第21話 人の町へ

 魔力感知の反応を見ると、スクイーズは町の外縁部に到着しそこに居た他の動体に襲い掛かっているようだった。


 俺がその現場に到着すると、既に数人が地面に倒れていて魔物から逃げ回っている人達には獣耳と尻尾が付いていた。


 この世界で見た獣人は里を襲われていたし、今目の前でも魔物に襲われて逃げ回っていた。


 ひょっとして、この世界の獣人は弱い存在なのかもしれないな。


 現場に足を踏み入れると逃げまどっていた獣人が俺に気が付き、皆手を俺の方に振って「早く逃げろ」というジェスチャーをしていた。


 そうは言われてもこの状況を招いたのは俺なので、此処は何とかしないといけないのだ。


 俺は混乱して暴れるスクイーズの目の前に移動すると、そこで両手を打ち合わせる猫騙しをしてみた。


「ぱあん」


 突然の音に驚いたスクイーズが立ち止まると、その眼に俺の姿が映っていた。


 すると器用に後ずさりを始めたと思った次の瞬間、回れ右をして脱兎のごとく森林地帯に向けて逃げていった。


 そんなに俺が恐ろしいのかとちょっと傷ついたが、これ以上被害者が出ないのならそれで良い事にしておこう。


 それから周りに倒れている獣人達の具合を調べてみると、酷い怪我をしていたので霊木の根の薬液で治療していった。


 その効果は覿面で、淡い光が体を覆うとうめき声が消え、皆起き上がると狐につままれたような顔をしていた。


 それにしても使う事も無いと思っていた霊木の薬液が、これほど役に立つとは思いもしなかった。


 そんな時、後ろから声をかけられた。


「貴女が暴れていた・・・ということではないのですよね?」


 振り返ると、そこには人間達が居た。


 どうやら俺がここで大暴れしたのかと質問しているようだ。


 この誤解は直ぐに解かないと拙いだろう。


「ええ、違います。暴れていたのは魔物で、私はこの人達が魔物に襲われていたのを助けに来たのです」


 一応言い訳はしてみたが、既にスクイーズは逃げた後なので、何処まで信用してもらえるのかは相手次第だった。


 目の前の男は、どうやら様子を見に来た人間達のリーダーのようだ。


 男は周りを見回してから俺の方をまっすぐ見てきた。


「それはありがとうございました。私はこの町の防衛責任者アルベルト・フラーキと申します。貴女はひょっとしてエルフなのですか?」

「私はユニスと言います。ええ、そうです私は新種のエルフです」

「ほう、それは珍しいですね」


 そう言ったアルベルト・フラーキの目が怪しく光ったような気がしたが、直ぐに元に戻っていた。


「お礼がしたいので、私共の館まで一緒に来て頂けませんか?」


 これは俺の説明を受けいれてくれたとみていいのだろう。


 せっかくだから相手の誘いに乗ってみるのも面白いか。


 うまくいったらこの町で買い物とかもできそうだしな。


 今の俺の恰好は、半袖のインナーにサーフパンツそこにテクニカルショーツを履き、足元はダイビングブーツのままなのだ。


 こちらの世界で見かけた人種や獣人達は肌が露出しない服を着ていたので、それだけでも服装に違和感があるのだ。


 それに胸が苦しいので、もう少しゆったりとした服も欲しかった。


 俺は二つ返事で了解をすることにした。


「ええ、喜んで」


 俺がそう言うと、アルベルトと名乗った男は城壁に空いている門を指し示していた。


「門の内側に馬車を用意してあります。ささ、こちらへ」


 俺はその招待に応じることにして、人間達と一緒に城壁の中に入って行った。


「被害状況を確かめなくてもよろしかったのですか?」

「ああ、それは別の者がやりますから心配には及びませんよ」


 小さな門を潜って壁の内側に入るとそこには馬車が待機しており、馭者が扉を開けてくれたのでそのまま乗り込んだ。


 中は大人4人が座れる空間になっていたが、乗り込んだのは俺とアルベルト・フラーキだけだった。


 馬車が動き出すと、魔物が襲ってきた時の状況を事細かく聞かれたため、馬車の窓から町中の店を探す機会が失われた。


 それにこの男の視線が胸や足に逸れていたが、それは気にしないでおいた。


 暫くすると馬車が止まり、外側から扉が開かれた。


 そこから見えるのは石造りの建物と扉だった。


 案内されたのは3階建ての建物の1階にある客間だった。


 そこには応接セットが置いてあり、指定された椅子に座るとアルベルト・フラーキが控えていたメイドに何やら指示をしてから腰を下ろした。


 俺は久しぶりのフカフカのソファに腰を下ろすと、その柔らかさを堪能していた。


 やがて先程指示を受けていたメイドがワゴンを運んで戻ってくると、テーブルの上に2人分のお茶と焼き菓子を置いて行った。


「ところでユニスさんは、何故あのような場違いな場所におられたのですか?」


 やはり普通に考えれば、あんな場所に居ること自体がおかしいのだろうな。


 目の前の男は案外話が分かるような気もするが、初対面の相手をあまり信用すると痛い目に遭う危険もあった。


「森の中で魔物に出会ってしまい、逃げ回っている内にこの町の近くまで来たのです」

「ほう、するとユニスさんはヴァルツホルム大森林地帯に住んでいるという事ですか?」


 あの森は広大な広さがあるから、別にそれを肯定しても問題無いだろう。


「ええ、そうです」

「するとそこには、他にも貴女のようなエルフが居るのですね?」


 何故だろう。


 この男はとても期待を込めた目で、こちらを見ているような気がするのだ。


「いえ、私は1人です」

「えっ、1人? それでは貴女は里から出てきたという事ですか?」


 こいつはなぜこうも俺の家族や仲間の事を気にするのだろうか?


 だが、これ以上情報を与えるのはまずいような気がしてきた。


「私は変異種のエルフです」

「という事は、他の方々は普通のエルフということですか」


 なんだろう、この男はとても残念そうな顔をしているぞ。


 それよりも俺は、この町で何が買えるのかに興味があるのだ。


「ところでこの町では服や日用品が買えるのでしょうか? あ、それとマジック・アイテムの売買をしている店とかもあると嬉しいのですが」


 俺はこの世界の金を持っていないから、霊木の根でも売って資金を作らないと買い物も出来ないのだ。


「ああ、それならばこの町の案内図がありますから用意しましょう。暫くこちらでお待ちください」


 そう言うとアルベルト・フラーキは部屋を出て行った。


 俺はこの町の案内図を思い浮かべながら、何を買おうかとあれこれ考えていた。


 それはとても幸せな時間だったが、やがて部屋の中に何やら甘い香りが広がったのに気が付くと、そのまま意識を失っていた。

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