【BL】三つ数えてキスを待て
日間田葉(ひまだ よう)
第1話 路地裏の銃声
歓楽街の裏通りにある寂れたレストランは深夜の静寂の中、ひっそりと営業をしていた。夜も深くなった通りは人もまばらになり店内だけが薄赤く窓から光を漏らしている。客といえばカウンターに酔った爺さんが一人と窓際のテーブル席にスーツの男が座っているだけだった。
テーブル席の男は入り口と窓の外に時折目をやりながらすっかり冷めたコーヒーの中をスプーンでかき混ぜてはソーサーにカタンと置き、またしばらくするとスプーンでかき混ぜるそんなことを繰り返している。
時計の針が二本とも真上を指したとき、零時を教える時計の音が鳴ると銃声と共に小型のバンがレストランに飛び込んできた。路面側の壁をぶち破り突っ込んできたバンはスーツの男の座っていたテーブルを目の前で跳ね飛ばし横転すると積んであった小麦粉をぶちまけた。
目の前のテーブルが消え去っても間一髪無事であったが持っていたものは巻き込まれたのか手元からなくなっている。男は慌てて小麦粉の充満した店内から走り出るが漏れたガソリンに引火したうえ充満した小麦粉の粉塵爆発の凄まじい爆風と共に男は吹き飛ばされ向かいのビルの壁に叩きつけられた。
そこへ車のブレーキ音とクラクションが鳴り響き急停車した車から青年が二人出てきて惨状を嘆く。
「やべぇ、あのバン、店に突っ込んだんだな爆発してんじゃねーか」
「ニーコがこんなところでタイヤを撃つからだよ」
「ここで撃たないでどこで撃つんだよ、てゆーかそこに寝てる奴は関係者か」
「どうだろう、ギャングには見えないけど」
金髪の青年が蹲った男の首に手を当てているとまた店から爆発音がした。
「ヤバいな、ここから逃げないと」
ブルーグレイの髪の青年は遠くに人影をみて焦っていた。
「この人、まだ息があるよ、助けなくちゃ」と金髪の青年は冷静にいう。
「何言ってんだディーノ、知らないヤツを助ける必要ねぇよ」
「ダメだよ、絶対に俺たちのせいだ、責任とらないと。ギャングの残党に見つかったらこの人どうなるか分からないよ。連れて行く」
ディーノと呼ばれた金髪の青年はきっぱりと言った。
「ちっ、仕方ねぇ」
男は青年二人に抱えられ傍らに止めてあった車の後部座席に押し込まれるとその横にディーノも乗り込み車のドアを急いで閉めた。
「ニーコ、早く出してくれ」
運転席に座ったニーコは後部座席を振り返ると心底呆れたような顔をする。
「お前はほんとお人よしだな、ほっときゃいいのに……」
バンッ
ガンッ
言い終わらないうちに銃声とともに車のドアミラーに嫌な金属音が鳴り響くとディーノは男をシートに沈めて覆いかぶさりながら叫んだ。
「いいから早く。残党が来たぞ」
チッと舌打ちしたニーコはアクセルを思い切り踏み込んだ。
車は急発進しビルの谷間を抜け表通りに走り出た。タイヤを鳴らし腰を振りながら猛スピードで飛ばす車に銃声はそれ以上追ってはこない。
目を閉じている男の顔をじっと見下ろしながら「アルテミス病院に行ってくれ」と運転席のニーコに言うとディーノは自分の上着からスマホを取り出して電話をかけた。
「やぁ、フレディ、急患なんだ。今からそっちに行くからよろしく」手短にそういうと相手が何か喋っている途中で通話を切った。
アルテミス病院につくと裏手にある救急外来の入り口にニーコが車を横づけにした。そこには眼鏡をかけた医者らしき青年が腕組みをして立っている。
後部座席から先に降りたディーノが眼鏡の青年に手を振ると医療用ベッドを押しながら脇までやってきて意識のないスーツの男を二人で抱き上げて寝かせた。
「ありがとうフレディ」
「気軽に急患を連れてこられても困るんだけどね」と眼鏡の奥のタレ目をしかめるが睨んでも少しも怖さを感じない優しそうな医者は肩でため息をついた。
「もちろんこのお礼はするよ。頭を怪我してるから一応検査したくて、僕の診療所だと設備がないの知ってるだろ」
「分かった、僕が診るよ。MRIは明日じゃないと空きがないから今日は入院してもらうよ」
「了解。看護師はいらないよ、僕とニーコで面倒みるから」
「そりゃいいや」とフレディは笑って入り口すぐの緊急救命室に入った。
その頃、爆発したレストランの前には警察に消防、そして野次馬が集まり混沌としていた。
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