竜琴編

第10話 うろこ

3月、龍灯の娘の竜理りゅうりが転変した。

これで来月の族長お披露目会には補佐官が全員参加だ。

にしても龍灯の娘はまだ5ヶ月だが、やっぱりでかい。子象はすでに4歳になった俺の娘と同じくらいの大きさだ。

龍灯の妻は獣人の妻たちの中で一番でかいから、娘もでかくて当然か。

まあ一番可愛いのはやっぱり妻に似ている俺の娘だな。



先月、熱を出した龍緑の妻は翌日には熱が下がって、夕方に龍緑が自分の巣に連れて帰ったけど、妻がやたらと心配してたな。

カバは俺の妻には悪さをしないと竜夢は言ってたけど、信用ならねぇ。

だが、それよりもあの黒猫の侍女だ。


結局、白鳥との手紙なんて見つからなかった。


かと言って仮にも本家の侍女が龍緑の妻を殺す理由もないし・・・やっぱり白鳥か?

それともワニか?


龍緑の妻には、竜夢の侍女を1人譲ることになった。ククの姪というから安心だ。

あいつが殺されでもしたら龍緑はしばらく使い物にならなくなるから用心するにこしたことはないな。



~族長居住スペース リュウカの部屋~


「え!龍陽!どうしたの?」


お昼寝から起きてきた息子を見て芙蓉は悲鳴をあげた。

「なにー?ママ?」

息子は首を傾げるが、 息子が寝ていた布団にキラキラ光る紫色の・・うろこ?

転変してないのに! ?


芙蓉は慌ててシュンを呼んだ。


「おー龍陽!ついに鱗が生え代わったのか!」


リュウカの部屋にやってきた夫は、嬉しそうな顔で息子を抱っこする。

「生え代わりですか?」

「ああ、お前も完全に二足形になったんだな。今日はお祝いだ!」

「???」

芙蓉は訳がわからない。


「竜の子は完全に二足形になった時に全身の鱗が生え代わるのです。もう若様が母の種族の姿になることはございません。転変ももうされないでしょう。若様が竜の子として成長された証です。」


シュンが丁寧に教えてくれたのだが、


『え?人の子とどこが違うの?』


芙蓉は疑問に思ったが、黙っていた。

「にしてもお前は親孝行だな。これで族長お披露目会の目玉は決まった!」

「え?」

夫はまたよくわからないことを言っている。


「龍陽の鱗が生え代わったの!?」

興奮気味の竜湖が乱入してきた。

「あ、伯母様!そうです!見てください!」

「も~龍陽はなんて一族思いな子なの!いいタイミングだわ!」

竜湖も大喜びしている。


「??」


芙蓉は1人困った・・・いや、息子もきょとんとして夫たちを見ている。


「あ、ごめんね。芙蓉ちゃん。鱗が生え代わるのは一生に一度だからとても貴重なの。来月の族長お披露目会の目玉にするわ。龍陽は族長長男で未来の後継候補だから一つ100万、うーん150でもいいわね。」


「ええ!?」

芙蓉は驚いた。


こんな・・薬指の爪サイズの鱗が一つ100万円を超えるの?嘘でしょ!?


「そ、そんなに貴重なものなのですか?」

「ええ。あ、ほら、私たちは黄虎と違って成獣の牙や爪が折れたらもう生えてこないし、藍亀と違って死んだ同族の身体を売り払ったりもしないのよ。10年に一度全身の毛が生え代わる朱鳳よりも紫竜の鱗は貴重なの。特に龍陽のうろこは見事な紫色だから高値がついて当然よ。ちなみに龍希の鱗は1つ130万円で即日完売したわ。」

「ええ!?」

芙蓉はまた驚いた。


「お披露目会にきた取引先に1つずつ配って、残りを1つ3~400万円で売りますか?」


夫がすごいことを言い出した。

「あ~ありねぇ。贈った鱗はさすがに転売できないから400でも買うでしょうね。あんたやっぱり商才あるわ。」

竜湖は感心しているが、 芙蓉はもう言葉がでない。


「あ!そうだわ。えーと、あ、これこれ。はい、これは芙蓉ちゃんに。」


竜湖は何やら布団の上の鱗を見回して、一つ摘まんで芙蓉の手に置いた。

「これは頭のてっぺんの鱗よ。これは母親に渡すルールなの。持っててもいいし、誰かにあげてもいいし、売ってもいいわよ。」

「あ、ありがとうございます。大切に持っておきます。」

「ふふ、そうだと思った。髪飾りとかアクセサリーにして肌身離さず持ってる奥様もいれば、大切にしまっておく奥様もいるわ。」

「え?あ、あ~!!」


芙蓉は思い出した。

芙蓉がまだ枇杷亭で妾をしていた頃、鶴の婆やが持ってきた孔雀の遺品に紫色の鱗があった。

あれって夫のだったの!?


「芙蓉、どうした?」

突然大声をあげた芙蓉を夫が心配そうに見てきた。

「いえ、昔、枇杷亭で見た孔雀の奥様の遺品にも紫色の鱗があったなぁと。」

「え!?そうなのか?」

「あら、キーラちゃんは保管してたのね。てっきり孔雀族の息子のために換金したのかと思ってた。」


「大切にされていたという宝箱の中にありました。綺麗な紫色で・・・」


「龍希は力が強いからね。強い竜ほど鱗の色が濃いのよ。でも龍陽も負けてないわ。さ、龍希、一つ残らず拾うわよ!」

竜湖と夫は鱗を拾い始めた。

芙蓉は手の中の紫色の鱗を見る。


人でいえば歯が生え代わる感覚が近いのかな?


そういえば息子には歯の生え代わりはあるのだろうか?

息子は人じゃないと分かっていたはずなのに・・・なんだろう?

なんか・・・もやもやする。



「ママ~?」

息子が芙蓉の着物の裾をひっぱる。

「どうしたの?龍陽」

芙蓉は笑顔を作る。

「だいじょうぶ?げんきない?」

息子は心配そうに芙蓉を見上げている。

「大丈夫よ。今日は龍陽のお祝いをしましょうね。」

「おいわい?・・・ケーキ!」

「うん、延さんに頼みましょう。なんのケーキにする?」


「うーんと、まえはいちごだったし、え~と、あ!ママのみはなにー?」


「え?ママのみ?」

「うん、ぼくはマンゴーでりゅうきんはいちごで、りゅうふうはひゅーがなちゅ?でしょ?ママのは?」

「あ!ママにはないの。」

「なんでー?」

「え?えーと、ママは紫竜じゃないから。」 「う?」

息子は首をかしげる。


『まだ難しいよね。私も・・・なんて教えたらいいんだろう?あなたと私は別の生き物よ、なんて』


芙蓉は困った。

「りゅうじんはママのみをわすれたの?」

「え?違うわ。えっと・・・ママは人だから。人は竜神様から実をもらえないの。」

「え?なんで?」

「人だからよ。」

「う~?」

「龍陽がもう少し大きくなったら分かるわ。それよりもケーキ!竜琴にも聞いてみましょう。」

「あ!ケーキ!りゅうきーん」

息子はもう切り替えて妹を探しに走って行った。


芙蓉は泣きそうになるのを堪えた。

どうしようもない孤独感に襲われていた・・・


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