彩食園グルメエクスプローラーズ!

鳥路

序章:天使と猟師

1:天使風翔と土神燎司

いつもの時間に起こして貰い、用意された朝ご飯を食べる

お手伝いさんに挨拶をしてから学校に行って、どこにでもいる学生らしく授業を受ける

いつも通りの毎日

何も変わらない、普通で退屈な毎日

これを毎日繰り返して、高校を卒業して

何の疑問も持たないまま親が敷いたレールの上を歩くだけの人生を、これからも過ごすのだと思っていた


「はっ…はぁ…!」


背後からドスドスと足音が響き、地面が揺れる

何度かバランスを崩し、ぬかるんだ地面に飛び込んだ

転んだ衝撃、膝にはしる痛み

切れた息を整える時間なんてものは、今の僕には存在しない


「あがっ…!」


木の根につまずいて転倒。もう何度目かわからない

まだ、走らなきゃ。走らないと

自分を鼓舞するように言い聞かせながら起き上がる


それと同時に、奴も僕に追いついてしまった

自分の全身を覆うように差した影を認識した瞬間、僕は立ち上がることを諦めてしまう

これからどうすることもできやしない

逃げることも、抵抗することも、なにもかも…もうできないのだ


「…もうだめだ」


背後を振り向くと奴がいる

自分より何百倍も大きい生き物

見たこともない生き物は僕を数回物色するように眺めた後、その大きな口を開いた

これから、それが持つ鋭利な牙によって僕は砕かれるのだろう


死を覚悟し、目を閉じる


どうしてこんなことになったのだろうか。それにここはどこなのだろうか

まあいい。そんな疑問を抱いたところで欲しい答えが返ってくるわけではない

それに今から死ぬ僕には、関係のないことだから


「ギャッ!」


パンッ!と、遠くから乾いた音が響く

聞き慣れない音。強いて言うなら、運動会の時に聞くような…そうだ。ピストルだ

どうして最期に聞くことになる音が自分の咀嚼音ではなく、ピストルの音なのだろうか

…特に思い入れは、ないはずなのだけれど


それになんだ、ギャッ!って。何の声だ?まさか僕以外にも人がいる?

おそるおそる目を開け、目の前に広がる光景をその目に映した

予想では、化物の口が視界いっぱいに広がっていると思った

しかし僕を先程まで食べようとしていた化物は白目を浮かべ、目の前で死んでいた


「…どうして、死んで」

「…あ、人、ちゃんと生きていたのか」


声を聞き取ったのだろう

この状況を作り出した張本人は化物の影から僕を覗き込むようにやってきた


「立てるか?」

「あ、うん…ありがとう」


彼の手を借り、僕はやっと立ち上がった

助けてくれた彼の背には猟銃らしきもの

先程の乾いた音の正体はこれであり、僕はどうやら彼に助けられたらしい

助けられたからと、初対面の人間を信用するのはよくないとは思うが…

少なくとも、彼は身につけている服でどこの出身なのか把握することはできる

どこの誰か知らない存在ではあるけれど、まだ信用できる


「ところで君、その制服…」

「ああ。君も彩燭さいしょくの、しかも高等部の制服だな。三年、いや二年生か?」

「二年生です。そういう貴方は…二年生ですかね」

「ああ。同級生らしいな」

「同級生だったんだ…」

「ああ。だから敬語は抜きでいいよ。堅苦しいの好きじゃないし。ところで、君は?」


驚いた。まさか同級生だったとは

しかしこんな人、同級生にいただろうか

それに彼も僕のことにピンと来ていないらしい

一年の時から有名人をやらされているから、知らない人はいないと思っていたのだけれど

でも、その方が楽だな。変に気を遣われたり、持ち上げられたりしないから


「僕は天使風翔あまつかふうと。君は?」

「俺は土神燎司つちがみりょうし。とりあえず何かの縁ってことで、よろしく」

「よろしく…あのさ、土神君」

「なんだ?」

「それ、なあに?」


とりあえずと思って、一番の疑問を解消しておくことにする

同級生である彼がなぜ猟銃を持っているのかという部分だ

それがあれば、使いこなせるかどうかはともかくとして…先程の化物みたいなのが来た時のお守りにはなるだろうから

できれば入手手段とか聞き出しておきたい


「ああ。転移特典で貰った。天使は何か貰っていないのか?」

「転移?特典?」


申し訳ないが、彼が何を言っているのかさっぱり理解できない

言葉の意味は理解している

しかし、なぜ今その単語が出てくるのかがわからないのだ


「…俺たちをここに連れてきた神らしい女神とかいうのも言っていたじゃないか。この世界の説明だって、あの空間にいたのなら一緒に受けただろう?」

「そんなの、聞いていないよ」

「まさか、飛ばされた時点で気絶していたのか?」

「多分、そうだと思う。僕は周囲が光に包まれてからの記憶がなくて、気がついたらここにいて、こいつに追い回されていたから」

「なるほど。だからこの世界の事も、転移事情もジョブもスキルも勿論知らないと」

「変な単語が増えた…。あ、うん。知らない。何も知らない」


どうやら土神君はこの世界?に関する説明も、転移とか特典とかの説明も何者かに受けているらしい

頭の中を整理するためにも、事情はきちんと把握しておきたい


「…土神君。助けて貰った上に色々と頼むのは不躾だと思うけれど、その」

「俺が見聞きして、覚えている範囲だが。それでもよければ話すぞ。何もわからないのは不安だろうし、気絶なら仕方ない」

「ありがとう」

「気にしないでくれ。自分達の勝手でこの世界とあの世界を繋いでおいて、そういう配慮すらないのか…あいつらは」


うんざりとした顔でため息を吐く土神君

面倒くさいことを頼んだ自覚は勿論ある。けれど、彼の呆れは僕と言うよりはこの世界に連れてきた存在達に向けられているようだ

…聞くべき説明を全く聞いていない面倒な同級生認定はされていなくて安心したかも


「とにかく、色々とお願いしてもいい?」

「勿論だ。その前に、一ついいだろうか?」

「なにかな?」

「膝の怪我、ズボンを貫通している。早めに消毒をした方がいい。それを終えてからでもいいか?」

「うわぁ」


彼…土神君が指摘した部分を確認すると、うっすらとだがズボンに血が滲んでいた

些細な怪我だと思っていたのだが、積もれば些細な怪我も重症に変化するらしい


「も、勿論だよ。教えてくれてありがとう!」

「…酷そうだが、痛まないのか?」

「なんだろう。感情の昂ぶりとかの影響なのかな。よくわからないことになっていて」

「他にも怪我をしている可能性はあるか?」

「あるかも。何度か転んだから」


膝のように、服の下で怪我をしている可能性はあるけれど…流石にそれはこんな危険地帯で確認できるようなことではない


「…とりあえず、大事をとって俺がおんぶをしよう。その調子だったら、足首を捻っていても今は痛みを感じていないかもしれない」

「そ、そっか。色々と頼んでいいかな」

「勿論だ。とりあえず、川辺に運ぶ」

「場所、わかるの?」

「ああ。そこで傷口を綺麗にして、応急処置をした後、ここに来るまでの話をしよう」

「わかった」


土神君におんぶをしてもらい、彼は川辺の方へ歩いて行く

勿論、道中の警戒も怠らずに


「慣れているね」

「一週間、この森を彷徨っているからな」

「食べ物とかあるの?」

「あるにはあるだろうけど…俺にはそれが食べていいものなのか判別しかねるな」

「そういう問題もあるのかぁ」


同郷の存在に会えたからといって、気を抜いていいという訳ではなかった

むしろこれが始まりとも言えるだろう


何の変哲もない日常が、これからも続くと思っていた

けれど僕らは唐突に、そんな日常と当たり前に生きていた世界から追い出されてしまった

未知の植物が生い茂る森、未知の化物がうじゃうじゃいる環境

退屈な日常が恋しくなるほどに刺激的な日常は、知らない世界で、知らないうちに始まっていたらしい

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