3
――髪?
余所事を考えていたあたしは、我にかえって顔を上げた。
「あなたのその髪、ほんとにパーマをかけたり染めたりしてないの?」
(今さらそれを言うのか)
あたしの髪は色素が薄くてゆるやかにうねっている。これは元からのものだ。
してません、ときっぱり言った。
「……そうよね。あなたのお母さまにも電話で確認したんだけれど、生まれつきだっておっしゃってたわ」
あたしは思わず担任の顔を見返した。
「お母さんに聞いたんですか?」
「ええ。あなたはそんな子じゃないっていうのはもちろんわかってるけど、一応ね」
(わかってたらどうして母に電話なんてするんだ!)
かっと怒りが込み上げた。疑われたことよりも、母に電話をされたことが許せなかった。あたしがどれだけ母を煩わせないように気を使って生きてきたと思ってるのだ。
「生まれつきであろうがそうでなかろうが、わたしはかまわないと思ってる。でもね、受験を前にした今だけでもみんなと同じような黒くて真っ直ぐにした方がいいと思うのよ。あなたの志望大学は試験科目に面接もあるんでしょう?」
「髪を染めたりパーマをかけたりするのは校則で禁じられているはずです」
担任はうんざりしたように溜め息をついた。この女はもう化けの皮をはがして、あからさまにあたしを疎んじる態度を隠そうとしない。
「だからね、今だけよ。わたしはもちろんあなたが真面目な生徒だとわかってる。でも面接官はそうではないわ。面接試験は応答の中身だけでなくあなた自身の態度や印象も点数になるの。この学校の先生の中にさえあなたの髪のことで色々言いにくる人がいて、言われるたびに生まれつきだってフォローしてるけど、入試じゃそうはいかないわ。わたしが一緒に試験会場まで行って説明なんてできないのよ?」
「でも校則で――」
「だから今だけよ」
あたしはひっそりと歯を食いしばった。
では何のための校則なのか――なんて質問をしたら、あたしが髪を染めたくないばかりに子どもじみた反抗をしていると
そもそもまともな答えなんか、きっと返ってきやしない。受験ごときでくつがえる校則って何なのだ? あたしたち子供を縛る
でも生徒はみんな知っている。校則の正体は、あたしたち子供をみんな同じものにして、力をそいでゆく目的につくられたものだ。
さっき言っていたじゃないか、この女だって。生まれつきであろうがそうでなかろうがわたしはかまわないって。それはこの女が気に食わないかどうかの問題だということだ。校則はそうゆう大人の都合でくるくると変わるものなのだ。決して生徒のためなんかじゃない。
あたしがよほど納得がいかない顔をしていたのか、篠原先生は溜め息を吐いた。
「あのね、受験だけの話じゃないのよ。就活の時だって同じなの。それにね、企業によっては家族にまでチェックが入ることもあるのよ。……後ろ暗い経歴を持った親族がいるってだけで大きな足枷になることもあるんだから」
あたしは一瞬、なんのことを言われたのかわからずにぽかんとした。そしてすぐにその言葉の真意に気付いた。
「母が、夜の仕事をしていることですか」
「まあ……そうね」
篠原先生は言いにくそうに視線を泳がせた。
足元から突き上げるような怒りがたちのぼってきた。
(まさか高校生にもなって、母のことを言われるなんて)
わなわなと震える
「わたしだってこんなこと言いたいわけじゃないのよ。受験のため、あなたの将来のためを思って言ってるのよ」
(嘘だ!)
この女はただあたしを傷つけたいだけだ。気に食わない子供を。
「お母さまのお仕事のことはすぐには無理でも、その髪についてはなんとかできるでしょう。賢いあなたなら、どうすべきかわかるはずよね?」
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