メスガキくえすと♡3~そして黒歴史へ……~
伊勢池ヨシヲ
第1話 プロローグ
ある日の夕方。俺は二か月ぶりに家の外へ出た。ネットでポチったAVの代金をコンビニで払うためだ。
どうしてクレカで払わないのかだって?
それは愚問というやつだ。
中学時代に不登校になってから30数年。社会に出て一度も働いたこともないこの俺が、クレカなど持っているわけないだろう。
なら金はどうしているのかって?
それも愚問だ。金ならある。親の年金というやつがな!
そして俺は親の年金支給日に合わせて、こうしてAVを購入するのを唯一の楽しみにしているというわけだ。
それはともかく、こうして外出してしまったことを俺は激しく後悔することになる。
というのもコンビニへ向かう途中、たまたま俺の進行方向の10メートルくらい先を学校帰りとみられる女子児童が歩いていたからだ。
おそらく小学校低学年くらいだろうか。鮮やかに映える赤いランドセルを背負い、バードテイルにした黒髪をリズミカルに揺らしながら歩くその姿は、まさに地上に舞い降りた天使そのものだ。
そんな俺の舐めるような視線に気づいたのか、女の子がちらっと振り返ると、そこからなぜか小走りになった。
さらに何度も振り返りながらその度に速度が上がっていく。
その様子は、まるで不審者から逃げようとしているかのようだ。いやもう実際逃げてる。
もしこの状況を誰かに見られでもしたら、間違いなく俺が女の子のあとをつけていると思うことだろう。たまたま進行方向が同じというだけなのに。
女の子がさらに速度を上げようとしたその時、石につまずいて勢いよく転んでしまった。
よっぽど痛かったのだろう。女の子は大きな声で泣き出してしまった。
ここで俺はしまった! と思った。
なぜなら、俺の目の前で女の子がうずくまり泣き声を上げている。これってはたから見たら、完全に俺が女の子を泣かしたって思うよね。それこそ、不審者による事案発生で即通報というやつだ。
このご時世、俺のようなおっさんの人権など無いに等しい。まして最近は、氷河期世代強制排除法とかいう狂った法律もある。社会全体が、氷河期世代の引きこもりおじさんを抹殺しにかかっているのだ。
この場にいてはマズい。一刻も早くここから逃げなければ。と思った矢先――。
「ねぇねぇ、おじさん♡ もしかして逃げるつもり?♡」
振り向くとそこにもう一人、学校帰りと見られる女の子が立っていた。
夕陽を受けて輝く銀色の長い髪に妖しく光る赤い目。そしてその端整な顔立ちからすると、どうやら日本人ではないように見える。年の頃は小学校高学年、たぶん5、6年生くらいだろう。
「その女の子、泣かせたのっておじさんだよね?♡」
「いや、ちがっ、こ、これはその、この子が転んで……」
何やら侮蔑を含んだ笑みを浮かべる女の子の問いかけに、俺は思わず言葉を詰まらせる。
ここで俺がどれだけ身の潔白を主張したところで、きっとこの女の子は信じはしないだろう。
いや、それはこの女の子に限ったことではない。誰だってこの状況を見たら、おっさんである俺が悪いと思うはずだ。
「ていうか、こんな時間にうろうろしてるって、おじさん無職なの?♡」
「うっ、それは……」
図星を突かれた俺は思わずたじろいだ。
「あはは♡ おじさんきょどってる~♡ やっぱ無職なんだ~♡ まぁ~その姿見ればすぐわかるけど~♡」
何だこのガキ? いや、この煽り方からするとメスガキというべきか。
「そんな無職のおじさんが、小学生の女の子を泣かせちゃったんだ~♡ しかも逃げようとしてたでしょ?♡」
「い、いや、だから、ちがっ……、お、俺じゃなくて……」
俺は激しく動揺してうまく言葉が出てこない。こんなの、我ながらめっちゃ不審者じゃないか!
「おじさん、どうしたの?♡ 汗すごいよ♡ あはは、気持ち悪~い♡」
女の子は底意地の悪い笑みを浮かべて覗き込んできた。
俺はよろめきながら後ずさる。
「あ、そうだ♡ ねぇねぇおじさん、どっちがいい?♡」
女の子が片手にスマホを持ち、もう片方の手でランドセルの肩ベルトにぶら下げてある防犯ブザーをつかんで無邪気に聞いてきた。
――えっ? どういうこと??
「110番されるか、ここで防犯ブザー鳴らされるか、おじさんの好きな方選んでいいよ♡」
何だ、その絶望しかない究極の二択は!
どっちを選んでも、結局俺は不審者にされてしまうじゃないか!
「ほらほら~♡ 早く選びなよ~♡ じゃないと、あたしが勝手に決めちゃうよ~♡」
「ぐぬぬ……」
女の子は侮蔑に満ちた目つきでじりじりと迫ってきた。
選べっても、110番されるのはガチでマズい。となると、防犯ブザー一択ということになるわけだが……。
そんなことを考えていたら、どこからともなくサイレンの音がけたたましく鳴り響き、パトカーがものすごい勢いでやって来た。
「おまわりさん、あの人です! あそこに不審者が!」
近所のおばさんらしき人物が大きな声を上げて俺の方を指差す。
どうやら俺がどっちか選ぶまでもなく、すでにこのババアが警察に通報していたようだ。
万事休す――。
だが、ここで捕まるわけにはいかない。
なぜなら捕まったら最後、おっさんの俺がどれだけ無実を主張したところで、犯罪者に仕立て上げられてしまうのは目に見えている。なんなら、あのいかれた法律で排除されかねない。
確かどっかの弁護士もテレビで言っていた。冤罪ならば逃げよと。
こうなったら全力で逃げるのみ!
長年子供部屋に引きこもってきた40過ぎのおっさんにはかなりキツいが、俺は全力で走り出した。
「待てコラァ!」
パトカーから飛び出してきた警官が追いかけてきたと思ったら――。
パンッ、パンッ、パンッ、パンッ、パンッ!
えっ!?
背後からいきなり拳銃の発砲音が聞こえてきた。
そういやこの前、氷河期世代強制排除法が改正されたとかで、警官が必要と判断した場合には警告なしに拳銃を発砲して、その場で氷河期を強制的に排除できるようになったんだっけ。
あ、あれ? おかしいなぁ、何だかフラフラする。身体に力が入らないぞ……。
――ドサッ。
い、いてぇ……。
「あ~あ♡ おじさん、全部食らっちゃってるよ~♡ 真っ赤っかだ~♡ おまわりさんから、てか、あたしから逃げられるわけないじゃ~ん♡ ざ~こざ~こ♡」
薄れていく意識の中で女の子のそんな声が聞こえた。
こんのクソガキ。いや、メスガキ……。いつか絶対わからせてやる!
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