第2話 先達の日記
海城神威は遺跡の壁に背中を預けながら、影島あおいの日記を読んでいた。
影島あおいというのはこの日記帳の裏表紙に書いてあった名前で、日記帳はこの遺跡の一室でテーブルに突っ伏した白骨死体の手元にあった物だ。
この日記帳によると、影島あおいは百年前にこの地にやって来た日本人のようだ。
そして表表紙を開いて最初のページに目を向けると、そこにはまるで小学生のテストにでも付けるような花マルを描いた文章が記載されていた。
あれ、これって他人に見せる事前提なのか?
◇◇◇◇
「この日記を読んでいるという事は、あなたは最初の試験に合格したのよ。おめでとう。そんなあなたには私が知ったこの世界の情報を教えてあげるわ」
◇◇◇◇
ここに記載してある最初に試験というのは、俺がこの遺跡に飛ばされてから最初に行った行動の事だろう。
追い詰められた俺は、普段は胡散臭くて絶対相手にしない情報屋からシュメール人の海底遺跡があるというネタを信じて、海に潜ったのだ。
そもそもシュメール人自体、紀元前3千5百年前の古代メソポタミア文明の頃の話なのだ。
そんな遺跡が残っていること自体、おかしいと思わなければいけなかったのだ。
だが、最早そんな判断力は俺に残されておらず、目の前の宝の事しか考えられなくなっていたのだ。
そして海底遺跡への入口を見つけてしまった俺は、僅かに残っていた理性が吹き飛び、初見の遺跡にまっすぐ突っ込んで行くという愚行を冒してしまったのだ。
その愚かな行動は、直ぐに後悔に変わった。
遺跡の中にあった円形の空間に入ったところで罠が発動し、石室に閉じ込められたのだ。
必死になって出口を探したのだが、酸素が無くなるとそのまま意識も失った。
やがて深い海の底から浮き上がるように意識が戻ってくると、俺は石の床にうつ伏せで転がっていた。
気を失っている間に口からレギュレーターが外れていたが、そのおかげでここには空気があるのが分かった。
そしてここが何処なのかと周りを見回してみると、意識を失ったのと同じ円形の空間なのに気が付いた。
そして最大にして唯一の違いは、ここが海底じゃないという事だ。
この空間には出口が1つあり、その先は緩やかな登り斜面のスロープになっていた。
俺は重たい酸素ボンベを外しウエットスーツ等を脱いで、インナーにサーフパンツ姿になっていた。
そして荷物を入れているテクニカルショーツを再び身に付けた。
動き易い恰好になったところで、普通だったら唯一の出口に向かいたいところだが、俺は破産しかけたトレジャー・ハンターなのだ。
出口よりも遺跡にある財宝の方に興味があったので、隠された通路や部屋を探し始めた。
暫く壁の突起やら床の窪みやらを調べていると、ようやく隠し通路を見つけたのだ。
一度罠にかかっていた俺は、罠を警戒しながら探索していると、幾つか生きている罠を見つけて回避していた。
そして台座がある部屋に辿り着いたのだ。
その台座には8つの発煙筒のような円柱形の筒が並べられ、右利きの俺は右端の1つに手を伸ばした。
するとその筒から白煙が噴き出し、俺はすっぽりとその煙に覆われてしまったのだ。
煙が消えると俺の手は白く華奢な物に変わっており、驚いて思わず漏らした声はとても可愛らしくなっていた。
何かが起こったことは体形が女性化したので分かったが、この遺跡には鏡が無いので顔を確かめる事は出来なかった。
この日記のおかげで、体形が変わったのが保護外装の影響で、これは地球人がこの世界の環境に適用するために必要な物だという事が分かった。
ちなみに、この保護外装を身に付けずに外に出たら1時間も生きていられない状況だったらしい。
それを知った時は、一瞬破産寸前だった事を良かったと思ってしまった程だ。
その後直ぐに、そもそもここまで追い込まれていなかったらこんな所に来ていない事を思い出し、一瞬でも破産しかけて良かったと思った自分を呪っていた。
そしてこの保護外装は魔力が供給されている限り時間制限は無いらしいので、突然保護外装が消えて死んでしまうという事態は避けられそうだ。
それは同時に他の保護外装への換装も出来ないという事だが、俺にコスプレ趣味は無いので着せ替えが出来ないからと言ってガッカリしたりはしないのだ。
いや、ちょっとは他の外装がどんなものか気にはなるけどね。
それにしてもこの姿が保護外装なのは分かったが、触った感触が完全に自分の皮膚のようにしか思えないんだよなあ。
第一男の象徴だったものの感覚が全く無く、本来男には決してありえないほど極端に膨らんだ物を触るとしっかりとした感触があるのだ。
仕組みは分からないが、この保護外装が破けたら死ぬという事なので、俺はこの世界で怪我をすることも出来ないという事だ。
そこで影島あおいの白骨死体を思い浮かべて、その死因が気になってきた。
そしてもっと重要な、死体がここにあるという事は努めて考えないようにした。
当面の問題として、この保護外装の強度を知る方法を考えていた。
それというのもここが現代日本のように平和で滅多に犯罪に巻き込まれない世界ならいいが、そうでは無かったら刺されてあっけなく死んでしまう事だってあり得るのだ。
それならここから出なければ良いと思うが、それでは金銀財宝を集めて現代日本に持ち帰るという事が出来ないのだ。
借金を返して抵当に入っている俺の店を取り戻すには、他に方法は無いのだ。
そんな訳で、俺は影島あおいの日記を全て読むことにした。
そしてページを捲るとそこには後で差し込んだような1枚の紙があり、文字の下に二重線が引かれていた。
そこには「急いで重力制御魔法を覚えてね。さもないと重みで身動きが取れなくなるわよ」という文章が記載されていた。
一体何の事だと思っていると、裏にその理由が書かれてあった。
この保護外装はこの世界を構成する魔素と言う物質を吸収して高密度で保存するが、質量が大きくなるとその分重量が増すので重くて動けなくなるらしい。
そしてそれを解消するためには重力制御魔法で、重さをコントロールする必要があるそうだ。
重力制御魔法を手に入れる為には、この遺跡にあるという霊木の元に行かなければならなかった。
霊木とは影島あおいが名付けた木のようで、この遺跡のドーム形の空間にあると記載されていた。
そこに行くには、あの白骨死体があった部屋の床下にある隠し通路から行けるらしい。
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