転生少女は異世界でお店を始めたい
梅丸
第1話 プロローグ
赤い大きな三角屋根にクリーム色の壁、二階の窓にはフラワーボックス。
「こんなもんかなぁ?」
私は自筆のスケッチを目の高さまで持ち上げ満足気に呟いた。
何で三十路にもなってお絵描きなんぞしているかと言うと理想の未来を掴むためだ。
自分の欲しいものを描く事によって頭の中にイメージを擦りつける。この絵に描いた家は私が夢をかなえる場所。
そう、私には夢がある。
その夢とは小さなお店を開くことだ。
場所はあまり都会過ぎないこと。
でも、あまり田舎過ぎても人が来なければ経営もままならないよねぇ。
ならば別荘地とか?
でも、あまりに有名な別荘地だと土地が高そう。
様々なメリットデメリットを思い描きながら妄想を発展させていく。そんな一時は私の唯一の癒しだった。
私の母はシングルマザーだった。母1人子1人の生活は裕福とは言えずそうそう欲しい物を手に入れることはできなかったけど、母は月に一回外食に連れて行ってくれた。それは私にとって唯一の楽しみだった。
母も私も美味しい物を食べるのが大好きで美味しいお店の情報が入る度に一緒に訪れた。母は一度料理を食べただけでその材料を推測できるという特技が有り、気に入った料理があると度々再現してくれた。
そして、その特技は私にも受け継がれたようで次第に自分で作るようになりそれが将来の夢に反映されることになった。
転機が訪れたのは母が病気を患い私が高校を卒業する前に呆気なく亡くなってしまった時だった。
母が残してくれた保険金で直ぐにお金には困らなかったものの私の生活は一変した。
叔母が一緒に暮らすことを提案してきたが、それが義務感からであることを直ぐに察知したので断った。気を使って生活するよりも自由を求めた。もちろん、生活費の援助も断った。
すると叔母は心なしかホッとしたようだった。いくら姪でも叔母にも子供が2人いるし、私を養うほど生活が楽な訳でも無かったのだろう。それに叔母の夫に対しても後ろめたいと思ったようだ。
色々考えて私は自分の好きな道を進むことにした。母の死を見てどうせ生きるなら好きなことをして生きようとする思いが強くなったのだろう。
食に関心が強い私が料理学校に進学するのは自然な流れだった。
学校が長期休暇に入る度に海外も含め様々な土地を巡り食べ歩きをするのは私の楽しみだった。どんな国でも美味しい物を食べるときはみんな幸せそうに見えた。
私も誰かの為にそんな幸せをもたらすお手伝いをしたいと思った。だから、料理学校を卒業すると洋食レストランに就職した。
仕事は忙しかったが、終わった後は自分のアパートで寛ぎながら将来の目標である三角屋根のスイーツを中心としたお店を営むことに思いを馳せるのが私の日課だった。
結婚を考えたことが無かったわけではないが、何故か良縁には恵まれなかった。というのも、いつも裏切られてばかりだったからだ。独身だと思って付き合ったら奧さんがいたり、二股掛けられたり、浮気されたりと散々だった。
その度に打ちひしがれ心の中に見えない傷が蓄積されていき、いつしか将来の伴侶を持つという未来は私の中から消えていった。
きっとそれも私の夢の実現を加速させたのだろう。
40も間近になりそろそろ自分のお店を持とうかと考えていると願ってもない話が舞い込んだ。馴染みのお客さんが私に耳寄りな情報を持ってきてくれたのだ。
街から外れた場所で小さな喫茶店を営んでいた老夫婦が歳のため、介護サービス付の高齢者マンションに移ると言うことだった。老夫婦には子供がいたようだがその店を継ぐ気はなく結局売ることにしたそうだ。
話を聞くと、街外れとは言え相場よりもかなり格安に思えた。
内覧に行って初めて見た物件は、思い描いていた三角屋根のお家とはちょっと違うけど、住居も併設されているので問題なかった。
思い立ったら吉日。
私は直ぐに準備に取りかかった。
そして、今まで住んでいたアパートを引き払い、引越も済んで開店準備に奔走していた時だった。
漸く最後の買い物を終え、ワクワクした気持ちで軽ワゴン車を走らせやっと手に入れた小さな自分のお城へ向かっていた。
慣れない車の運転の上に舞い上がった気持ちで気も漫ろになっていたのかも知れない。
突然林から飛び出してきた大きめの白い猫。
僅かな反応の遅れ。
まずいっっっ!!!!!!
それでも私は咄嗟にハンドルを切った。
車は脇道に反れ、急な下り坂になっている林の中を彼方此方ぶつかりながら引力に引きずられるが如く落ちていく。
ガタガタと地面から響く振動に為す術もなく徐々にコントロールを失っていった。
ガッガッガッッ! ドッガッシャーーーーン!!!!
激しい衝撃が体中に響き、シートベルトが胸に食い込み痛みを感じると同時に意識が飛んだ。
意識を失う直前に頭を過ぎったのは『綺麗な器を買ったのに割れなかったかしら?』というしょうもないことだった。
フワフワ揺れる感覚。
身体が温かいものに包まれた。
徐々に覚醒していき、瞼を開けると周りは真っ白の空間だった。
自分が立っているのか、座っているのか、横になっているのか分からない。
只、その白い空間に浮かんでいるという感じだ。
なっ、何? ここ何処?
辺りを見回す。
『申し訳無い…………』
突然頭の中に声が響いた。
どこから聞こえるのだろうと考える間もなく頭上から一匹の白い猫が私の目の前に現れた。
猫は空中に浮いていて、私も多分空中に浮いている。
空中と言っても地面が見あたらないので白い空間にふよふよしている感じだ。
もふもふの長い毛足。
金色の瞳の猫は普通の猫の3倍以上の大きさだった。
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