臆病と特殊性癖
熊肉の時雨煮
心霊怖がらせツアー
「さっちゃん! 絶対手はなさないでね! 絶対だからね!」
「はいはい、わかってるよ。みっちゃんは怖がりだなぁ」
私、
「だって! 下透けてるんだよ!」
「強化ガラスだから大丈夫だって」
みっちゃんは脚をすくめて恐る恐るといった表情で下を除いては目を瞑っている。怖いならやめればいいのに。
……でも、そんなところが可愛いんだよなぁ♡
みっちゃんは臆病だ。近所のイカつい顔の犬を飼っている家の前は絶対に通らない。新しいクラスになってもなかなか話しかけられず孤立してしまう。声をかけられようものなら借りてきた猫のようになる。夜、トイレに行きたくなった時は私に電話してくる。毎回何かの物音に反応した悲鳴が聞こえてくるが、大体は本人が歩いたことによる軋みなどだ。
そんな、小動物のようにブルブルと震えて縮こまるみっちゃんのことが私は好きだ。今日だって透明な床に怯えるみっちゃんが見たくってここに来た。
でも、最近なんだかしっくりこないんだよなぁ。インフレっていうかなんというか、今まで通りの反応だと物足りないのかな?
「さっちゃんどうしたの?」
「ううん、なんでもないよ」
ガラス張りの床から抜け出したみっちゃんが私を心配してそう声をかけてくる。こういうところを見ると罪悪感が湧いてきて、ゾクゾクとした快感を感じる……ん?罪悪感、罪悪感か……
「みっちゃん、みっちゃんってホラー苦手だったよね?」
「え?うん、私霊感あってよく見えちゃうから、偽物でも見たくないな」
「そっか、ありがとね」
「?」
なるほどなるほど、いい事聞いたな。
**
「無理無理無理無理! 絶対無理!」
「大丈夫だって、私も行くから」
「ここはダメだよ! 絶対無理だよ!」
東京スカイツリーに行ってから翌日深夜。私はみっちゃんを連れてとある心霊スポットに来ていた。逸話はあるあるな自殺タイプのトンネル、つい最近有名になった場所で、なんでも入った人が呪われて幽霊の仲間入りするとかなんとか。
「幽霊でないなら霊感も問題ないでしょ?」
「そういうレベルじゃないの! ここは絶対ダメなの!」
「えー」
いつになく渋るみっちゃん。半泣きになってる顔がすっごく可愛い♡ でも、このままじゃ進まないな。
「ほら、手繋ぐから行こ」
「でも……」
「大丈夫だって、私も一緒だから」
「うぅ……わかった。絶対絶対はなさないでね!?」
「わかってるって」
よし!心の中でガッツポーズしながらトンネルの中へと足を踏み入れる。トンネルは今ではもう使われていないが電気が通っており、オレンジ色のライトが明るく照らしている。しかしその反面、不気味なほどに車が通らない。
「あんまり雰囲気ないと思ってたけど、少し怖いかも」
「ちょ、さっちゃん! さっちゃんが怖がってどうするの!?」
「あ、でもみっちゃん見たら落ち着いた」
むしろ興奮してきた。今までにないほどに怖がっているみっちゃん。可愛すぎるでしょ♡ スマホのカメラなんかじゃこの可愛さを納めきれない!あーなんで今日一眼レフカメラ持ってきてないの!? 仕方ない、このみっちゃんの姿をスマホのカメラと網膜に刻みつけて――
バン!
「え? なに?」
「ひぇ……」
大きな音と共にトンネル内のライトが消える。私の困惑する声と、みっちゃんの小さな悲鳴だけがトンネル内に響き渡る。うん、健康にいい悲鳴だ。
「イヤァァァァ!」
「ちょ! みっちゃんいきなり叫ばないでよ!」
「何か! 何か足に触れた! 何!?」
「みっちゃん! 落ち着い――」
これは楽しんでいる場合じゃないと思いみっちゃんに落ち着くように促そうとし、みっちゃんと繋いでいる方の手の手首を何かに掴まれる。
「キャアァァ!」
咄嗟に反対の手で何かを振り払い、みっちゃんを引き連れて入り口へ向かう。暗闇の中、勘を頼りにしばらく走っていると周囲のライトに光が戻り始め、トンネルの入り口も見えてくる。
「もうすぐだよ、みっちゃん!」
そのままトンネルの入り口を走り抜け、私はその場に倒れ込む。
「もう、本当になんなの〜。大丈夫、みっちゃん?……みっちゃん?」
返事が返ってこないことを不思議に思い、繋いだままの手の方を見る。
「っ! ひぇ……」
繋いだままの手には、みっちゃんの手があった。しかし、その先がない。手だけがその場にあった。
「みっちゃん!? みっちゃんどこなの!?」
みっちゃんを探そうと必死で周囲へ呼びかける。
「さっちゃ〜ん、ここだよ〜」
「みっちゃん! よかった、まだトンネルにいたんだ」
しばらく呼びかけていると、トンネルの中の方からみっちゃんの声が聞こえてくる。
「ひどいよぉ、はなさないでっていったのに」
「それは、私もはなしてはいないっていうか。その……」
「さっちゃんが連れてってくれなかったせいで、私……こんなになっちゃったのに」
「っ!! みっ……ちゃん?」
トンネルの奥から現れたみっちゃんは、右手がなく、全身から血が流れていた。肌の色は青白く、まるでゆうれ……
「さっちゃぁん」
「ひぃ!」
様子のおかしいみっちゃんを観察していると、いつの間にか迫ってきていたみっちゃんに押し倒される。
「ひどいよぉ、置いていくなんて」
「ご、ごめんって」
「……ごめん? それだけ? 私が臆病だって知ってていろんな場所に連れ回して、イタズラして、それで死んじゃって、ごめんだけなの?」
「死ん! ……本当にごめん! なんでもするから許して!」
普段と違うみっちゃんの様子に不気味なものを感じた私は怯えながらもそう許しを嘆願する。
「なんでも? なんでもって言った?」
「う、うん。なんでもいいよ」
「そっかぁ、何でもかぁ。じゃあ……手、繋いでてもらおうかな」
「手……? あっ! いいよ! もちろん! ほら!」
思っていたよりも簡単なお願いに、私は二つ返事で手を差し出す。しかし、みっちゃんは差し出した私の手ではなく手首を掴むと、そのまま地面に押しつけ、足で押さえる。
「みっちゃん……?」
「……でもね、さっちゃんは嘘つきだから、ただ繋いでるだけじゃダメだと思うんだ」
「な、何言って」
「だからね、絶対にはなれないようにするの」
「な、何それ」
みっちゃんは懐から何かを取り出す。月明かりを鈍く反射する、人の腕など容易に切断できそうな肉切り包丁。
「これでさっちゃんの手首を切り落として、私がずっと握っておくの。そしたら絶対にはなれないでしょ?」
「や、やめ……」
「さっちゃんがいけないんだよ? はなさないでって言ってたのにはなしちゃうんだから」
みっちゃんは肉切り包丁を私の腕あたりに添え、頭あたりまで持ち上げる。目の端からは自然と涙が溢れ、視界はぐちゃぐちゃに歪んでいる。
「これでもう、はなれないね♡」
「イヤアアアアアア!!」
私の悲鳴とともに、肉切り包丁が振り落とされた。
パコッ
「……へ?」
ペットボトルが弾んだような軽い衝突音と共に、腕あたりに軽い衝撃を感じる。ふとそちらを見ると、腕は繋がったままで、肉切り包丁は地面にぶつかって変形していた。
「ふふふ……」
「み、みっちゃん?」
自身の腕をまじまじと見ていると、みっちゃんの笑い声が聞こえてくる。
「ドッキリだいせいこ〜う」
「へ?」
いきなりみっちゃんが笑顔でそんなことを言い出して理解が追いつかない。
「さっちゃん、このトンネル、私のお父さんの会社が管理してるって知ってた?」
「え? そうなの?」
「そうだよ〜。他にもね、私に霊感があるとかホラーが苦手とかは嘘だし、ここの噂は私が流したものだし、ライトも私が頼んで消したんだ」
そう言いながらみっちゃんは腕や顔を袖で拭う。すると、肌の色は元に戻り、逆に袖は青く染まっていた。よく見れば服の隙間から見える部分は元から何も塗られていないようだった。
「……ってそうだ! 腕は!?」
「あれ? 作り物だよ? 本物はほら、ここに」
みっちゃんはそういうと袖の中から手を出す。
「なんだぁ……」
「でも、さっちゃんのせいってのはほんとだよ? いつも私のこと怖がらせて楽しんで、これはそのお返しだから」
「それは本当にごめ――」
「でも」
頬を膨らませて怒るみっちゃんに謝ろうとするも、それを遮る形でみっちゃんが続ける。
「さっちゃんが私を怖がらせてた理由、私も分かった気がするなぁ」
みっちゃんの表情、見たことある。いつも私がみっちゃんを怖がらせてる時の顔だ。
「ね、さっきなんでもするって言ったよね?」
「え?」
みっちゃんは地面に横たわったままの私の手を掴むと、両手でぎゅっと握りしめる。
「もう、はなしちゃダメだよ♡」
―――――――――――――――――――――――――――――――――
こんにちは、熊肉の時雨煮です。
今回は1話のみの短編となっております。
本当なら最後のドッキリ展開はなく、もっと早い段階で沙苗の手が切り取られていたのですが、なんだか自身の趣味に合わずこのような終わり方へと変更させていただきました。
メリーハッピーエンドにも挑戦したかったのですがそれはまた別の機会にしようと思います。
読んでくださりありがとうございました!それではまた会いましょう!
臆病と特殊性癖 熊肉の時雨煮 @bea_shigureni
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