第11話 人魚の島

 サメ型幽霊船が沈んでいく。


「おいおいおい。オレたちも回収してくれー」


 甲板で立ち往生していると、ギルドの船が迎えに来てくれた。


 どうにか間に合って、船の中へ。

 

「すっごいね、ベップおじさん! あのガイコツが避雷針だなんて、どうしてわかったの?」


「メロから、クラゲの弱点を聞いたときだ。それで、ひらめいた」


 水管といえば、クラゲの傘全体を駆け巡っている。

 つまり、触手以外のほぼ全身が弱点だ。

 それをガイコツで守らせるにしては、弱い。

 で、避雷針代わりにしているのでは、と考えたのだ。


「そこまで発想が飛ぶなんて、歴戦の勇者ですよ」


 メロからも、褒め言葉をいただく。


「戦ったら、おなかすいちゃった」


 きゅるーっと、ミラベルの腹の虫が鳴く。空腹の音さえカワイイとか、反則だな。


「いいものがあるぞ、ミラベル」


「うわ。サクラ姫のところの木の実だ!」

  

 オレは、【世界樹の枝】から果実を生み出す。サクラ姫の国でなっている果物より、一回りほど小さい。りんごくらいかな。


「ありがとう、ベップおじさん! これ、めっちゃ甘いんだよ。メロちゃん、どぞどぞ」


「ミラベルさん、ありがとうございます」


 自分が腹減ったといっていたのに、真っ先にメロのために切って食べさせる。

 ミラベルのこういうところが、天使だ。女神といってもいい。


「みんなで分け合いっこしよ」


「いや、いいよミラベル。人数分出てくるから、大丈夫だぞ」

 

 この杖はサクラ姫からもらった、魔法使い専用のアイテムである。といっても出てくるのは、パーティ一人につき一個だけ。体力と魔力が小回復する程度だ。が、この杖を持っていれば、一生食べ物に困らない。果実の味に飽きない限り。


「おいしいです。ミラベルさん、ベップさん。ありがとうございます」

 

 りんご大の果物は、味こそスイカに近く、食感は梨に近かった。

 

「すごいね、ベップおじさん。こんなアイテムなんてもらえて」

 

「サクラ姫からもらった中でも、最高級品だからな」


 みんなで、果物を一つずつ食べる。


「本格的なメシは、帰ってからにしよう」


「待ってください。船長とお話してきます」

 

 

 ここで、メロが船長と打ち合わせを始めた。


「わが島へ、つけてくれるそうです」



 船は進路を変えて、人魚の島へつなげてくれるそうだ。


 島の近くまでで船を止めて、小舟で人魚の島へ。


 小山の上に、別荘のような豪華な屋敷が建っている。

 イタリアにありそうな、白い柱と壁のお屋敷だ。

 

「お母様! メロが戻りました!」


「おお、メロ。よくご無事で」


 屋敷から、メロをめちゃオトナにした美しい人魚が現れた。


 メロが、母親と抱き合う。

 おばさんは、配下を大量に連れている。おそらく、人魚のエラいさんか、長レベルの人か。


「よく、海賊に襲われませんでしたね」

 

「こちらの方たちが、助けてくださいました」


「おお。これはこれは」


 メロの母親は、娘ともどもオレたちに頭を下げた。


「いやいや。無事で何よりで」


「大したことはできませんが、宴のご用意をいたします」


 どうも、宴会を開いてくれるそうだ。


「時間がありますので、それまでお待ちください」


 待てって言われても。


「ビーチが広いよ。こっちで待たせてもらったら?」


 さっそく、ミラベルがビーチで泳ぎだす。


「メロちゃんもこっち!」


「はい。お供します」


 天使と人魚が、ビーチで戯れ始めた。


 尊い。実に尊い光景だ。


 ベンチに腰掛けながら、その尊みを味わっている。


 海賊の襲撃が収まったためか、メロも元気を取り戻したようだ。

 よかったよかった。

 

「そうだ、おじさん」


 メロと泳いでいたミラベルが、身体を拭きながら戻ってきた。


「どうした?」


 一緒に泳ぎたいのか?

 あいにく、あの尊い空間に入る勇気はないぜ。

 

「わたしたちばっかり盛り上がっても、つまんないよね?」


「いいんだ。楽しんでてくれ。オレは、リラックスできて最高なんだ」


「わかった! もうちょっと遊ぶね」


 またミラベルが、海の方へダッシュしていった。


 いい。女の子は、元気な方がいいよな。

 

「どうぞ」


 世話役なのか、エプロン姿の人魚がオレの座るベンチにクリームソーダを持ってきてくれた。


 こっちの世界にも、青いソーダってあるんだな。

 

「おお、どうも」


 ああ、至福のとき。

 この光景のために、オレは生きてるんだな。


 クリームソーダも、実にウマい。アイスクリームが乗っていて、ソーダも甘くて。


「ベップおじさん、一口」


 ミラベルが、オレに顔を近づけてきた。


「おお。どうぞ」


 オレの使っていたストローに、ミラベルが口をつける。


「おいしい。ありがと、おじさん」


 ミラベルはそのまま、はにかんでいた。だが、すぐにほっぺを赤く染める。


「あはは……」


 赤い顔を両手で覆い隠して、ふざけて笑い出す。


 自分がなにをしたのか、理解したのだろうか。


「お二方は、そういうご関係だったのですね? 気づきませんで」


 メロが慌てて、屋敷に引っ込んだ。何かを持って、戻って来る。

 

「そそそ、そうだ。ベップおじさんっ。スキル振りとか、考えたほうがいいかな?」


 照れ隠しのつもりか、ミラベルは話題を変えた。


「いや。宴会が終わってからでいい」


 今は、戦闘のことなんて忘れよう。


 どうせまた、めちゃくちゃ戦うときがあるんだから。


 そのためにメロは、オレとミラベルを引き止めたんだろうし。


「あの。どうぞ」


 変な気を使って、メロがハート型に曲げたストローを持ってきた。

 

「おお。これは伝説のカップル用ストローではないか」


 リア充しか使用を許されない、いかにもカップルテイストなアイテムが、今オレたちの手に!

 これ、夢だったんだよなあ。

 ドラマとか、SNSの動画とかに上がってて、こういうのを使ってジュースなりソーダなりを飲むんだよ。


 ああ、爆発しろって思っていたが。


 間近で見ると、破壊力がすさまじいな。


「どうする、ミラベル?」


「えへへぇ。使おうよぉ」


 オレは萎縮しているが、ミラベルはそうでもない様子。


「人のを一緒に飲んだりして、ミラベルはイヤじゃないのか?」


「さっき飲んだじゃん。ミィは、気にしないよ!」


 ミラベルがそこまで言うなら、いいか。


 ストローを交換し、ソーダに差す。


「いくぞ」


「うん」


 二人同時に、ちゅーっと、吸い上げる。


「んふふうふ」


 ちょっと飲んだ辺りで、ミラベルが悶絶した。


「ぷはああ。おいしいねっ。ベップおじさん」


 また照れ隠しなのか、あくまでも味の感想をオレに尋ねる。


「そうだなっ。うまいな」


 オレも、ミラベルに合わせた。


「アイスも、どうぞどうぞ」


 おっと。忘れていたぜ。

 クリームソーダなのに、アイスクリームを食べないとか。バチが当たっちまう。

 もう溶けてしまいそうだ。今のうちに。


 ミラベルが、オレの口に細長いスプーンを寄せてきた。


「あーん」


 おおおお! 推しに「あーん」してもらえる日が来るとは!


 これは、最高のご褒美じゃないか!

 

「食うぞ。あむ」


 ミラベルの誘導で、オレはアイスを口の中に含む。


 別になんてことのない、アイスクリームのはず。

 なのに、極上のスイーツを食った気分になった。


「ベップおじさんも、食べさせて欲しい」


「お、おう」


 オレは、ミラベルからスプーンをもらう。


 ほんの少しアイスをすくって、ミラベルの顔に近づけた。


「あーっ、むぅ」


 ニコニコしながら、ミラベルは耳まで赤くなる。

 自分でやっておいて、照れていた。

 ミラベルの、含み笑いが止まらない。

 

「おじさん、こんなに楽しくていいのかな」


「いいんじゃないか?」


「でも、人魚さんたちがわたしたちを招いたってことは、そういうことだよね?」


 やはりミラベルも、事情を察しているのだろう。


「おそらく人魚の長が、事情を説明してくださるだろうからな。だろ? メロ」


 オレが質問すると、メロが申し訳なさそうに「はい」と告げた。


「実は海賊の件ですが、あれで終わりではないのです」


「どういうこと、メロちゃん!?」


「あなた方は、海賊を倒してくださいました。しかし、あと一週間もしないうちに、海賊たちは息を吹き返すのです……」

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