第26話 再び森林地帯へ

 俺は隷属の首輪を外して家族の元へ返してあげようと提案してみたが、ジゼルは頼れる家族が居ない事と、ここには支えてくれる人達が居るという事で断られてしまった。


 俺はいずれこの世界から現代日本に帰るのだ。


 無責任にこの世界に干渉するのは良くないので、これ以上勧める事はしなかった。


 ジゼルは俺のサラサラの髪の毛や艶のある肌が羨ましいようで、手入れの方法とかを知りたいようだったが、これは保護外装なので曖昧に答えることしか出来なかった。


 そんな会話の中で魔素水泉で水浴びをしていると言うと、とても興味深そうに聞いていた。


 ジゼルは外の世界を殆ど知らないらしく、俺の狭い知識でも興味深そうに聞いてくれていた。


 楽しい時間は直ぐに過ぎてそろそろ娼館が忙しくなる夕刻が近づき、脱出する時間になったようだ。


 この世界で俺に好意的だったのは、ドワーフのバラシュとこのジゼルだけだった。


 バラシュは自分の国に帰ってしまったので、気軽に会えるのはこのジゼルだけなのだ。


 そこで俺は、ジゼルに友達になろうと提案してみる事にした。


「ねえ、ジゼル。私達もう友達よね」


 俺がそう言うと、ジゼルはちょっと驚いたように目を見開いていた。


「私はその・・・奴隷だから」


 そう言うとジゼルは頭を垂れてしまった。俺はそんな事に興味はなかった。


「それがどうかしたの?」


 俺がそう尋ねると、ジゼルは悲しそうな顔をしていた。


「奴隷は・・人とは違うから」

「そんな事はないですよ。貴女は立派な人ですよ」


 俺がそう言うと、ジゼルはとても嬉しそうな顔をしてくれた。


「ありがとう」


 ジゼルとも友達になれたので、俺は満足してここを脱出することにした。


「ジゼル、貴女とおしゃべりが出来てとても楽しかったわ。そろそろお暇するわね」


 するとジゼルは一瞬寂しそうな顔をしたが、直ぐに普通の顔に戻っていた。


「うん、私も仕事あるし、今日は楽しかった」


 そう言いながらも、ジゼルは俺の手を掴んだままだった。


 俺がそれを指摘すると、ちょっと罰の悪そうな顔をしながら手を離してくれた。


 俺は娼館の裏口から外に出ると一旦領主館の方に向かった。


 出来るだけ娼館とは関係無い所で一度発見されてから、この町を脱出するつもりだった。


 見つかる前の脱出してしまうと連中はしらみつぶしに町中を捜索して、ジゼルに迷惑が掛かってしまう可能性もあるからだ。


 町中を態と逃げ回っていると、この町がイメージと違う事が直ぐに分かった。


 それというのも、大きな通りの両側には目隠し用の植え込みが並び、路面店や露店等が全く無いばかりか道行く人達の姿も無いのだ。


 人が何処に居るのだろうと魔力感知で探ると、通りから入った先にある建物に反応があった。


 そこで反応があった先に行ってみると、そこは日本で言う所の車で来店することを前提とした郊外の大型店といった感じだった。


 そう言えばあの猫背の男がここに来るのは貴族や商人だけだと言っていたが、客は馬車で来るのが前提なのだろう。


 そうすると店舗の入口に居る厳つい顔をした門番は、さしずめ来店者の馬車の格式やらドレスコードをチェックして入店に相応しい人物かどうかを品定めしているのだろう。


 成程、これじゃ歩いて行っても中に入れて貰えそうも無いな。


 猫背の男が言ったことも確かめられたので、そろそろこの町から脱出することにした。


 暫く壁に沿って歩いていると、ようやく追っ手に見つけられたようだ。


「居たぞ、こっちだ」


 俺は声がする方を見ると、男達がこちらに向かって駆けてくるところだった。


 俺は涼しい顔で追っ手から逃げていた。


 重力制御魔法で僅かに浮き上がり飛行魔法で移動していると、スケートで滑っている感じで逃げるのが簡単だった。


 追っ手の数は、最初の数人から数十人に増えてきたのでそろそろ頃合いだろう。


 高い城壁の傍まで移動して来ると、追っ手は俺を逃がさないように半円形に包囲していた。


「おい、いい加減大人しくしろ。どうせ隷属の首輪には逆らえんぞ」


 どうやら追っ手は俺が隷属の首輪を外したことに、まだ気が付いていないようだ。


 せっかくだからその自尊心を粉砕してやろうと、俺は態とフードを外して首元を見せてやった。


 すると直ぐに隷属の首輪が無い事に気が付いたようだ。


「お前、隷属の首輪はどうした?」

「あんなガラクタが、私に通用すると本気で思っていたの?」


 俺がそう言うと、その男は細い目を見開いて顔を真っ赤にしていた。


「ごきげんよう皆さん。もう会う事もないでしょうけど」


 俺は軽くジャンプするとそのまま重力制御で上空に舞い上がり、見せつけるように大きな2枚翅を具現化してから高い城壁を越えて、ヴァルツホルム大森林地帯に飛んで行った。


 +++++


 アルベルトは町中に拠点があるアディノルフィ商会の責任者ベキスに、霊木の実の鑑定を頼んだ。


 ベキスによると、これは先帝陛下が気に入った人物にだけ振舞うという高級フルーツで、魔素を大量に含んでいて相当美味しいらしい。


 ヴァルツホルム大森林地帯の奥地でしか手に入らない希少性もあって、美食家を自称する貴族の間では伝説のフルーツになっているそうだ。


 それを聞いて急いで戻ってくるとそこに雌エルフの姿は無く、タツィオが牢の中で伸びていた。


 アルベルトは、人選を間違えた事に後悔した。


 大方予定より早く目覚めた雌エルフに誘惑されたのだろう。


 女にモテたことも無いブ男がアレだけの美人に言い寄られたら、赤子の手を捻るよりも簡単に落ちただろう。


 だが、簡単にあきらめる訳にはいかない程、雌エルフの価値は高いのだ。

 

「おい、手の空いている奴を全部集めろ。あの雌エルフを何が何でも捕らえなければならない。それから全員にフラムを持たせろ。これがバレたら俺達はドーマー辺境伯様に殺されるぞ。急げ」

「へ、へい」


 フラムとは錬成術師フラムが作り出した魔法の盾で、近接戦しかできない戦士等が遠距離攻撃を行う魔法使いと戦うために作りだしたマジック・アイテムだ。


 魔法攻撃をこの盾で防ぎながら、近接戦に持ち込めるのだ。


 この盾は魔力障壁と同じ効果を発揮するので、青色魔法までなら余裕で耐える事が出来た。


 緑色魔法でも1、2発なら耐えられるので、その間に接近してしまえば魔法使いを仕留める事が出来るのだ。


 かなり高価なマジック・アイテムだが、ドーマー辺境伯はそう言った物を集めるだけの財力を持っているのだ。


 この盾が販売されてから、魔法使いの地位がかなり低下したのは確かだった。


 集まった部下を6つの班に分けると、パルラの町中に雌エルフの捜索に当たらせることにした。


「いいかお前ら、相手は金髪のエルフだ。美人だからと言って心を奪われるなよ。命令は絶対だ。必ず捕まえるのだ」

「「「へい」」」


 部下達が捜索に向かうと、フラーキも一隊を率いて領主館を出発した。


 あちこちをしらみつぶしに探しているが、全く姿を見かけなかった。


 諦めかけた所で、発見したという知らせが齎された。


 急いで発見場所に向かうとそこにはローブを被った雌エルフがいたのだが、どうやったのかは不明だが既に隷属の首輪を外していた。


 そして、パルラの高い城壁を簡単に超えて逃げ去ったのだ。


 ちくしょう。


 逃した魚は大きかった。

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