第4話 鴨のひな
年末、龍兎は鴨族の妻と一緒に猪族の宿に来ていた。
夏前にはワニ毒で眠りこけて一週間以上本家で療養して、妻にはとても迷惑をかけてしまった。
まだ龍灯兄様の守番は続いているけど、新族長も決まり一族が落ち着いたので1泊2日の小旅行なら時間を作れた。
猪領も12月の空気は冷たいが、今日は雪は降ってない。
妻は優雅に湖に浮かんでリフレッシュしている。
龍兎はその姿を見ながらかれこれ2時間湖のそばで待っていた。
寒いし退屈だけど妻を1人にはできない。
それに・・・仕方なかったとはいえ、隣はあのシマヘビ領だ。
用心するにこしたことはない。
でも猪もなぁ。いとこの龍緑様が縁談を断って怒らせてるんだよなぁ。
あの龍希様が承認された縁談を断るなんて恐ろしいことするなぁ。
人族を娶らされるなんて龍希様を怒らせた報復をうけたのかな?
その割には龍緑様はなんでかご機嫌だけど・・・
龍希様といい龍緑様といい力の強い方の考えることは分からない。
どう考えたって人族なんかよりカラス、白鳥、カバ、猪の方が妻としては理想的なのに・・・
まあ僕には選択肢なんてないけど。
人族は小さすぎるし、自分より知能の高い妻なんて恐ろしくて仕方ない。 僕は絶対にごめんだ。
水の音がして妻が湖からあがってきた。
「お待たせしました。雪が降ってきましたし、宿に戻りましょう。」
「うん、帰ろう。」
やっと終わった~
龍兎が妻と連れだって宿に向かって歩いていた時だった。
「ん?」
道のそばの林から獣人の血と羽が焦げた臭いがする。
しかもこの獣人の臭いは・・・龍兎は思わず立ち止まった。
「どうされました?」
妻が不思議そうに尋ねる。
「鴨の獣人の臭いがする。怪我してるみたいだ。」
「え!?どこです?」
やはり妻は同族のことが気になるようだ。
龍兎は林に入って臭いの方に向かった。
2分もしないうちに怪我をして木の根元に倒れている鴨の雛が見つかった。
「ちょ、ちょっと!お嬢ちゃん大丈夫?」
妻が慌てて駆け寄って声をかけるが雛は目を瞑って返事をしない。
意識がないようだ。
複数箇所から出血し、羽のあちこちは焦げている。
かなりの重症だ。
「宿に連れて帰ってもいいですか?このままではこの子は凍死しちゃう。」
「うん、もちろん。」
妻のお願いには逆らえない。
でもなんで猪領に鴨の雛が?
~猪の宿~
妻付きの本家の侍女と龍兎の執事が鴨の雛の治療をしていると、雛が目を覚ました。
「あ!気がついた?喋れる?」
妻は心配そうに雛を覗き込む。
「はい。奥様?が助けてくださったのですか?」
「ええ。あなた名前は?」
「コーチです。」
「コーチのご両親は?なんでこんな大怪我を?」
「親とはぐれてさまよっていたら山火事にまき込まれて・・・必死でにげてきたんです。」
「まあ!ご両親は鴨領に戻ってるかも。迎えを呼ぶわ。」
「あ・・・私は混血で・・・いのしし領で生まれ育ったので」
「え!?なんで猪領?親はなんの種族なの?」
「母が鴨で父は白鳥らしいのですが・・・父に会ったことはありません。母はいのししの商人の使用人をしていたのですが、先日くびになって・・・
もう私を置いてどこかに行ってしまったと思います。私はじゃまだっていつも・・・うう」
泣き始めた雛を見て、妻も目に涙を浮かべている。
「まだ雛なのになんて酷い・・・私の実家に頼んで働き口を探してあげる。」
「え!?そんな・・・私は混血ですから奥様のご実家のご迷わくになります。」
「でも、見捨てるなんてできないわ。」
鴨たちのやり取りを龍兎は一歩引いて見ていた。
山火事の臭いなんて周囲からしなかった。
それにこの雛から猪の臭いもほとんどしない。
猪領で生まれ育ったならもっと臭いがついてるはずなのに。
ただ、龍兎や妻に対する悪意は感じない。
「あの・・・この子を私のそばに置いてはダメですか?」
「え!?」
妻の予想外のお願いに龍兎は驚いた。
いや、妻のお願いは絶対・・・いや、でも!
「ねえ、君、嘘ついてるでしょ。」
「え!?そんな!私は」
雛は狼狽える。
「君から猪の臭いなんてほとんどしない。シマヘビの臭いがする。」
「ひ!」
龍兎の言葉に鴨の雛は震えあがった。
「え?シマヘビ?」
妻は不思議そうな顔だ。
「さすがに嘘つきを妻のそばには置けないよ。」
「あ、あの・・・」
雛はなぜか泣き始めた。
「どうしてそんな嘘を?」
妻は優しく問いかけている。
うらやまし!
僕には冷たいのに~
龍兎は拗ねた。
「ご、ごめんなさい。ほ、本当は、母と一緒にシマヘビの奴れいにされていたんです。そのシマヘビの屋しきが火事になって必死で逃げてきたんです。それで母とははぐれて・・・。ほ、本当のことを言うとまた奴れいとして売られるかもって・・・ううう」
「まあ!雛を奴隷にするのは違法よ!」
妻は怒り出した。
「わ、私は混血ですから鴨族のひご?は受けられないのです。う、う、だから母は私がじゃまだって。うわーん」
「あまりにも可哀想です!連れて帰ってもいいでしょう?私には侍女が1人しかいませんし。」
「え・・・」
妻の勢いに龍兎は困った。
確かに妻には本家の侍女1人だ。
妻は実家から侍女を連れてこなかった。
本家に鴨の使用人は居ないから龍兎も妻の同族を用意しようがなかった。
いや、でも拾いものを妻の侍女になんて・・・
してたなぁ。
他ならぬわが一族の新族長が!
あの方は自由すぎない?
そういえば龍希様が拾った人族は毒見で死んだんだっけ?
いやアホウドリの使用人に殺されたんだったかな?
「聞いてます?」
「あ、は、はい!」
妻の怒りを含んだ声に龍兎は我にかえった。
「いいですよね?」
「僕も紫竜一族も責任持てないよ。」
「構いません。私が連れて帰るんですから、私が責任を持ちます。」
妻は譲りそうにない。
こんなに気の強い獣人だっけ?
やっぱり同族がそばに居ないことが相当ストレスだったのかなぁ?
「分かった。いいよ。妻のお願いだからね。」
龍兎は折れた。
こんな雛1匹のためにこれ以上妻に嫌われるのは勘弁だ。 今の妻を逃したらもう龍兎に縁談なんてないのだ。
「コーチ、よろしくね!」
妻は嬉しそうだ。
僕のプレゼントより嬉しいの!?
龍兎はショックをうけた。
「お、奥様!このご恩は忘れません。一生けんめいお仕えします。」
雛はそう言って土下座した。
こうして鴨の雛ことコーチはススキ亭の妻付きの侍女見習いになったのだが、龍兎は後に深く後悔することになる。
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