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「大学合格、おめでとう!」

 八人掛けの広いダイニングテーブルに、母がどんっとホールケーキを置いた。

 義父と篤さんは、生クリームをたっぷり塗りたくったフルーツケーキを覗き込み、「おおーっ」と声を上げた。

「これ、公香きみかさんが作ったのか」

「すげえなあー。俺、手作りケーキって初めてだ」

 男性陣の歓声に、母は照れくさそうに頬を染めた。そしてあたしを見て、泣き出しそうな顔で微笑んだ。

「がんばったわね、詩織」

 あたしは嬉しさのあまり、胸がぎゅうっと締め付けられるほどだった。

 けっきょく大学受験は、悪魔に願うことなく実力で合格した。しかも地元の国立大学でなく、難関私立大学を受けさせてもらった。お義父とうさんが、行きたい大学を受けなさいと言ってくれたのだ。

 ふいに義父がいそいそと席を立ち、一抱えの箱を持ってきた。

「僕からの合格祝いだよ」

 義父がダイニングテーブルに置いたものを見て、あたしは驚きのあまり目を見開いた。新型のノートパソコンだったのだ。

「お義父さん――そんな、いいのに」

「大事な娘なんだから。なんでもしてあげたいんだよ」

 穏やかに微笑む義父の顔をなんだか見ていられなくて、あたしは思わずうつむいた。

(大学を出してもらうだけで、じゅうぶんなのに)

 本当にありがたくて、幸せで――ぐっと唇を噛みしめる。油断すると、声を上げて泣いてしまいそうだったからだ。

「これは俺からね」

 篤さんがノートパソコンの箱の上に小箱をぽんと乗せた。万年筆――セーラーのプロフェッショナルギアだった。

「女の子が好きなもの、よくわからなくてさ。文房具にしちゃったよ。でも大学でも使えるだろ?」

 照れたように頭をかく篤を見て、思わず顔が熱くなった。心臓がどきどきと鳴っている。

「こんな高いもの……」

「いいんだよ。俺も就職決まったし。何でもおねだりしていいんだぜ」

 篤はいたずらっぽく笑った。

「篤は地元企業はぜんぶ落ちたくせに、いちばん難しいところに決まるんだもんなぁ」

 義父の口調は得意げだったが、その表情は寂しそうだった。

「引っ越したばっかりなのに一人暮らしかあ」と篤さんは苦笑した。母も「寂しくなるわね……」と呟く。

 あたしはびっくりして篤さんを見上げた。

「遠いの? どこに行くの?」

「大阪だよ。新幹線使って、ここから四時間くらいかな」

 あたしは呆然と立ちすくんだ。篤さんがこの家からいなくなることに、ひどくショックを受けていた。あたしにとって、もうこの四人で家族だったのだ。

 その時。ふいに不穏な空気を感じ、あたしは目を上げた。

 リビングの入り口に悪魔が立っていた。暗い目で篤さんを見すえている。

(悪魔のしわざだ。篤さんをあたしから遠ざけようとして――)

 悪魔はあたしの視線に気付くと、ふいっと踵を返し、廊下の奥の暗闇に消えた。

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