セーブポイント1-2a

 トントントンと小気味良いリズムで、包丁を捌く音がリビングに木霊する。お味噌汁の出汁の香りが広がり、食欲を掻き立てる。琴無のリクエストは、珍しく和食だった。いつもなら『トーストだけでいい〜』と素っ気なく返されるが、満面の笑みであんな事を言われてしまえば、腕に縒りをかけてしまうというものだ。

 「彰音ぉ〜お腹すいたぁ〜」と、女王様がソファで駄々をこねている。

 「もう出来る。テーブル、拭いててもらえるかな」

 「うぇ〜……はぁい」

 若干の不満の声と共に渋々動きだす琴無、除菌シートを手に取り、慣れた手つきでテーブルを撫でる。二人で囲むには、かなり大きいそれを拭き終わると、いそいそと着席する。

 「おまちどうさま、ご飯の量どうする?」

 むぅと可愛らしく考え込む琴無は「今日って、お昼までには帰れるんだっけ?」と言った後、またんーと考え始めた。

 「今日から三日間は午前中に終わるはず。今日はクラス発表に、始業式、配布物貰っておわりかな」

 「そうなの?てか、そもそも今日って何曜日?」

 なるほど、そうきたか。度重なるぐーたら生活で、曜日感覚を忘れている。少し呆れたが、もう何年も経験しているのでスルーしつつ話を進める。

 「今日は水曜日、明日は健康診断と教科書購入、明後日は体力測定。本格的に授業が始まるのは来週から」

 「うぇ〜〜〜体力測定なんだよなぁ……休もうかな」

 マジか、散々休んだってのにもう休みの事考えてやがる。気持ちはわからなくもないが

 「休んだ人は振替で放課後やるらしい。6限受けた後にやるよりはマシだろ?」そう答えると、「そうだよねぇ〜〜」という諦めのクソでかいため息まで聞こえてきた。

 「ご飯いつもと同じ量がいい」

 一通り今後の予定を確認すると、自分の腹具合を伝えてきた。

 「おっけ、さぁ食べよう」

 エプロンを椅子にかける。色とりどりの朝食に、自分を褒める。ご飯、ソーセージ、卵焼き、レタスとトマトのサラダ、お味噌汁。自分で言うのもなんだが、朝はこういう簡単なのが一番美味い。二人揃って向かい合い、手を合わせる。美味そうな朝食、可愛らしい幼馴染、午前七時、なんとも幸せな睨めっこだと思った。

 「「いただきます」」

 よほどお腹が空いていたのか、琴無の箸が進むのは早かった。

 「夜食はどったの?」と聞くと、むごむごと飲み込みながら「十時に食べたよ」と返ってきた。なるほど九時間も熱中していたらしい。この食いつきも頷けるというものだ。

 「そーいえばさぁ世界大会始まるよね」

 唐突に繰り出された話題に、頭がついていかなくなった。「なんの?」と答えると「warlant!最近私がハマってるゲーム、この間一緒にやったじゃん!」

 そういえばやった。なんでも最近、ストリーマーやVtuberがよく集まって配信しているという流れに乗っかり、『やれ』と琴無に言われて一緒にプレイした。個人的には、ゆっくりした流れでじっくりと考えられるFPSシューティングだったので楽しかった記憶がある。

 「5対5の奴か、珍しいよな。基本ソロの対戦ゲーばっかりやってるのに」

 「しょうがないでしょ……友達少ないんだから……人付き合いとか苦手だし……」

 目に見えてしょげている。この返しはまずかったかなと、ぼんやり考えていると「でもねぇ……ふふ!この間は一緒にできて楽しかった!」と、いつのまにか元気になっていた。

 「それはよかった。ランクはソロでまわしてんの?」と聞くと「ん〜、もう上から二番目のランクまではいったよ。ソロだと連携取るの難しいし、それにほら、私、野良だとVCボイスチャットにボイチェン入れてるじゃん?それでたまにふざける人とかいてさぁ……でも最高ランクまでは時間の問題かな!」

 毎度、琴無の才能には驚かされる。卓越した反射神経と、動体視力。ゲームを理解するセンスとそれを活かす閃き。自分もそれなりに上手い自信はあるのだが、いかんせん琴無の前だと霞んでしまう。

 どんなゲームをやらせてもメキメキと上達し、対戦要素のあるものだと、すぐ最高ランクに到達し、飽きてやめる。そしてたまに海外の大会に参戦して、賞金を荒稼ぎしてはそのお金でまたゲームを買い漁る。その様な生活を中学二年の時から続けていた。幼稚園の頃から一緒にいるが、その活動に付き合わされる様になったのも、琴無に「損はさせないから、付き合って!」と懇切丁寧にお願いされたからである。

 俺の両親、琴無の両親も研究職で、多忙なこともあり、最近は家に帰ることも少なくなった。家族ぐるみの仲はよく、両家の両親は『義務教育も終わったから、後は互いに仲良くやるのよ〜』と舐めた事を抜かして仕事に集中し始めた。琴無はゲーム以外はかなりポンコツなのでこうして目を離せずに自分が世話をしている。俺は冬澄家に嵌められたのかもしれないと苦笑いをしていると、「どうしたの?」と顔を覗き込んでくる彼女に「最近の振り返りをしてたところ」と返して残りのご飯を口に放り込んでいく。半分ほどしか進んでいない自分に比べて、琴無は、ほとんど食べ終わっていた。

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