幼少期の思い出

第1話:彼を大好きらしい私




 初めて彼を見たのは、おそらく3歳位だったはずです。

 申し訳無いのですが、幼過ぎて記憶にありません。なので、当然一目惚れなどという事はありませんでした。

 気付いたら一緒に遊んでいた、という感じです。

 おそらくそれは、彼も同じだったと思います。


 そしてもう一人の幼馴染も、一緒でした。

 王太子殿下です。

 子供の頃は私も、野生児と比喩されるほどに走り回っていたのですが、殿下は大人達に止められてましたね。

 転んで怪我をしたら、その場の誰かの首が飛ぶからだと、今なら解ります。

 でも当時の私達は子どもだったので、殿下が病弱なのだと思っていました。



 私の婚約者はお世辞にも性格が良いとは言えず、いつも殿下を見下していました。

 しかもそれは必ず、大人達が居ない所で、なのです。

「剣の練習もしないのか? 男のくせに。肌なんか真っ白じゃないか!」

 そう言っている彼も、本物の兵士達に比べたら、真っ白と言える程度でした。


 それは、殿下が王太子だと知るまで続きました。

 そう、つい最近までです。

 殿下はとても寛大な方なので、それまでの不敬を罪に問うような事はしませんでした。


 ですが、たとえ身分が自分より下の者であっても、彼の発言や行動はとても褒められたものではありませんよね。

 今思えば、この頃から彼の本質は変わっていないのでしょう。




 私は一時期、王太子殿下の婚約者候補だった事があります。

 候補は私の他にも三人居て、公爵令嬢と侯爵令嬢、そして他国の王女と貴族の令嬢です。

 皆での顔合わせをする前に、私は元婚約者……いえ、まだ婚約者ですね……との婚約が決まり辞退する事になりました。


 その婚約も、彼が「こいつが泣いて結婚したいと頼んできた」と嘘を言った事が発端だと知った時には、もう引き返せないところまで進んでいました。

 なぜそんな嘘を吐いたのかと問い詰めたけれど、「嘘なんて言ってない! お前の代わりに言ってやっただけだ!」と言われ、本当に彼がそう思っているのだと驚きました。


 両親もその時の泣き腫らした私の顔を見て、信じてしまったのだと後から聞いて、なぜその場で頑張って否定しなかったのかと、それも後悔しました。

 大泣きして、しゃくりあげてまともに話も出来なかった理由は、婚約者などではありませんでした。

 いえ、ある意味彼が原因ですが……。



 王太子殿下と結婚したら、家を出て家族と二度と会えなくなると彼に聞いたからです。

 そこで泣き始めてしまった私は、その後に彼が「俺と結婚すれば、俺がお前の家に住んでやる」と言っていた事を聞き流してしまったのです。

 そして「家を出たくない」と言った私の言葉を、婚約者は「貴方と結婚したい」と自分に都合良く脳内変換したのでしょう。


 私がその時の話を、里帰りから帰って来た侍女に聞いた時には、もう両家の間で婚約の話がほぼ決まっていたのです。

 当然侍女は両親に報告をしていました。

 しかし、私が彼の言葉を聞いていなかったなど知らないのですから、見たまま聞いたままを報告したのでしょう。


 婚約者の「泣きながら結婚を頼んできた」は、男の子特有のちょっとした自尊心だと微笑ましく受け取られてしまったのです。

 私が彼に少なからず好意を抱いていると、両家の両親も誤解していたようですし。


 殿下の居ない所で、殿下と結婚したら家族と会えないと嘘を吐いた彼は、本当にそう思っていたのではなく、私を殿下に取られない為だったのでしょう。

 勿論、恋慕ではありません。

 子供特有の所有欲というか、自分だけが仲間外れにされるのが嫌だったのでしょうね。


 そして、私の反応が思ったよりも大きくて、殿下との結婚を拒否したのに、自分との結婚は受け入れたから、私は彼を好きだと……子供のご都合主義な考えだとしても、ちょっと有り得ませんわね。



 その後、今の今まで彼は、私が彼に惚れていると思っていたようですね。

 私に婚約破棄を宣言した彼の頬は紅潮し、鼻の穴が膨らんでニヤニヤと笑っています。

 あの顔は、私が泣いて縋って「婚約破棄なんて嫌!」と言うのを待っている顔ですね。


 まぁ、しませんけど。

 特に政治が絡んでいるわけでもなく、誤解から始まった婚約です。

 彼が婚約破棄を宣言し、私が「実は……」と真相を話せば、何も問題無く解消されるでしょう。

 いえ、このように公の場で宣言したので彼有責の破棄になるかもしれませんね。



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