夏、花火、君と二人で

某凡人

1話

夏、蝉せみの声が五月蠅うるさく鳴り響く日常。

夏特有の涼しげな風鈴の音が蝉の声の中に混じる。

夏休みで暇を持て余しなんとなく縁側で流れる雲を見ていた。

こんなに暇になるんならと昨日の夏祭りに行かなかった自分を恨んだ。

縁側の庭には小学生の頃育てた朝顔と桶の中に冷やしてある西瓜スイカとラムネが置いてある。

きっと母親か祖母が置いたものだろう。

何もする事もなくラムネをとろうと桶に近寄ると声をかけられた。


「大ちゃん」


声の主はすぐそばの垣根から顔を出していた。

俺の幼馴染みの宮間秋みやま あきだった。

浴衣を着ていた。

昨日が祭りだったはずだ。

今日だったか?

照れ隠しで


「もうこのとしだとちゃんじゃねぇよ」


と返しながらラムネを2本取る。


「あはは、は…そうだよ…ね…」


と寂しげな返答をされて少しの罪悪感でラムネを渡しにくくなって無言で差し出す。

けどそこに受け取るはずの彼女の姿はなくて

ラムネが地面に落ちる音がした。

慌てて玄関を飛び出す。

曲がり角に居た近所のおばさんに「危ないじゃない!!」と怒鳴られたけど関係ない。

第一彼女は浴衣だった。

速く走れる訳がないし持久走でも最下位だったはずだ。

けど彼女のいた位置を見たけど居ない。

それどころかここはほぼ一本道だ。

狐につままれた気分になって家の玄関をくぐると母親が電話をしていて酷く驚いている。

驚いているあまり肩が強張っている。

ハンカチを握りしめこんなに泣きそうになっているのはなかなか見ない。

なにかが原因でこうなったのは見たことがあるけど原因までは分からない。

母親が泣きながら膝から崩れて俺を見る。

その内容はあり得ないはずの事だった。


「秋ちゃんがぁ…あの子…どうして…」


風鈴の音が静かにどこか寂しげに鳴った。



次の日、

外の葬儀看板には


「故 宮間秋 儀 葬儀式場」


の文字。

死因は三日前の夏祭りの帰りに踏切での飛び込み自殺って診断されたらしい。

だとしたら昨日の宮間は一体…?

棺は遺体の損傷が激しいらしく開けたら駄目と念を押された。

お経、火葬、どんな場面でも泣けなかった。

涙が出なかった。

親からは不思議がられたが自分も不思議でならない。

なんて言ったら分からない、説明もつかないけどあいつはそんなことで死なないだろう、死んでないだろう別の誰かだろうってまだ心のどこかで思っているんだろう。

明日には逃げたことの気まずさでギクシャクしながら玄関のドアを叩いて来るんだろう。


「そうかもね」


唐突な後ろからの返答に振り返る。


声の主は葬儀場のすぐ外、角の方から喋ったようだ。


「ちょっと用事」


母親にそう告げると声の主を追うことにした。


制止する声も今の俺の耳には入らない。


何回も聞き慣れた声に導かれるように葬儀場を後に

「こっちこっち」

と声だけの存在をただ追いかける。


やっぱり予想は合ってた。

あいつは死んでなかった。


数年前駆け上がった夏祭りが催される神社への階段を足早に駆け上がる。

確か神社の名前は「乖交神社」。

古くから残る神社で昼間にここに向かうおじいさんおばあさんなんかはよく見る。


一段一段踏むたびにあの頃が脳裏によぎる。

よく金魚すくいなんかやってた。

最後は確か同数で引き分けだった。

リンゴ飴の早食いなんかでも競った。

ヨーヨー釣り、射的、かき氷の早食い

まだなにも勝負が終わってない。


最後の一段、無駄に力が入る。

こんな時、笑い合える友達がまた隣に居て欲しいものだ。

登りきって振り返る。

村全体を眺められるこの位置が小さい頃好きだった。

感傷に浸っていると急に手を引かれた。

引いたのは他の誰でも無い幼馴染みだ。

なぜか無言で森の方へ引っ張る。


「どうしたんだよ。皆お前のこと死んだって思ってるぞ!」


4歩ほど進み振り返り幼馴染は口を開いた。


「これには深い訳があるの。ついてきて」


そう言って幼馴染は森の中に駆けていく。

もちろんその後を追う。


「なにしてたんだよ」


「内緒」


人差し指を口に当ててウィンクしてきた。

暗い森の中ガサガサと草を掻き分けていく。

何回かこの森には入ったことがある。

もちろん幼馴染あいつと。

入ってじいちゃんに橋を渡ってないかよく聞かれたっけ。

結局なんだったのかは分からないけど。


靴の草を踏む音がしっとりとした土を踏む音に変わる。

走ることに夢中になって下しか見てなかったけど幼馴染あいつがどこに向かっているかは分かった。

きっと場所だ。

目の前に橋が見えてきた。

でも二人揃ってじいちゃんに叱られたことがある。

渡ろうとした直前でじいちゃんが止めに来た。

あの時は本当に飽きるほどこっぴどく叱られた。

けど目の前の幼馴染あいつはためらいもなく進んだ。

俺が橋の手前で止まってるのに気がついたのか振り向いて


「こっちこっち!」


と手招いている。

…ゆっくりと俺は口を開いた。


「お前って秋だよな」


「うん」


「金魚すくいで引き分けたよな」


「うん」


「好きな物は西瓜スイカだったよな」


「うん」


「ありがとう」


「うん」


「お前、電車で轢かれて死んだんだよな」


「う繝コ繧ン縺ド縺コ譁ソ縲吶ん」


踵を反転して全力で走り出す。

後ろを少し振り向くとあり得ない方向に関節が曲がったりカクカクした動きをしている。

何より背中から黒い手が出てきている。

怖さで足が少し震えてる。

後ろからも草を掻き分ける音と明らかに人間じゃない足音が聞こえる。

捕まったら終わる。

直感でなんとなくわかる。

死に物狂いで来た道をひたすらと走る。


「待って」「待ってってば」「待っててて」

「待ってぇぇ」「ええぇえぇえ」

「待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って待って繝弱縺縺ニ溘譁ガ怜喧縺シ譁?テ謨吶縺ナ縺上ル□縺モ輔縲繝斐ノ縺励菴カ縺?縺?縺吶?」


化け物かもしれない…とはいえ幼馴染あいつにありがとうって言えたんだ。

最悪化け物に捕まっても悔いは無い。

獣道を走り抜ける。

まだあの黒いのは追いかけていている。

逃げるのに目標になるような物は無い…

何回も見たような来た道をひたすらと辿る。


幼馴染あいつとならこんな状況でも笑えただろうけど本当の幼馴染あいつはもう居ない。

そんな事実を反復するように頭の中で自分に伝える。

自然とあの時出なかった涙が出た。


零れる涙をそのままにして境内までたどり着いた。

後ろからの足音はもうしない。

感覚的には短かった夜ももうすぐ明ける。

よく考えたら数時間走っていたことになる。


「はははっホントに不思議だよね笑っちゃう」


そう言いながら背中をよく見知った声の持ち主がバシバシと叩いてきた。

あんな事があった後だから心臓が止まりそうになる。


「お前…」


境内の入り口に幼馴染は座った。

俺とのお気に入りの場所だったあの場所に。

本物か分からなかったけどなんとなく分かるものだ。

本物だ。

なんでいるのかも分からない。

本当に生きていた?

いつもと変わらない足取りで隣に座った。

正直聞きたいことだらけだ。

先に口を開いたのは幼馴染だった。


「ごめん」


「なにについてだよ」


笑ってそう返したら泣きそうなはにかんだ顔で笑っていた。


お互いに少し気まずくて無言になってるこのタイミングしか無い。

むしろこのタイミングでしかない。


「好きだったよ、ずっと」


そう伝えると彼女は少し照れながらも


「私もだよ」


と返してきた。

きっと、確実にもう彼女は死んでるんだろう。

証拠に体が透けている。

情けないかもしれない。

後悔するには遅いかもしれない。

けど今はこう思う。


「消えて欲しくない」と

「まだお互い満足出来てない」と

情けない泣き顔で彼女に抱きつき懇願する。

彼女は分かった分かったと笑いながらも涙を流していた。


日が昇り始める。

彼女も光になって指の先から消え始めてる。

本人は不思議そうに見ているけどきっとなんだろう。


急に幼馴染が振り返った。


「見守ってるから」


そう言い放って笑いながら俺の幼馴染恋人は光になって消えた。

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