第27話

 その帰り。

 店前で女子勢と別れた俺と諌矢と工藤の三人は、住宅街の小道を歩いていた。

 自転車を押しながら、俺は内心ほっと胸を撫で下ろしていた。

 ハイテンションで距離感って物を知らない竹浪さん達女子には未だに慣れない。野郎三人の帰り道で本当に良かったよ。


「そういえば……一之瀬は遠足、私服で行く?」

 ふと、前で諌矢と並んで歩いていた工藤が振り向く。

 逆光で影になっており、工藤の表情は窺い知れない。

「へ?」

 それでも、俺は呆気に取られて、変な声で返す事しか出来ない。

 炊事遠足は校外活動で、学校指定のジャージだけでなく私服での参加も許されている。その辺は、この前のロングホームルームで担任から聞かされていたので分かる。

 しかし、俺は何も考えずジャージで行く予定だったので、わざわざ聞いてくる工藤の質問の意図を察するのに時間を要したのだ。


「工藤はジャージじゃないの? あっ」

 俺の中での遠足=ジャージという常識は、工藤には通用しないのかもしれない。

 口にした後で、その事にようやく気付く。


「俺は私服で来るけど……」

 首を傾けながら、それが彼にとっての当たり前なのだろうか。工藤は事も無げに答える。


「なあ。風晴もだろ?」 

「あー、俺も私服だな」

 諌矢は仰け反り気味の角度で振り返ると、ぼんやりした口調で答える。

 マジか。二人とも私服なのか。

 まるで私服参加が当然みたいな雰囲気だ。途端に俺の心が浮足立つ。

 これ、ジャージだと逆に浮いちゃうやつだ!

 何となく俺も私服着て来なきゃという気分にさせられる。しかし、残念な事に俺は圧倒的に服の手持ちが足りない。


「あれ……? 夏生はもしかしてジャージか?」

 そんな俺の不安を見透かしたかのように、諌矢が言った。

 工藤も先程から怪訝そうな顔を向けている。


「いや、別に――」

 咄嗟に誤魔化してしまう。

 リア充連中がファッションに投資する中、俺はお年玉をゲームや漫画に使っていたのだ。もう一度、俺の手持ちで考え得る私服のコーディネート、バリエーションを巡らすが、やっぱり思いつかない。

 それに、遠足当日は野外なので結構暑いかもしれない。そうなると、冬物じゃ駄目だ。

 薄手の羽織物の方がいいかもしれない。しかし、春先から今まで出不精だったせいで、この微妙な時期に着れそうな手持ちは、去年中学校時代に着ていたダサい服だけだ。

 ちょっと待て。じゃあやっぱ、恥かくからジャージで行った方がいいよな、絶対。でも、皆私服だと明らかに浮――


「あ、俺ここ曲がるわ。じゃあな」

 そんな風に、ジャージか私服かという宗教戦争のような議論を脳内で交わしていたら、工藤の一言で我に返る。


「じゃあ、風晴、一之瀬。明日の遠足で!」

 そう言って手を振って歩いていく工藤の小柄な体躯。それを見ていたら肩の荷が下りる。

 良かった。この話題からようやく離れられる。


「……おう! また明日~」

 俺は晴れ晴れとした気持ちで手を振り工藤の背中を見送る。諌矢も諸手を振って俺に続く。


「なあなあ、夏生。やっぱ、着てくる服無いんだよな?」

 そう言って俺を見る諌矢。その顔には悪戯を思い付いた悪ガキみたいな、空々しい笑みが張り付いていた。


「受験勉強で服なんて選んでる場合じゃなかったんだって。分かるだろ?」

「いや、分からん。もう五月も半ばじゃん。買う機会いくらでもあったよね?」

 諌矢はいつもの茶化す口調。

 さっき、工藤がいた時に言わなかったのは空気を呼んでいてくれたからだろうか。

 しかし、二人に煽られる形となった俺は気が気じゃない。


「仕方ない。帰ったらチャリで駅前の店にでも行ってくるか……」

 牽いていた自転車を身体に預けながら、懐の財布を取り出す。

 ここは田舎で、若者向けの服屋は多分少ない。だからなのだろうか。休日になると、仙台や驚くべき事に東京まで遠出して服を買ってくるお洒落に五月蠅い人達もいるらしい。

 でも、俺にはそこまで服の為に投資する資金も、遠出する旅費も無い。今から通販サイトで注文しても明日の遠足には間に合わない。

 それでも、駅前や郊外に行けばそれなりの服屋はある筈だ。だから、俺は必死に財布の中の有り金を数える。

 諌矢は焦りに焦る俺にケチをつける事無く、隣でぼーっと立ちながら待っているようだった。


「そういえば、さっきのスーパーで赤坂さんと話してたの?」

「え、ああ。お前見てたんだな」

 暇を持て余したついでに思い出したのか、諌矢が買い物していた時の話を振ってくる。

 女子達の相手に夢中のように見えたが、俺たちのやり取りも観察していたらしい。


「赤坂さん、買い出し一人だったよなぁ」

「何が言いたい」

 財布をしまいながら、諌矢に聞き返す。何となく違和感がある言い方なのが気になったのだ。


「赤坂さんって気さくだけど、あんまり自分の事は言わなくない? 俺、あの子の出身中学も知らないぜ?」

「諌矢が知って、何かメリットあんの?」

 ムッとしながら言い返すと、諌矢は『HAHAHA』と馬鹿にしたような笑みを浮かべる。


「これだから夏生は……女子の出身中学くらい全部知ってなきゃ駄目っしょ」

「……ストーカーかな?」

 こいつはまさか、赤坂も口説き落とそうとか考えているんだろうか。いや、それは無いか。

 諌矢にとってギャグが通じず、他の女子みたいに滅多な事ではしゃいだりしない赤坂は扱いづらい存在だろう。

 寧ろ、天敵みたいな存在と言える。


「赤坂、鷹越中だって聞いたけど」

「マジかよ。超遠いじゃん。つーか何、夏生。詳しいんだな」

 どうしても知りたそうだったので、俺は呆れ気味に教えてやる。すると、諌矢はこれまた茶化したような口ぶり。


「あいつが自分から言ってたんだよ。そんなに気にする事か」

「なあなあ。俺としては、このまま二人が付き合う……つまり、噂通りになる展開を期待してるんだけどさ」

 それが気がかりなので、もう一言付け加えると、諌矢は面白そうに頬を緩める。

 モテモテの自分は棚において、クラスのカップル誕生ばかり気にしているらしい。

 西崎といい竹浪さんといい、リア充って何でこうなんだろう。


「期待してもいいけど、お前らの期待通りにはぜってーならないから」

「だよなあ。俺も赤坂さんと夏生が付き合ってる姿なんて想像できねえし」

 ゆっくりと夕空を仰ぐ諌矢。


「聞いといてそれかよ」

「あはは」

「大体さ、俺は清楚系が好みなんだ」

 俺は自転車のハンドルをぐっと握り締め、再び歩き出す。

 ぴったりと横に付ける諌矢に向けた言葉はちょっとヤケクソ気味だった。


「おしとやかで、きつい事も言わない。胸もデカいと猶更いい」

「なんだそれ」

 冗談半分、本音半分で返すと、諌矢は肩を揺らして隣に続く。

「よく最近のラブコメとか漫画であるじゃないか。最初から好感度マックスで優しいの」

「いるいる! 今時ツンデレなんて流行らないよな!」

 何気にアニメ漫画にも造詣が深い諌矢は俺に合わせてくる。自然とこっちも気分が乗ってくる。


「あと、数学とか化学も教えてくれるようだといいなあ」

「夏生。お前、理系全然駄目だもんな!」

 そうやって、バカみたいなやり取りを交わして笑い合う。

 俺達は春の終わりの夕陽を見上げながら帰った。

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