第4話
***
多紀が己の夢を自覚してからは、夢を叶えるための努力をずっと継続して来た。
たとえば、だ。多くの劇を生で見たり、流行のドラマも多く見た。自分の中で演技の引き出しを幾つも作ろうと、すれ違う人の人生を想像し、空想で演じてみたりもした。学生時代にクラス内で演劇をしたこともあったが、その時は多紀主導で行ない、妥協を許さなかった。
いつもレベル高く演技が出来る環境に身を置き続けていた。
だから、世間一般の高校生が作り上げる舞台を目にするのは、多紀にとって初めての体験だった。
「セリフ嚙んでるじゃない……」
舞台に立つ高校生が、顔を赤らめながら、舞台を進めていく。下手すると、小道具を持つ手が震える始末だ。
「緊張してるのが、こっちまで伝わって来る」
場面の暗転が、少しだけ早く、演者の台詞と重なってしまった。
「演出も、プロからしたら伝わらないわよ」
残念ながら、この高校が予選を突破することはないだろう。
プロの立場である多紀が見たら、足りないところが多すぎる。その足りなさを見逃すような真似を、審査員がするとは思えない。他の周りの学校の演技と比べて、五十歩百歩だったら話は別だが、その可能性もそうそうないはずだ。
最近の部活のレベルがこのくらいだとは、多紀は予想だにしていなかった。
やはりプロである多紀が、今更高校生の拙い演技を見たところで、学ぶべきことなんて何もなかったのだ。
そう冷静に分析する一方で――、
「どうして、目が離せないのかしら」
舞台で蠢く一挙手一投足すべてに、多紀は魅せられていた。
高校生の演技は、拙い。本当に大会に臨むつもりがあるのかと問いただしたくなるほどの、まさにお遊戯会同然のものだ。
しかし、舞台に立つ高校生は、真摯に演技に向き合っている。緊張も伝わって来るが、何よりも楽しそうにやっているのが、見ていればすぐに分かる。
その高校生の、幼く純粋な気持ちが、ホール中に伝播していた。
ここにいる人が、息を呑んで見守っている。多紀も自分がその一員になっていることに、ようやく分かった。
ここ最近、多紀はそんな純粋な演技をしただろうか。等身大の演技をする高校生の姿を見て、多紀は自問自答する。
いつも真摯に向き合って来たつもりだったけど、追い求めるベクトルが異なっていた。完璧に演じないとならないという思いと、楽しくやりたいという思い。最近の多紀が真摯に向き合っていたのは、前者だった。
楽しそう。
久しく向き合っていなかった感情が、ふつふつと多紀の心に湧き上がる。
その想いによって、多紀の胸の熱が燃え盛っていく。熱によって、心の中で何かが作られていく。おぼろげだった何かは、感情という炎で、何度も形を変える。何度も何度も。
そして、炎によって形が完成された時――。
「――ぁ」
多紀が胸の内の存在に気付いたと同時、ホール中に拍手が鳴り響いた。舞台上に立つ高校生は、全てを出し切ったような清々しい笑みを、くしゃくしゃに浮かべている。演技者だけでなく、舞台に関わった裏方の高校生まで表に立って、頭を下げて拍手を浴びている。
舞台は生き物だ。舞台を構成する要素が複雑に絡み合って、完成される。その完成形は誰にも分からない。まさか、あの拙い演劇が、このように拍手喝采で終えるとは誰が予想しただろうか。
けれど、その一方で、高校生たちのひたむきで楽しそうに演技をする姿を見ていたら、何となく予想を覆してくれるような気がしていた。
惜しみない拍手を浴びながら、幕が閉じていく。
拙いハッピーエンドを見届けた多紀は、急いで会場を後にした。
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