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 そのタイトルは、すみれ色の背表紙に、蔦をかたどった幾何学模様のふちどりの中に金文字で書かれていた。願っていればいつか誰かがなんとかしてくれる――いかにも頭の中がお花畑の女子が手に取りそうな装丁である。

 すさんだ気持ちのまま、その児童書を引き抜いた。

 パラパラとページを繰ってみる。「好きな人と両想いになる方法」「テストでよい点をとれる呪文」「大会や発表会で失敗しないお守りの作りかた」――金髪ツインテール女子のイラストがそれらのやりかたを漫画の吹き出し仕様で解説している。

 生々なまなましい欲望のかたまりが可愛らしい丸文字で連綿れんめんと綴られているさまに、小ばかにしたような笑いが漏れた。

(おまじないなんかで願いがかなったら、どんなに楽か。あたしの受験合格もかなえてもらいたいものだわ)

 最後のページは「みんなもためしてみてね!」と、ツインテール女子のウィンクのイラストでしめられていた。

(ばかみたい)

 本を閉じようとした、その時。ふいに手にずしっと重みがのしかかった。

 あたしはぎょっとして本に目を落とし――息を飲んだ。

 開いていた最終ページの後ろに、さらにページが増えていたのだ。

 一枚めくると奥付だった。なのにその後ろに、さらにページがあるのである。しかも本文とはずいぶん雰囲気の違う、黄ばんだ、破れそうに薄い紙質だった。

(……付録かな? なんで気づかなかったんだろう)

 本の小口をなぞる指が、色の違ったページに触れた瞬間――。

 ぞわり。

 あげかけた悲鳴を渾身の思いで飲み込んだ。冷たい手で首筋を逆撫でされたような、怖気おぞけが身を襲ったのだ。

 とつぜん心臓が早鐘をうちはじめた。理由もないのに不安感と焦燥感がこみあげてきて、いてもたってもいられなくなった。わけがわからない。

 右手が勝手に奥付をめくる。――ひどいかび臭さと、お香のような不思議な香りに面食らう。

 現れたのはずいぶんと古めかしい表紙だった。一度濡れて乾かしたようなごわごわとした肌触りの紙に、赤いインクの手書き文字で「悪魔の召喚方法」記されていた。

 悪魔――不穏な響きの単語に、固唾を飲んだ。悪魔なんて架空の存在だ。まったく信じちゃいない。なのに、奇妙な不安と怖れが込み上げてきた。そのページ自体がものすごく禍々まがまがしい雰囲気を醸し出しているせいだった。

 手は次のページをめくった。悪魔を呼び出し、使役する手順が図入りで簡潔に書かれている。淡々とした説明は四ページほど続き、最後はこうしめられていた。

『現れた悪魔と契約を行ってください。取り引きが成立すれば、悪魔はあなたの願いを三つ叶えるでしょう。』

 本を閉じ、息を吐いた。あの身の毛のよだつほどの悪寒はいつの間にか消えていたが、両腕にはまだぞわぞわとした鳥肌がたっている。

(……気持ち悪い本)

 最初から最後まで気持ち悪い内容だった。特に付録がものすごく気持ち悪い。

 なのにあたしは、『願いをかなえるおまじない百科』を本棚に戻すことができなかった。本を手にしたまま、何かに導かれるようにカウンターに向う。

 なんとなく貸出しできないのではないかと思ったが、司書さんは表紙のバーコードをなんなくスキャナーで読み取った。あたしは『願いをかなえるおまじない百科』を受け取ると、通学鞄に突っ込でそのまま図書館を後にした。勉強をする気にはとてもなれなかった。

 駅までの道を早足で歩く。通学鞄が異様に重く感じた。

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