桜の季節

七草かなえ

桜の季節

 生まれた命はいつか、死ななければならない。

 出会ったらいつかは、お別れの時が来てしまう。


 なら生まれなきゃよかったと、出会わなければよかったと思ってしまうのはおかしいのですか、許されない、ことですか。


「お願い、まだ話さないで」


 咲いたらいつかは散る薄桃の花びらが、窓の外で吹雪となってわたしの視界を埋め尽くした。



 あと数日で卒業式だ。とうに進学する大学も一人暮らしを始めるための新たな住居も決まっている。

 中学生のころに憧れて、文字通り死ぬ気で頑張って受験勉強して、やっとの思いで合格して入学した高校だった。


 初めて制服に袖を通した時、誇らしい気持ちでいっぱいになった。今までより一歩、大人への階段を上がれたような気持ちだった。


 変わって入学式は不安ばかりだった。知り合いが一人っ子一人いない教室。初めて会う子ばかりのクラスメイト、初めて通う校舎で迷子になって、初めての授業にはついていくのにさえ精一杯で。


 だけどある日、図書室を訪れたあの日からは。


「優実! 東京の大学行くんだよね、頑張ってね!」

「寂しいけど応援してるよー!」


 うん。みんなありがとう。わたし、頑張るよ。


「生まれたと思ったのに、あっという間ねえ」

「そうだなあ。もう高校卒業で……十八歳で成人だもんな」


 お母さん、お父さん。喧嘩もしたけど育ててくれて、ありがとう。


 卒業式のセレモニーは、あっという間に終わってしまった。涙ぐむ暇もないくらいに。


 ああ、三年間過ごした場所と、みんなとももうお別れか。

 青春に別れはつきものだ。中学時代の友達とも別れて、今度は高校。多分大学を卒業したら、もっと別れる。


 このあとカラオケで、クラスみんなでの打ち上げパーティーがあるけど、少し時間がある。

 だからわたしは、図書室に向かった。


「こんにちは優実ちゃん」

「健治くん、こんにちは」


 図書室には彼がいた。かつて入学直後、なかなか学校に馴染めぬわたしの初めての話し相手になってくれた男の子が。


「卒業式のあともここに来るなんて、僕たちらしいね」

「そうだね」


 わたしはふふっと笑う。


 彼と会うのも、このままならこれで最後だ。


「僕たちもこれで――」

「待って」


 わたしは彼の言葉をナイフみたいな声で遮った。


 まだ、話さないで欲しい。

 これでお別れだなんて、言わないで。



 生まれた命はいつか、死ななければならない。

 出会ったらいつかは、お別れの時が来てしまう。


 なら生まれなきゃよかったと、出会わなければよかったと思ってしまうのはおかしいのですか、許されない、ことですか。


「お願い、まだ話さないで」


 咲いたらいつかは散る薄桃の花びらが、窓の外で吹雪となってわたしの視界を埋め尽くした。


「優実ちゃん」

「ごめんね。わがまま言っても時間は止まらないよね」


 かけがえのない高校生活が過去のものになることが、まだ信じられない。信じたくない。

 

 だから、話さないでいた想いを、今伝えないといけないのだ。

 彼が、別れの言葉を言う前に。


「これだけは言わせて。健治くん」

「……うん」



「わたしは、あなたが好きです」



 できることならあなたのことを、離さないでいたい。


 はらり。目から大粒の花びらが、しずくとなって溢れた。

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桜の季節 七草かなえ @nanakusakanae

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