8
***
ずっと伸ばしていた髪を肩まで切った。
大学に着き、まっすぐテラスに向う。相沢さんとお昼の待ち合わせをしているのである。
購買で買ったサンドイッチと野菜ジュース、チョコレート菓子をテーブルに広げていた相沢さんは、あたしを二度見したあと、「誰かと思った」と大きな瞳をしばたいた。
「すごくにあうよ! しかし思いきったねえ」
そう言って、あたしの髪に触れる。毛先がふわふわと鎖骨をくすぐり、あたしは短い髪も悪くないと思った。頭が軽くなったし、何より髪を洗うのが格段に楽になった。
(髪――あたし、何をこだわっていたんだろう)
去年、担任の篠原先生に黒く染めろと言われたことが頭をよぎった。
今ならわかる。篠原先生は、あたしのために言いにくいことを言ってくれたんだと。お母さんの仕事のことだって、近藤のように貶めるために言ったわけじゃない。
気難しくて面倒くさい、あたしみたいな生徒にもちゃんと向き合ってくれる先生だったのだ。そうじゃなければ、あんな若い女教師が女子高の生徒たちに好かれるはずがない。
――わたしだってね、こんなこと言いたいわけじゃないのよ。受験のため、あなたの将来のためを思って言ってるのよ。
――なんでわかってくれないの。
あの時に見せた先生の苛立ち。悔しかっただろう。
一生懸命にあたしのことを思って、やったこと、言ったことのすべてが、何も伝わらなかったのだ。でもそれは先生のせいじゃない。あたしがあまりにも未熟で馬鹿だったからだ。
苦い思いが胸に満ちた。
相沢さんはじっとあたしを見ていたが、ふいに腕をからめてきた。
「ねえ詩織。今日の学部の新歓、行くよね?」
新入生歓迎会――あたしはぎくりと身を強張らせる。
「えっと……そうゆうの苦手で……」
「あたしもなんだよぉ。でもさ、先輩からゼミの情報も聞けるっていうし。詩織が一緒なら楽しいかなと思ってさ。ね?」
ねえ行こうよぉ、と腕を引っ張る。
「うーん。……じゃあ、家に連絡しようかな……」
「うん、きっと気晴らしになるよ」
相沢さんはにっこりと笑う。
どきりとした。もしかしてあたしが暗い顔を見せたので元気づけてくれたのだろうか。
「お酒とか強要してくるやつがいたら、あたしが先輩だろうがはっきり言ってやるから!」
ちゃーんと守ってあげるからね、とあたしの腕をぎゅっと抱きしめた。
(小さくて可愛らしい相沢さんがあたしなんかを守ってれるなんて、変なの)
あたしはくすぐったい思いで、その華奢な二の腕にそっと触れた。
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