第6話:お話し合い……今度こそ
どうやら陛下は、シルニオ侯爵であるサンニッカ家の遅刻の件を報告されていたようで、彼等が遅刻したのとほぼ同等の時間を猊下と雑談した後、頭を下げ続けているサンニッカ家をチラリと見てから時計を見て、一人の従者へと視線を向けた。
従者が無言で頷くと、雑談をやめた。
「では、話し合いを始めるとするか。全員席に着け」
実は私達は、陛下と猊下に視線で促され、王妃陛下に誘われて、既に席に着いています。
さすがにお茶は出ていないが、にこにこ笑顔の王妃陛下と王太子殿下に笑顔を向けられながら、静かに座って待っていた。
頭を下げたままの婚約者が睨んできていましたが、私に何かを言ったりしたりする権利があるとでも?
この中では、ある意味使用人よりも権限が無いのですよ。
使用人達は、自分の仕事をするという権利が有りますからね。
「それでは、タピオラ侯爵長女メルヴィ・ラウタサロ令嬢と、シルニオ侯爵次男アルマス・サンニッカ令息の婚約破棄の責任の所在、及び慰謝料についての話し合いを始める」
なぜか陛下が話し合い開始の挨拶をしています。通常、陛下達は見届け人であり、王宮の文官の方が進行するのでは……?
文官の方は、部屋の隅の執務机で、まるで議事録を取る書記のように控えています。
その手が既に動いているので、本当に記録を取っているのかもしれません。
私も婚約破棄など初めての経験で、知識としてこの話し合いの事を知っているだけなので、情報が間違っていたのかもしれません。
誰も何も言いませんし。
「なんだそれ! 何で婚約破棄する事が決定してるんだ、ですか!」
あら、異議を唱える人が居ましたね。婚約者です。
私の予想とは違う方向でしたが。
「それが何か?」
威圧感と共に声を発したのはお父様です。
「そもそも公の場で婚約破棄を宣言したのはそちらの方だろう」
威圧というよりも、殺気に近くなりました。
婚約者が私をチラチラと見てきますが、何がしたいのか私には判りません。
婚約破棄を宣言しておきながら、婚約破棄に異議有りとは、頭が悪過ぎます。
それに婚約者らしい交流など、学園に入園してから一切無くなりました。
それまでも二人きりで会った事は無く、家族としての交際しかないのです。
まぁ、私が忙しかったのも原因なので、そこを責める気はありませんが。
しかし、私が定期的に送っていた手紙にも、一度も返事をくれませんでしたよね。
学園を病弱を理由に休んでいても、花1輪、手紙1通、メモ1枚届いた事はありません。
王太子殿下は幼馴染として、無理せずに体を大切に、と手紙を送ってくれていました。
私が聖女である事は、両陛下はご存知ですが、殿下は知らないはずです。
政治に利用される可能性があるので、王家でも年齢が近い場合は教えないのだったと記憶しています。
今回は関係有りませんが、王太子の継承争いとかに利用された過去が有るのかもしれません。
「メルディ! 貴様は俺と結婚したいだろう?」
私が何も反応を示さないからか、痺れを切らした婚約者が叫びました。
は?
意味が解りません。
そして陛下が私の正しい名前を言ってくださったのに、まだ直さないのですね。
「食堂で何も言わなかったのが証拠だ! 本当は、あの時に貴様が泣いて縋れば終わった話だったんだ!」
益々意味が解りません。
「あの場で何も言わなかったのは、私の一存で了承出来なかったからです。父に確認する為に持ち帰る、と返事をする前に、貴方が勝手に立ち去っただけです」
余りの馬鹿な行動を目の当たりにして、すぐに反応出来なかったのは確かですが、私が驚いている間に、彼が立ち去ったのも事実です。
「メルヴィ……失礼、タピオラ侯爵令嬢の言う通り、相手の返答も聞かずに去ったのはシルニオ侯爵子息の方だ」
食堂内の皆が呆気に取られている間に、婚約者が立ち去ったのだと殿下が証言してくださいました。
「あの場面で、すぐに何かを言うのは難しいだろう」とも、言ってくださいました。
「あれは! あまりにも俺を放置していたメルディへの罰で、素直に泣いて謝れば許してやったんだ。なのに貴様が何も言わないから、皆の視線が集まり……しょうがないから食堂を出ただけだ」
食堂の衝撃再び。
私は何も言えずに婚約者の顔を見つめてしまいました。
「あの日は、昼抜きになって辛かったんだ。貴様がすぐに謝らないから……」
まだ文句を言う婚約者を信じられない気持ちで見つめます。
私に、何を謝れと言うのでしょうか?
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