夏、花火、君と二人で
某凡人
夏、花火、君と二人で
夏、蝉せみの声が五月蠅うるさく鳴り響く日常。
夏特有の涼しげな風鈴の音が蝉の声の中に混じる。
夏休みで暇を持て余しなんとなく縁側で流れる雲を見ていた。
こんなに暇になるんならと昨日の夏祭りに恥ずかしがって行かなかった自分を恨んだ。
縁側の庭には小学生の頃育てた朝顔と桶の中に冷やしてある
きっと母親か祖母が置いたものだろう。
何もする事もなくラムネをとろうと桶に近寄ると声をかけられた。
「大ちゃん」
声の主はすぐそばの曲がり角から顔を出していた。
俺の幼馴染みの宮間
浴衣を着ていた。
昨日が祭りだったはずだ。
今日だったか?
照れ隠しで
「もうこの
と返しながらラムネを2本取る。
「あはは、は…そう…だよね…」
と寂しげな返答をされて少しの罪悪感でラムネを渡しにくくなって無言で差し出す。
けどそこに受け取るはずの彼女の姿はなくて
ラムネが地面に落ちる音がした。
慌てて玄関を飛び出す。
曲がり角に居た近所のおばちゃんに「危ないじゃない!!」と怒鳴られたけど関係ない。
第一彼女は浴衣だった。
速く走れる訳がないし持久走でも最下位争いするぐらいの体力だったはずだ。
けど彼女のいた位置を見たけど居ない。
それどころかここはほぼ一本道だ。
狐につままれた気分になって家の玄関をくぐると母親が電話をしていて酷く驚いている。
驚いているあまり肩が強張っている。
ハンカチを握りしめこんなに泣きそうになっているのはなかなか見ない。
なにかが原因でこうなったのは見たことがあるけど原因までは分からない。
母親が泣きながら膝から崩れて俺を見る。
その内容はあり得ないはずの事だった。
「秋ちゃんがぁ…あの子…どうして…」
風鈴の音が静かにどこか寂しげに鳴った。
次の日、
外の葬儀看板には
「故 宮間秋 儀 葬儀式場」
の文字。
死因は三日前の夏祭りの帰りに踏切での飛び込み自殺って診断されたらしい。
発見は田舎だから、夏祭り当日だったから遅れたって聞いた。
だとしたら昨日の宮間は一体…?
棺は遺体の損傷が激しいらしく開けたら駄目と念を押された。
お経、火葬、どんな場面でも泣けなかった。
涙が出なかった。
枯れてるとかじゃない。
親からは不思議がられたが自分も不思議でならない。
なんて言ったら分からないレベルの説明もつかないけどあいつはそんなことで死なないだろうし死んだ気がしない。
ある種の信頼みたいなものに近い。
明日には逃げたことの気まずさでギクシャクしながら玄関のドアを叩いて来るんだろう。
「そうかもね」
唐突な後ろからの返答に振り返る。
お経の中でも聞き取れた。
小さい頃から聞き慣れた声の主は葬儀場のすぐ外、角の方から喋ったようだ。
「ちょっと用事」
母親にそう告げると声の主を追うことにした。
「だいちゃん!どうし………!」
制止する声も今の俺の耳には入らない。
声のする方にただ進んでいく。
何回も聞き慣れた声に導かれるように葬儀場を後に
「こっちこっち」
と声だけの存在をただ追いかける。
やっぱり予想は合ってた。
あいつは死んじゃいなかった。
踏切を通ると花が添えてあった。
同級生か親御さんが添えてくれたんだろう。
でも今確実に目の前にいる。
見慣れた後ろ姿がこっちこっちと言いながら手招きをして遠ざかっていく。
ただひたすらにその後ろ姿を追いかけた。
通い慣れた駄菓子屋の横を過ぎると声の主は石造りの苔が少し生えた階段を登って行った。
数年前駆け上がった夏祭りが催される神社への階段を足早に駆け上がる。
確か神社の名前は「乖交神社」。
古くから残る神社で昼間にここに向かうおじいさんおばあさんなんかはよく見る。
一段一段踏むたびにあの頃が脳裏によぎる。
よく金魚すくいなんかやってた。
最後は確か同数で引き分けだった。
リンゴ飴の早食いなんかでも競った。
ヨーヨー釣り、射的、かき氷の早食い
まだなにも勝負が終わってない。
最後の一段、無駄に力が入る。
こんな時、笑い合える幼馴染みがまた隣に居て欲しいものだ。
3日間しか会ってないのに1週間ぐらい空いた気分だ。
登りきって振り返る。
村全体を眺められるこの位置が小さい頃好きだった。
感傷に浸っていると急に手を引かれた。
引いたのは他の誰でも無い幼馴染みだ。
なぜか無言で森の方へ引っ張る。
「どうしたんだよ。皆お前のこと死んだって思ってるぞ!」
4歩ほど進み振り返り幼馴染は口を開いた。
「これには深い訳があるの。ついてきて」
そう言って幼馴染は森の中に駆けていく。
もちろんその後を追う。
「なにしてたんだよ」
「内緒」
人差し指を口に当ててウィンクしてきた。
暗い森の中ガサガサと草を掻き分けていく。
何回かこの森には入ったことがある。
もちろん
入ってじいちゃんに橋を渡ってないかよく聞かれたっけ。
結局なんだったのかは分からないけど。
靴の草を踏む音がしっとりとした土を踏む音に変わる。
走ることに夢中になって下しか見てなかったけど
きっとあの場所だ。
橋が見えてきた。
目の前に架かる橋はこんな浅い川じゃ意味が無いようにも思える。
でも二人揃ってじいちゃんに叱られたことがある。
渡ろうとした直前でじいちゃんが止めに来た。
あの時は本当に飽きるほどこっぴどく叱られた。
「川は境目じゃ…ね…」
叱られたときの感傷に浸る。
けど目の前の
俺が橋の手前で止まってるのに気がついたのか振り向いて
「こっちこっち!」
と手招いている。
…ゆっくり落ち着いて俺は口を開いた。
「お前って秋だよな」
「うん」
「金魚すくいで引き分けたよな」
「うん」
「好きな物は
「うん」
「ありがとう」
「うん」
「お前、電車で轢かれて死んだんだよな」
「う
踵を反転して全力で走り出す。
後ろを少し振り向くとあり得ない方向に関節が曲がったりカクカクした動きをしている。
ホラー映画の化け物が人を襲う前のような
何より人間って感じがしない。
人間じゃない。
怖さで足が少し震えてる。
回れ右して全力で走る。
後ろからも草を掻き分ける音と明らかに人間じゃない足音が聞こえる。
「待って待って待ってよぉお
捕まったら終わる。
直感でなんとなくわかる。
明らかに足で歩いてる音じゃない。
沢山の素足で森を駆け回ってるような音。
死に物狂いで来た道をひたすらと走る。
「待って」「待ってってば」「待っててて」
「待ってぇぇええぇえぇえ」
「待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って
距離は縮まっている。
何回か足先をなにかが掠めた。
化け物かもしれない…とはいえ
最悪化け物に捕まっても悔いは無い。
でもそれで諦めたらあいつに顔向け出来ない。
そんな一心で獣道を走り抜ける。
まだあの黒いのは追いかけていている。
逃げるのに目標になるような物は無い…
木と暗闇しかない
何回も見たような来た道をひたすらと辿る。
そんな事実を反復するように頭の中で自分に伝える。
自然とあの時出なかった涙が出た。
零れる涙をそのままにして境内までたどり着いた。
息も切れ切れだ。
今日はもう走れない。
絶対筋肉痛。
後ろからの足音はもうしない。
感覚的には短かった夜ももうすぐ明ける。
空が淡い紫色に染まって行く
よく考えたら数時間走っていたことになる。
「はははっホントに不思議だよね笑っちゃう」
そう言いながら背中をよく見知った声の持ち主がバシバシと叩いてきた。
あんな事があった後だから心臓が止まりそうになる。
「お前…」
見知った背中がふらっと追い越してきた。
境内の入り口に幼馴染は座った。
俺と幼馴染のお気に入りの場所だったあの場所に。
本物か分からなかったけどなんとなく分かった。
本物だ。
なんでいるのかも分からない。
本当に生きていた?
ドーパミンやら幻覚やらなのか
いつもと変わらない足取りで隣に座った。
正直聞きたいことだらけだ。
先に口を開いたのは
「ごめん」
「なにについてだよ」
笑ってそう返したら泣きそうなはにかんだ顔で笑っていた。
お互いに少し気まずくて無言になってるこのタイミングしか無い。
むしろこのタイミングでしかない。
「好きだったよ、ずっと」
そう伝えると彼女は少し照れながらも
「私もだよ」
と返してきた。
きっと、確実にもう彼女は死んでるんだろう。
証拠に体が透けてい彼女の向こうの景色が見える。
情けないかもしれない。
後悔するには遅いかもしれない。
けど今はこう思う。
「消えて欲しくない」
「まだお互いなにも出来てない」
彼女に抱きつき懇願する。
自分でも情けなくなる。
まだ消えて欲しくない。
彼女は分かった分かったと笑いながらも涙を流していた。
日が昇り始める。
本人は不思議そうに見ているけどきっと決まっていたんだろう。
急に
「見守ってるから」
そう言い放って笑いながら俺の
長い長い夜と片思いが幕を閉じた。
夏、花火、君と二人で 某凡人 @0729kinoko
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