んだ。ショウはダンテとセレンの長男だ。15才の成人を迎えて直ぐに冒険者になると言って家を飛び出した。
二人は久しぶりの再会を期待して胸を弾ませるのだった。
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