異邦の運び屋〈ポストアポカリプス〉

村上さゞれ

第1章 CHINA-PUNK篇

第1話 出会い

1-1 西暦2145年

 なつ

 360度、白く漂白された荒野をホバーバイクが横切っていく。


 車輪のない青いバイクはどうやら反重力で浮いているらしく、反重力装置付きのモーターが稼働する甲高い音と、ぐつぐつと何かが沸騰するような音がわずかに漏れている。

 後ろに連結している荷台も同じ原理で浮いているらしく、バイクが揺れるたび大事そうに積まれた荷物がカタカタと振動している。連結部のボルトが赤く溶けかけているのは魔改造ゆえのご愛嬌というやつだろう。


 辺りにはクレバスのように裂けた地面、建物の基礎らしき剥きだしの鉄骨と、コンクリート片が生えているだけの極めて殺風景な大地であった。

 そして、それは走っているうちにどうやら巨大な大小重なり合うクレーター群の上を走っているらしいことに気がついた。


 空は底が抜けたように深い青でみきっており――実際オゾン層などぼろぼろなので事実なのだが――白い大地と隆起りゅうきした地平線でまじわっている。

 直射日光はもちろんのこと、白い大地ゆえの下からの反射で、うだるような灼熱の荒野には常に陽炎が漂っている。当然、降り注ぐ紫外線の量もすさまじく、偏光ゴーグルでもつけていなければ眼球が焦げる。


 ひとは旧東京爆心地跡を含むそのエリアを〈漂白地帯〉と呼んでいた。


 空の青さと同じ配色のホバーバイクにまたがった青年は、前傾姿勢のまま、ハンドルを操作しながら周囲を警戒している。しばらくすると、ようやく原型の面影を残した建物が一軒いっけん近づいてくる。

 大部分が崩壊した建物の前で、青年はようやくバイクを止めて休憩する判断をした。動力パイプが剥き出しのホバーバイクの速度が落ちていき、炉心の出力が下がるのと比例して稼働音も小さくなっていく。


 やがて車体の下に装備してある――ソリのような見た目の――二本のが展開され、白い砂の大地にすこし沈みこむようなかたちで着陸する。

 炉心用の冷却システムに連結した動力パイプの接合部から、ぬるくなった液体がぼたぼたと滴り落ちる。


「……あぢー……」


 青年が背負っていた猟銃を持ってバイクから降りると、金属が砂を踏むような独特な音がした。

 青年の両足は義足で出来ていた。

 うさぎの足を模したような義足は走るためだけに特化したもの。短距離だけであれば軽く乗用車くらいの速度は出るだろう。加えて、のような髪型をした青年は人間ではなかった。


 ……世にも珍しい義体者である。


 青年はふと、バイクに踏まれたままの一輪のタンポポの花に気がついた。スキッドに茎が潰されたせいか、すこし花弁が黒ずんでしまっている。

 近くの地面にはここ数日の間に何台かの大型車が通ったのか、重なったタイヤ跡が残っている。大方おおかた、行商人の輸送車に付着していた種が落ち、ここで花を咲かせたのだろう。

 ここもすこし前までは廃墟群が残っていたのだが、今ではちらほらと地面に刺さった鉄骨とこの崩壊した建物で終わりらしい。

 ただの白一色しかない大地で、唯一、といっていい黄色の花は咲いていた。


「……ぁ……」


 直後、すこし強い風が青年たちを襲った。

 結果、青年の目の前で咲き誇っていた花弁がボロボロと崩れ落ち、やがては粉々になって消えていく。

 ここに来るまでに、相応の軌跡を歩んできたであろう花もここではみな平等に消されてしまう。そのことを改めて自覚させられた青年は、思わず自分の着ている服へと視線を向けた。


 警告色である黄色のパーカーの上に黒革のライダースを羽織はおっただけの服装は、全体的にもう何週間も洗っていないとばかりに白砂はくさで汚れている。

 青年はそれを手で払いながら、息苦しいとばかりに前のファスナーを開け、中に籠った熱を排出しようと胸元をあおぐ。

 だが、青年がイカ墨パスタのような髪をかき分けながら、ついでに局地仕様の偏光ゴーグルを外した、そのときだった。


「…………」


 青年は視界の端で、何かが遠くから近づいてくるのに気がついた。

 最初はぼんやりと小さな黒い粒だったそれも、やがて時間が経つにつれて徐々に形を大きくしながら近づいてくる。

 指で輪を作るようにして丸めると、青年は義眼のレンズを調節して拡大し、その中をじっとのぞき込んだ。


「雑草のチルドレン、単体でなんて珍しいな」


 偽りの救済者エイドフェイカー

 そんな名が付けられた化け物は、二足歩行の雑草のような見た目をしていた。ぎらぎらとした紫色の眼光が遠目からでも見えており、雑草は小さな砂ぼこりを上げながらこちらに全力疾走してくる。

 ホバーバイクの音につられてやってきたらしい。

 ホバー仕様はガソリン車とは違ってだいぶ音も静かで快適なのだが、まれに聴覚に特化して生まれてくる特別個体もいると聞く。


 ……ヤツがそれなのだろう。


 雑草からは明確な殺意がこちらに向いており、一刻も早く殺してやるとばかりに爛々らんらんと眼光をたぎらせている。

 ふつうの個体とは違い、どうやら背中に咲いている食虫植物のような見た目の花がアンテナの役割を果たしているらしい。


 青年はすぐさま偏光ゴーグルをかけなおして片膝を地面につくと、背負っていた猟銃を構えてアナログ式スコープを覗き込んだ。砂嵐などが多発する漂白地帯ではデジタルな電子機器は不具合を起こしやすいためである。


 徐々に近づいてくる雑草の幹の部分には、ブサイク極まりない植物製の顔を張りついていた。青年はその眉間みけんらしき部分へと照準を合わせる。――が、雑草もどきは根っこを必死に回転させながら、上体である幹の部分をぶんぶんと左右に大きく振りまわしているせいでうまく狙いが定まらない。

 仕方なく、雑草の根とみきの中間地点に照準を合わせ──人間でいうところのいわば骨盤だろう箇所に狙いを定めると──青年はトリガーを引き絞った。


 ターン。


 白い荒野に乾いた銃声が響き渡った。

 雑草が何かに弾かれたようにして上体をらし、勢いのまま砂ぼこりを上げて転がった。瀕死かどうかは分からないが「ミギィ――」と小さく悲鳴を放ちながら、びくびくと体を痙攣けいれんさせている。


「核を壊さないとな」


 青年はそう呟くとホバーバイクに乗った。

 あれほど遠くにいた雑草の怪物も、アシがあれば一瞬で近づくことができる。そこには痛みでのたうちまわる雑草がいた。


 スコープで遠くから見ても気味が悪いとは思っていたが、やはり近くで見ると思わず鳥肌が立つほどに気味が悪いビジュアルをしている。

 銃創を回復させようとしているのか、雑草の怪物はしきりに傷口から緑色に光る液体を泡立たせて止血処置をしており、砂まみれになるのも構わずにひたすらに暴れている。

 おそらく人間でいうところの血なのだろう。周囲に蛍光色の液体をぶちまけながらも、こちらを睨みつけながら根っこをムチのようにしならせて殺そうとしてくる。


「ミギュ、ミギュ、……ギュッ‼ 」


 ターン、ターン、ターン、と軽やかな銃声が三度荒野に響きわたり、雑草の核があるであろう部分に三発の銃弾が撃ち込まれる。直後、幹の中心部分に撃ち込まれた最後の銃弾が『パキリ』と何かを割ったような音を放った。


「……お、あたりか」


 核を破壊したのだろう。あれだけ元気よく走り回っていた雑草が途端にシナシナと萎えていき、ついには完全に枯れてしまう。幹の中心部分に開けられた風穴から細やかな粒子がきらきらと浮かんでいき、やがて消える。

 あとには動かなくなった枯れた亡骸と、何やら花の部分についていたらしい果実だけが残って――


「お」


 青年はそこで、緑色の光を放つ果実に目をつけた。

 ソフトボールほどの緑色に光る果実は、どうやら雑草の化け物が実らせていたものらしい。水晶体のようなそれを拾ってみると、かすかに薬品のような人工的な匂いがした。


「おおっ! これ、もしかして【フェイクフルーツ】か!!」


 青年は嬉々として果実を荷台のセーフボックスにそっと入れると、やったやったとばかりに小躍こおどりをする。銃声につられた他のチルドレンと会敵しないように、青年はすぐにバイクへと乗り込むとハンドルを捻じりこんだ。

 どうやら、今日は幸運の女神さまがバーゲンセールでもしているらしい。ガラでもなく鼻歌を歌いながら青年はバイクを走らせ始める。

 たしか、シズオカ駅周辺のエリアにはまだかなりの廃墟が現存していたはず。そんなことを考えながら、配達先の中継地点に向け、青年は勢いよく去っていき――


 青年が走り去ったあと、そこには何もない白い荒野が広がっているだけだった。



 青年は本名を知らない。

 義体化手術を受けたときに、元の記憶を引き継ぐことが出来なかったからだ。それでも青年はいまの自分の名前を気に入っているとばかりにその名を名乗る。

 トランプのスペード。

 青年は自分のことを『スペード』と呼べと、よくそう言っている。

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