第24話 眼前の危機

 俺が深い眠りから覚醒した時俺の目に写ったのは、俺を見下ろしている猫背の男だった。


 その男は愚鈍そうに見えるが、あちこちに傷跡があり喧嘩慣れしていそうだ。


 それから自分の状態を確かめると、首に何かが嵌められていた。


 どうやら俺はあの男に騙されたようだ。


 初めてシェリー・オルコットに会った時も、好意的に接してくる彼女を直ぐに信用して痛い目に遭ったのを思い出した。


 俺はどうしてこうもおめでたいんだと自分が嫌になったが、今は反省の時ではなかった。


 まずは情報収集が先決だった。


 それには猫背の男から聞き出すしかなかった。


 上半身を起こして居住まいを正すと、笑みを浮かべて話しかけた。


「ここは何処ですか?」

「お前、牢を知らねえのか?」


 そう言われて周りを見回すと、牢にはおなじみの鉄格子と部屋の奥には考えたくない壺が1つあった。


 だが、俺が聞きたいのはここが牢屋という情報ではないのだ。


「ここは私が連れて来られた館で間違いありませんか?」

「ああ、そうだ」


 猫背男は舐めまわすような視線で俺の体を眺めていた。


 それはまるで視姦されているような感じで、鳥肌が立つほどおぞましかった。


 そして猫背男が近づいてきた。


 その目的は明白だった。


 俺は距離を取るため後ずさりしながら警告した。


「それ以上近づくと痛い目に遭いますよ」


 すると猫背男は口角を上げて、俺を馬鹿にするかのように言い放った。


「おめえの首にあんのは隷属の首輪だ。魔法なんか使えるもんか」


 うん、隷属の首輪? 魔法が使えないだと?


 この男はおかしなことを言うものだ。


 だが、猫背男が更に近づいて来たので、俺は牢屋の壁まで追い詰められていた。


「おい、俺もそんなに暇じゃねえんだ。大人しくしていろ」


 そう言うと猫背男は舌なめずりしながら、いやらし目をこちらに向けてきた。


「お前は性奴隷として売られるんだ。だが、その前にちょっとだけ味見してもいいよなあ」


 嫌だよ、味見がしたいのなら他を当たってくれ。


 幾ら女性型の保護外装を纏っているからと言って、全てを再現している訳ではないのだ。


 ここはアメリカの刑務所ではないんだぞ。


 だが、俺の願いもむなしく猫背男が俺の足首を掴んできた。


 掴まれた瞬間俺の体には電流が走ったような衝撃があり、思わず条件反射で攻撃魔法を撃ちそうになったのをすんでの所で止めていた。


 ここはまだ我慢だ。


「人が来たらどうするのです?」


 理性を失った獣には、上司が来るぞという脅しをかけると意外と冷静になるものだ。


「ああ、ここは館の地下牢だ。俺以外誰も来ないさ」


 ああ、どうやら失敗らしい。


 だが、ここが館の地下だというのは分かった。


 それに誰も来ないのなら、この男を倒して脱出しても直ぐにはバレないという事だ。


 後は店の情報が欲しいな。


 猫背男の手が足首から太ももに向けて動いてくるのを途中で止めると、にっこり微笑んでやった。


 そう言えばシェリー・オルコットにも似たような事をされたような気がするが、今思うといいように情報を取られただけだったという事に思い至った。


 その事に気が付いて顔が引き攣りそうになったが、なんとか表情を崩さないように表情筋に力を込めていると、猫背男は俺が震えていると誤解したようでニヤリと笑ったのだ。


 思わずその顔を殴りつけてやりたくなったが、必死で我慢していた。


「と、ところで、この町で服を買うとしたら何処へ行けばいいのでしょうか?」

「何を言ってんだ。この町に客として来れんのは旦那様が許可した貴族か商人だけだ。お前が店に行ったって門前払いなるだけだ」


 なんだと。


 という事は、買い物も出来ないという事か。


 久しぶりに買い物ができると喜んだというのに、こんなオチだったとは。


 俺が楽しみを潰されて落ち込んでいると、猫背男が俺を押し倒して両足の間に体を押し込んできた。


 おっと、これ以上は無償サービスの範囲を超えているな。


 テクニカルショーツに手を入れると、ダイビンググローブに指先が触れた。


 これなら静かに相手を無力化出来そうだ。


 俺はもぞもぞと動いて左手にダイビンググローブを嵌めていたが、その間猫背男は俺の保護外装の胸に夢中になっていてまったく気が付いてもいなかった。


「お前、いい匂いだな。それに柔らかい」


 この男は、魔法が使えないと思っているようだがそれは大きな間違いだ。


 それというのも隷属の首輪が魔法を無効化するというのなら、この保護外装は解除され、防御手段を失った俺は海城神威に戻り、生存不可能な環境下で死んでいるはずなのだ。


 ところが保護外装は今も機能しており、常時掛けている重力制御魔法も有効だった。


 俺は左手に付けたダイビンググローブで猫背男の背中に触れると、エナジードレインを発動して体内魔力を一気に吸い上げてやった。


 バシッっという音と共に魔力を吸い尽くすと、猫背男は気絶して動かなくなった。


 だが、態勢が悪く猫背男が俺の体に覆いかぶさったままだったので、そのまま下敷きになっていた。


 全くこれで奴が死んでいたらまさしく腹上死だよな。良い思いが出来たか?


 俺は、もぞもぞと体を動かしてやっとの思いで猫背男の体の下から脱出する頃には、大汗を掻いた気になっていた。


 全く意識のない人間は重たいというのは本当だな。


 隷属の首輪もエナジードレインで外すと、その構造は魔物が付けていたアンクレットと同じで、首輪の内側には魔力結晶が付いていた。


 俺は猫背男の体を調べると鍵と財布を見つけた。


 財布は俺の保護外装を弄った代金として、正当な報酬として受け取っておこう。


 猫背男を牢の中に入れたまま施錠すると、牢で見つけた灰色ローブを頭から被り目立たないように変装した。


 それから階段を上り扉を開くと、そこは見た事がある廊下だった。


 俺は魔力感知で人が居ない事を確かめてから、最初に案内された部屋に入ってみた。


 そこには没収されていたサバイバルナイフとスリングショットが置いてあり、ゴミ箱には霊木の枝もあった。


 それらを回収しているとテーブルの上に1枚の紙があり、俺の保護外装に似た似顔絵が描かれていた。


 俺はそれをテクニカルショーツのポケットの中に突っ込むと、窓を開けて裏庭に出て行った。


 猫背の男の情報で買い物が出来ない事が分かっていたので、後は町から脱出するだけだった。



 俺が植え込みの中を隠れながら進んで行くと、複数の男達が何かを探しながら走り回る姿があった。


「居たか?」

「いや、見つからない」

「くそ、何処いきやがった」


 意外に早く脱獄がバレたらしい。


 俺を探している連中を目の隅に捕らえるとさっと方向を変えて植え込みの裏や建物の影に潜り込んだ。


 こちらは飛行魔法をかけて地面スレスレを飛行しているので、2本脚で走る連中とではスピードも違うし方向を急に変える事も容易なので簡単に撒けるのだ。


 そうやって建物の裏を軽快に飛ばしていると、突然目の前に扉が現れた。


 車は急に止まれないが、飛行魔法で飛んでいる人間も直ぐには止まれないのだ。


 最後に覚えているのは、目の前に迫った重厚な扉と頭の中に弾けた沢山の星だった。

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